昼食と世間話
「それで、私の親友様は今日はどんな理由で遅刻したのかしら?」
あたしの親友、れーちゃんこと霧沢麗華はすらりとさらりと風になびく風鈴のような涼やかな声でそんなことをのたまった。
「むぐ。……迷子の子供を交番に連れてったのと、おばあちゃんが倒れてたから近くの病院まで連れてったのと、それとあと、」
もぎゅもぎゅと昼食を咀嚼しながら答える。今日のタコさんウィンナーはほんのり胡椒が効いていて我ながらいい出来だ。
現在は正午を過ぎたところで我らが私立碧空高校の生徒の皆様はお昼休みを満喫中である。あたしとれーちゃんは屋上のテラスの一角に陣取ってそれぞれ持ち寄ったお弁当を広げてつつきあっている。
「相変わらずのお人好しっぷりね。あ、そのだし巻き玉子ちょうだいな」
「どぞどぞ。んじゃこっちはキャビアと鮭児いただきます」
「喜んで」
「んまー!」
鮭児のお刺身を口内に含んだ途端かけめぐる脂の旨みがあたしの味覚神経を蹂躙する。鮮やかなピンクともオレンジともとれる色の美しさもさることながら、たっぷりと乗った脂の旨みは予想外なほどに滑らかで、そして甘い。これは肉にも言えることだと思うけれど、本当に素晴らしい脂とは甘みを感じさせつつ溶けるのだ。加えて鮭児はその中に微かに、爽やかな瓜のような、はたまた海老・蟹を彷彿とさせる甲殻類的ともとれる独特の香りを孕んでいる。美味、としか言い様が無い。
鮭児の感動も冷めやらぬままキャビアに箸を伸ばす。世界三大珍味様は緑がかった黒色に輝き、大人の豪華さを漂わせている。しかも、その一粒一粒が大きい。一般にはあまり知られて居ないがキャビアには等級があって、霧沢家で使用されているものは最高級のベルーガ種のものだ。舌の上に載せると滑らかな食感と共にほどよい塩味が食欲を刺激した。通常、瓶詰めで販売されているものは長期保存のために塩分濃度が濃い目にされているのだが、これはそんな事はなく、キャビア本来の美味しさを味あわせてくれる仕様となっている。
「んぐ、んぐ、流石、霧沢家お抱えの料理人集団は腕が違うねぇ~」
良い状態で食べられるようにお昼に執事の人が作りたてを届けに来てるってのもあるんだろうけど。
「こんなの素材にモノ言わせてるだけよ。私は歩の手料理の方が好きだわ」
それじゃプロの人たちの面子丸つぶれだよ、れーちゃん。
……さて、おわかりだろうか。
あたしの大親友、霧沢麗華は超がつくほどのお金持ちである。
高級食材入りのお弁当を毎日お昼に届けさせてあたしのような一般貧乏人に振舞うなんてことは氷山の一角ですらなく、子供の頃は教室で和食・中華・フレンチのフルコースを日替わりで開催していた。コック集団が廊下に厳しい顔で整列し、注文を受けてからのっしのっしと屋外に歩いていく様を見て情緒も安定していないクラスメイトの何人かはわけもわからず泣き出したものだった。あたしが言ってやめさせたから良かったものの今思い出すと凄まじいことになっていた。
まだある。あれは中学生の時の事だ。遊園地に行ったことが無いというれーちゃんを連れてあたし達は近くの小さなアミューズメントパークに出かけた。初めて見る乗物の群れに普段の落ち着いた様子からは想像も出来ないほどはしゃいだれーちゃんと時を忘れてあたしは楽しんだ。楽しみ過ぎて夜になり、いつの間にか閉園時間を過ぎていたため帰ろうとしたあたしに彼女は言った。「時間を気にする必要は無いわ」、と。遊園地は買い取られて彼女のものになっていた。
とまあそんな風に、ブルジョワネタのデパート、実弾の無限回廊とも称される目の前のお嬢様はおいしそうにあたしの手作り弁当をぱくついている。とてもとても鉄人の作った料理には及ばないというのに何がいいのやら……。あたしなんてれーちゃんと一緒に育ってきたせいで舌がすっかり肥えてしまい、普通レベルではとても満足できなくなっているというのに。
「前から思ってたんだけどあたしのお弁当、そんなにおいしい?」
「おいしいわね。少なくとも私にとっては価値あるものよ」
腰まで届く黒髪ストレートをさらさらと流しながらにこーっと微笑むれーちゃん。
うう……美人さんなのにたまにこんな表情をするから反則だ。
「っぷはぁ。あー食べた食べた、妾は満足であるぞよ」
お弁当箱を片付けて一息つく。夏も終わりを迎えようとしている空は気持ちがいい程の快晴。雲ひとつ無い。
「お姫様、食後のお茶はいかが?」
「いただきます」
ズズーっとカップに注がれた緑茶を飲む。至福の一時。
「そういえば歩? あなた、進路希望はもう提出したのかしら?」
「ゲフンッ」
「落ち着きなさい。汚いわよ」
「ゲホッ、ゲホッ……むせたっ!」
「それで、どうなのかしら?」
「えー、あー、そのー、なんと言いますか? 言いづらいと言いますか?」
「言いなさい」
「…………第一から第三希望まで『正義の味方』って書いたら先生に呼び出された」
ごめんなさい。
あたしアホの子なんです。
「それは呼び出されもするわね」
「しょうがないじゃない! 本当になりたいものってそれしか無いんだもん!」
「それで? どうやって食べて行くの?」
「………………ぐうの音も、出ません」
あたしはテーブルに突っ伏した。
呼び出しを食らった時も同じセリフを皮切りに小一時間お説教を食らったのを思い出す。
「嘘でもいいから適当な大学の名前でも書いておけば良かったのに」
「んと、なんていうか、嘘とかつきたくなくて。先生ってあたし達の将来を心配して進路の指導とかやってくれてるわけでしょ? 中にはやっぱりお給料貰ってくために仕方なく、って人も居るかもだけどさ。こっちを気にかけてくれてるんだからいくら本音がアレでも偽るっていうのは不誠実な、失礼なことなんじゃないかって、そう考えちゃったわけですよあたしゃ」
「歩が正直者すぎて教師も生きるのが辛そうね」
「うん、頭痛が痛いって顔面してた」
結局希望先変えなかったし。
「お母様とはどうなの? 話し合ってみたのかしら?」
「……ぶっちゃけまだ相談とかは全然してないんだよね。なんだか……おっかなくて」
おっかない。
自分のその一語にはいろんな怖いがある。
ただでさえ畏怖してやまない母親――という意味でも怖いが、曲りなりにも女手一つであたしを育ててきてくれた人だ。その母親に、自分の荒唐無稽な未来像を口にして怒りを買うのが怖い。呆れられ見捨てられるのが怖い。そして何よりも――具体性の欠片も無い、この稚拙さを指摘されるのが怖い。
人を助けて良い気分になりたいのなら医者やら警察官やら消防士、レスキュー隊員と現実味のある職業になりやがれという話しだ。結局のところ自分は、憧れてるものがあるから他のことはやりたくないだなんて駄々をこねてる、ただのガキにすぎない。
「気持ちはわからないでもないけれどちゃんとしておきなさいな。親なら子供には幸せになってもらいたいと思うものよ。思うゆえに、あなたを指導した教師同様あなたを心配している。この場合嘘はついていないけれど相談もしてないのだからそれこそ不誠実となるわ。何をしていなくともその日は来るのだから生き急ぐことをおすすめするわね」
「……そだね。ビクビクしててもしょうがないし、自分に誇れる人生を送るためにも頑張ります」
「私も歩には誇れる人生を送ってほしいと思っているわ。それに……お母様のことに限らず、何かに失敗して挫折したとしても安心なさい。その時は私が養って……いえ、飼ってあげるわ」
「か、飼う……?」
「そう、飼うのよ。衣食住を保証する代償に猫耳や犬耳にとっかえひっかえ毎日着替えさせて、床に置いたご飯を両手を使わずに食べさせ、語尾にはワンニャンをつけるようにと調教。当然全裸に靴下と首輪はつけるの。仕事から帰ってきたら私はそれを抱いて眠るのだわ。素敵だと思わない? ねえ、歩?」
「あわわわわ……」
本気や。
霧沢さんとこの麗華さんは本気や!
眼が爛爛と輝いとる!
「ペ……ニ、ニートは、良くないと思うんだよ、うん」
今ペットって言いそうになった! 危なかった!
「残念ね。色々とエロいこともできると思ったのだけれど」
ペットどころじゃない!!
性奴隷だ!!
「まぁ、未来の話はこれくらいにして、違う話をしましょうか」
「違う話?」
「例えば過去……そうね、昨日とか」
「えらい近い過去だなー」
「暴行されていた女性を救ったみたいね。素晴らしいわ」
「………………」
おかしい、地獄耳すぎる。
「……まさか、またあたしに監視つけてたりしないよね?」
「それはないわ。歩がやめてと言ったのに私がまたやるわけないでしょう? あの件は私も反省してるもの。信用して頂戴な」
「本当にぃー? なんかまた時々視線みたいなの感じるんですけどー?」
「しつこいわね。嘘だったら私の全裸を見せてもいいわ」
「誰得だよ!? いや、れーちゃんの得にしかなってないよ!?」
ともかく、間接的ストーカー復活の線は無し、と。
「じゃあ情報ソースってどこ? 昨日の今日で早すぎだよ」
「別に早くも無いわ。緊急の案件なら霧沢は5秒で私宛に連絡が来るもの。私が知ったのは今朝。朝食後の紅茶を優雅に嗜みながら執事の持ってきた報告書一覧に目を通したらトップに乗っていただけよ。あなた不注意にも自分の携帯で通報したでしょう? 今時は番号だけで所有者から現在位置まですぐわかるのよ?」
…………あー、そゆことか。
「んー、いつもは公衆電話使うんだけど近くになくてさ。すぐ救急車呼びたかったしで使っちゃって。……警察の方もその流れでつい……」
「過剰防衛の容疑で後日任意同行に伺われるところだったわよ。取りやめさせておいた私に感謝してほしいのだわ」
「てへぺろー。ありがとれーちゃん、愛してる!」
「ご褒美にディープなキ」
「ノー! レズビアン!」
「つれないわね」
「それで、その報告書?だとなんて書いてあったの?」
「女性の方は意識を取り戻したそうよ。……目が覚めた時は錯乱状態で手がつけられなかったそうだけど、今は落ち着いているらしいわ」
「そっか……もうちょっと早く見つけられてれば、怪我とかもさせずに済んだんだけどなぁ……」
「あなたが助けなければもっと非道いことをされていたわ。出来なかったこと悔やむのでは無く、してあげられたことを誇りなさい。それで、姿は見られたの?」
「女の人は気絶してたから大丈夫。暴行4人組には不意の遭遇だったこともあって顔見られたよ」
「4人? 1人ではなくて?」
「間違いなく4人」
「おかしいわね……報告には1人と書いてあったのだけれど」
「ふーん……それじゃあ3人はとっつかまる前に逃げたのかな?」
仲間を見捨てて逃げるなんてふてえ連中だ。
今度見かけた時にまた悪さしてたら念入りにボコろう。
「歩がいつもしているレベルならすぐには動けないと思うのだけれど……なんなのかしらね? 仲間が回収しにきたけど1人は取りこぼしたとか? ……歩、どちらにしろきっちり記憶は消してきたんでしょうね?」
「うん、ばっちり」
◆
そうなのだ。
あたしは、人の記憶を消せる。
これは母ですら知らない、れーちゃんとだけの秘密だ。
「いつもどおり、何かに襲われたけど何に襲われたかはわからないようにしてきた」
「……問題無さそうね。捕まった1人も化物に襲われたって証言していたみたいだし」
「化物扱いとはひどい」
消された記憶はもやがかかったようになるらしい(過去にあたしの手にかかった悪党の証言)から、そのもやを見てそう思ったのかもしれないけど、傷つくわー。
「他に見られた可能性は?」
「無いと思うよー」
れーちゃんはこんな感じにあたしの顔が広まらないかいつも心配してくれる。
ならずもの連中にあたしの日常が脅かされないようにという配慮が主な理由だ。顔が割れると学校からの帰り道に襲われたり、親しい人に迷惑かけたりという事態になりかねない。個人からの悪意であればなんとでもなるとあたしは思っているが、組織だって動かれると対応できない状況はきっとあるだろう。
また、好まれる立ち位置で有名になったとしてもそれは必ずしも良いことになるとは限らない。『この街を守る正義の味方、玖月歩さんです!』なんてテレビで紹介された日にはまんざらでもないけれど、それはそれできっとあたしの日常は大崩壊だ。人にちやほやされたくてやってるわけじゃなし、露見せずに済ませられるならその方がいい。
そんなわけであたしは悪党と断定した連中に対しては惜しみなくこの力を使って記憶を消すことにしている。惜しみなくといっても手加減は必須だが。本気でやりすぎると――試したことは無いが――きっと廃人となるか漫画に出てくる全記憶喪失者のようになってしまうのだと思う。
それから記憶の消去が良くないことだとは判っているつもりなので、一般人には使わない誓いを立てた。ルールを設けないと自分の都合の良いように力を使い始める恐れがあったからだ。対象の意識が無い時に直接触らないと使えないみたいなので局面は限られるだろうけれど、それでも便利には違いない。
れーちゃんには「使える力は言わば特権なのだから積極的に使うべき」という過激な持論があるのでこれにはいい顔をされなかったけれど、『正義の味方』を目指すあたしとしてはこの境界線は絶対だ。譲るわけにはいかない。
力を使えなかった人達(あたしが助けた人とか)に顔を見られた場合は、れーちゃんにお願いして口封じをしてもらっている。不穏当な内容に聞こえるかもしれないが、政治力と財政力にものを言わせて流布されないようにしてもらっているだけだ。おかげで今まであたしの治安維持活動は世間様にバレてはいない。と言っても、人の口に戸は建てられないとは思うのでどこかで噂にはなっているかもしれないけれど。
「ならいいわ。今回は手を回す必要は無さそうね」
「いつもいつもお世話になるわけには参りませんとも」
「いつでも頼ってくれていいのよ? 必要なら逃げた3人とやらも探しておくけれどどうする?」
「別にいいや。わざわざ探し出してまで殴り飛ばしたいとは思わないもん。あ、探し出してで思いだした。昨日変な生き物見かけたんだ」
「変な生き物?」
「そうそう、えーと……キツネリスみたいな奴!」
「キツネリス、ねぇ。確認したいのだけれど、それはジブリでいうところのナウシカなあれなのかしら?」
「まんまテトちゃん」
紅茶を一口飲んではぁ、とため息をつくれーちゃん。あ、信じてない。
「歩。私の想像通りならあなたは深夜の路地裏でそのキツネリスとやらを見かけた。違う?」
「合ってます」
「縞の入った小さな野良猫を見間違えたのよ」
「オゥフ……」
そんな馬鹿な。いや、この場合馬鹿を言ってるのはあたしか。
しかし、自覚したとて引き下がれませぬ。
「でもでも、世界中でUMAの目撃証言があるじゃん。私たちの風見市に新種が居ても」
「確かにこの世には数多の未確認動物目撃談があるわ。けれどね、どれも偽物よ」
「言い切った……」
れーちゃんすげー。
一刀両断。不退転の決意をしたあたしと世界中の夢見る研究家&冒険家をためらうことなく一刀両断。
「まずベタなところだとツチノコ。あれは餌を丸呑みして腹が膨れたタダの蛇。ロッキー山脈のビッグフットは長身の男性が着ぐるみを着ただけ。ネッシーはネス湖に立ち寄ったサーカス団のゾウを観光客が見間違えただけ」
「なんて夢の無い……」
「現実なんて小説より奇も夢も無いものよ?」
ガックシとテーブルに突っ伏す。
本日突っ伏し2回目だなーと思いながらテーブルの表面を指先でののる。
ののるってはのあれだ。のを書くのだ。
「でもさ、でもさ。あたしみたいに超能力使える人間が居るんだよ? 今まで見たことも無い動物が、未知や不思議が居たっておかしくない……って考えるのはそんなに変なことかなぁ?」
「変では無いわ。神ならぬこの身としては悪魔の証明なんて出来ないもの。もしかするとこの世界には未だに人間が存在を認識出来ていない、そんな生き物も居るかもしれない。その可能性を否定するのはそれこそ悪魔の証明ね」
「だったら……」
「けれどそれとこれとは話が別。歩が見たものがUMAである可能性は限りなく低いと言っていいわ」
「なんで?」
「考えてもご覧なさい。さほど自然に恵まれたわけでもないこの街で狐とリスをかけあわせたようなアニメみたいな動物が路地裏を徘徊しているのよ? 違和感が有りすぎてまともに想像することすら困難なのだわ。間違いなく見間違いよ」
「えー」
「仮にあなたが見誤っていなかったとしても、次点で可能性が高いのはバイオハザード」
「バ、バイオ?」
それってゾンビとか出てくるやつですか。
日本中がウィルスでピンチ?
「バイオハザードであれば2種類に分かれるわ。まず産業廃棄物による化学汚染で遺伝子異常をきたし変異した場合。奇形魚とかが釣れるっていうのもそれね」
「奇形魚ってほとんどは幼魚の時に他の魚に襲われた怪我とかでなるんじゃなかったっけ?」
「大体はそれね。でも一部だけど確かに汚染であるべき形を変えてしまった魚は居るのよ。あなた見たこと無いでしょう? ――頭が一つでえらから下が二匹に分かれてるやつ」
「うげ……」
想像してしまった。
美味しい魚と魚卵を食べたあとにエグい話題は勘弁して欲しい。
「ただ、風見市は工業団地というわけでも無ければ産業廃棄物の集積投棄場があるわけでも無い。水質汚染であれば今言ったように水棲生物から先に影響が出るし、土壌汚染では植物が何よりも先に枯れるなどの目に見える異常をきたす。私の知る限りではこの地域一帯にそこまで汚染された環境は存在しないわ。よって哺乳類が変異する可能性は低い。次はとある研究施設で極秘かつ意図的に遺伝子組み換えを行った生物が施設外へ逃亡し繁殖してしまった場合。ただしこれも生物学的封じ込めの措置が取られてるはずだから滅多なことでは起こらない」
「生物学的封じ込めって?」
「研究施設の外では生存できないよう調整してある、ってことよ」
「調整……」
「そんな顔しないの。自分たちを守るためには必要なことなのよ? 怠れば我が身が滅ぶことになるわ」
「そうだけどさ」
「納得しなさいな。さてと、今挙げた2つのパターンだけどどちらにしろ両方共現実的でないのは分かったわね? つまり次点で確率の高いバイオハザード説と言えど考慮するに値しないレベルということ」
「要するに見間違い説が有力であると」
「そういうことなのだわ」
「うーん」
なんか結論を急ぎすぎな気がする……。
見間違いが最有力っていうのはわかる気がするけれど、次点のバイオハザード説の確率が低いからという流れがなんだか気に食わない。
「ちなみにバイオハザード説の次に有力なのって何?」
「外来説」
「外来?」
「そう。自然発生する可能性が低いのであれば外部から持ち込まれた生物と考えるのが妥当。アマゾンの奥地には本当に未発見の哺乳類も居るかもしれないし、そういうのを捕獲して日本に運んだのかもしれないわね」
「おお!」
なんだ、それっぽいのあるじゃん!
「聞いた感じだとバイオハザード説よりもありそうな気がするんだけど?」
「持ち込まれたという仮定をするのであれば、持ち込んだ人間の意図が必要になってくるのよ。本当に新種なのだとしたら現地で公表して権利を先に確定すればいいじゃない。秘密裏に先進国に持ち込んだり放流する理由が見当たらない。不自然さの観点からみれば偶発的に発生する恐れのあるバイオハザードの方がまだ説得力がある」
「……見つけたことを発表したくなかったとしたらどうかな?」
「発表したくない? どういうことかしら?」
「お金持ちの人とかって希少価値のあるアイテムを求めたりするでしょ? 大昔のヘンテコなツボだとかさ。発表して世間に認知されるより好事家どうしで珍しい生き物を眺めながらワイン片手にグヘグヘ笑ってたいって人間居そうじゃない?」
「また偏った想像ねぇ。……私的理由を優先する輩か。確かに居そうなのだわ」
「あとは発表すると民衆がパニックになる、とか?」
居てはいけない級の危険生物だったり。
キメラなアントみたいな。
「そうだそうだ。パニックと言えば1ヶ月前にラピュタ事件とかあったんだし、案外本当にそこから来てたりして!」
「うふふ」
「あ、笑ったな! 何がそんなにおかしかった今の!」
「何でも無いわよ。……歩はまだ信じてるの?」
――ラピュタ事件、とれーちゃんは言った。
1ヶ月前。
世界各国の軍事衛生でそれは確認された。
太平洋上に浮かぶ島。
浮かぶ、と言っても海にでは無い。
それは空に浮かんでいたのである。
それまで何も無かった場所の空中1000mの位置に、総面積8万平方kmもの島が突如現れた。
当然大騒ぎになって星条旗を掲げてる国だとか、ボルシチがうまい国だとかの軍部は戦闘機をバシバシ飛ばして偵察とかをやろうとしたわけだけど、島が出ていたのはわずか2~3分のことで辿りついた頃にはすっかり消失していたのだそうな。ちなみに我が国の自衛隊からも飛びました、乙。
で、ここからがお偉いさん達が頭を悩ませたところなのだが、その島は軍事衛生だけでなく気象や海洋観測――いわゆる環境モニタリングのための衛生などでも観測され、あまつさえ差し止めが間に合わず報道されてしまった。
そりゃパニックにもなる。世界で同時に放送された以上どれだけ信じられないようなことでも事実として受け止めるしかない。一国の一放送局だけならただのドッキリで済ませられたけれどそんなレベルはとうに通り越していた。中には世界の終わりだとか騒ぐ人まで出てきて経済がえらいことになった。食品系の会社の株価とか結構な下がりようだったとか。
テレビは連日連夜特番が組まれて新聞は1週間ぐらい1面がそれだった。1ヶ月たってある程度落ち着いたものの未だに検証番組が組まれているぐらいである。当時の熱狂と恐慌といったらそれはそれは凄まじいものだった。
さて、ここまで振り回されはしたものの我々人類は結局あれが何だったのかわかっていない。たったの数分で姿を消したあれは手がかりが少なすぎて根拠の無い憶測ばかりが飛び交っているのが現状だ。その中で大勢を占めているのがガリバー旅行記やジブリの名作映画からなぞらえられた説である。そこからあの報道に関しての一連の事柄をこう呼ぶようになった。
ラピュタ事件、と。
「そりゃあね。信じてますよ。世界が手を組んでドッキリを仕組んだ説とかイミフだもん。れーちゃんは?」
「私は信じる信じないは別としてこのまま無かったことになるのを望んでいるわ。あんなのが実在したら財閥が一気に忙しくなるもの。ごめんこうむりたいところね」
「やばかったもんねぇ」
れーちゃんの実家はラピュタ事件でそこそこの被害を受けたらしい。
保有していた持株がいくつか暴落してあぼーんなことになったとイライラしながら話してくれたのを覚えている。
「……それにしてもラピュタから来た、ねぇ。だとしたら本当にアニメの世界ね。とても面白いと思うわ」
「でしょでしょ!?」
「出現から数分で消えてどこの国も侵入を果たせず、しかも中から出てきた陸生生物が5000km泳いで日本にたどり着けるとは思えないけれど」
「うう、いいもんいいもん。溺れかけていたところを近くの漁師さんに救われたとでも思っておくもん。そしたら少なくとも希望は残るもんね」
「好きになさいな。それよりあなた、次の化学は大丈夫なの? 理科準備室で器具の準備を頼まれていなかったかしら?」
「げ!」
慌てて立ち上がる。弁当ひっつかんでダッシュ!
楽しい楽しいお昼休みは終わりだ。
このあとは学生らしく勉学に励まなければならない。
主人公の親友登場です。
これからキーパーソンの1人になってくれればいいなぁ。




