みんなが必要なもの
「世界を、救う……?」
その単語に真っ先に反応したのは皮肉にも第3者のあたしだった。
「どういうこと? スケールが大きすぎて話が掴めないんだけど……」
「これから先30年以内である物を巡って世界中で争いが起こるとされている。うねりは大きくなりやがては第三次世界大戦になるとも。それを止めたい」
「ある、物……?」
「誰しもが必要なものだよ、アユミ。霧沢殿、あなたにならここまで言えば分かって貰えると思うのだが……?」
「………………」
れーちゃんはワルドリーフの葉の使用方針を提示された時のように黙っていた。
目の前で組んだ手のせいで口元は見えないが、怜悧な眼光を見れば笑っていないことは分かる。敵を見るようにクロを睨み続けたあと、彼女は目を瞑り――思考をまとめ終えたのだろう――組んでいた指を解いて紅茶に口を付けた。
「申し訳ないけれど……その要求は飲めないわ」
「え?……れーちゃん?」
「歩、私としても非常に残念なのだけれどどうしようも無いのよ。求められていることが無理難題すぎる。特にこの国にはね……」
「ど、どーして!? このままじゃ第三次世界大戦なんでしょ!? ほっといたら……」
「言ったでしょう? どうしようも無いのよ。確かにこの国のソレは世界最高の水準と言っても過言では無いわ。豊富に入手する術もある。けれどどうしたって全世界に行き渡らせるには足りないの。むしろ忌々しい中国が頻繁にソレの発生源を買いあさってきているから余裕が無いとすら言える」
「なに……それ……」
中国が買い漁る? どうして? あんなに国土が広大なのに?
わざわざ海の向こう側の他国に手を伸ばしてまで手に入れようと、いや、手に入れないといけないと大国が考えている? 自分の国では手に入らないから?
世界中でいずれ奪い合うことになるみんなが必要なもの……。
石油じゃない。発展途上国は無くたってそれほど問題無いし、日本は石油の加工技術こそ高いけど原油の産出量は無いも同然だ。食料も、自給率がマイナス側に振り切ってるから違う。そもそも食料というくくりが広すぎて限定的じゃない。技術? 植物? 土地? 全部違う。
じゃあ、一体なにが……?
考えあぐねても答えに辿りつけないあたしを見かねてか、クロが言った。
「水だよ、アユミ」
「え……?」
「人類は、このままだと水を奪い合って滅びるんだ」
◆
人は水が無ければ生きていけない。
一日に必要な飲料水は1.5L。これだけなら些細な数字に見える。けど、それだけじゃあたし達の生活は成り立たない。
炊事・洗濯は言わずもがな。トイレで排泄物を流すための水だって馬鹿にならない。むしろ炊事や洗濯よりも多いとすら言える。お風呂で汗を流すための使用量なんて膨大でもろもろ全て含めると実に1日250Lほどが私達の生活では使われていることになる。
誤解を招く形になってしまうから断っておくが地球上の人間全てが毎日それだけ使用しているわけでは無く、あくまで頻繁に雨が降る地域に住み、また浄化処理能力が高い日本人を基準とした話だ。他の多くの国ではそれほどの消費には至っていない。
というのも国民が努めて節水しているわけでは無く、単に人口に対してそれほど使える水があるわけでは無いからだ。
黄河は汲み上げられる水が多くなりすぎて河口まで水が流れない時が1年の半分以上。
世界第4位の湖は近代農業で水を使いすぎたために面積と水量が1/3以下となった。漁獲量は完全なゼロとなり、干上がった湖底の塩分が風で飛散して周囲が深刻な塩害を受けている。
現在に至っては地球人類の中の10%――約7億人もの人間が水不足の状況で生活し、不衛生な水しか得られない地域の子供は年間180万人死亡している。
そして水が不足するということは小麦などの穀物の生産が出来なくなるということ。1kgの穀物を作るにはその1000倍以上、つまり1tの水が必要になる。
人口増加に比例して食料の生産量を向上する必要が出てきているが、アメリカやインドでは地下水が枯れて十分な農業用水が確保出来なくなり、農地が減少し始め、世界の食料生産の4割を支えている灌漑農業がその生産量を維持出来なくなりつつある。
更に追記事項を上げるならば、それらの大量に水を消費して作り上げた穀物や牧草によって牛や豚などの飼料は賄われているから水が不足することは食用肉が不足することとイコールであり、このままでは大規模な食料不足はまぬがれない。
既に水を巡る国家間の紛争は始まっていて、それがいつ人類史上最大最悪の地獄のような戦争となってもおかしくはない。
地球は今そんな状態だ、とれーちゃんは語った。
「……う、嘘、だよね?」
「アユミ、信じたくはない気持ちは理解できなくもありませんがこれは厳然たる事実です。先ほど彼女が言ったことは既に人類社会の情報伝達手段により再三に取り上げられています。にもかかわらず認知度が低いのは……
あなたのように重く受け止めようとしない人間が大勢を占めているからだ」
「ッ!」
シリスはあたしが動揺してつぶやいた言葉を吐き捨てるように切り裂いた。
「0.01%だ」
「…………何、が?」
シリスに真っ向から斬り捨てられる形となったあたしはしばらく思考が停滞していた。
その間隙を縫うようにクロがその数字を宣言する。
「量だよ。水の惑星と言われているこの星だけど98%は海水だ。残りの2%の淡水のうち1..99%は南極や北極の氷山で、陸上生物が利用できる水の量はたったの0.01%なんだ。私達はそのわずかな奇跡を分かち合って生きているんだよ」
「0.01%……」
全体のそれだけだなんて、思ってもいなかった。呟いた数字がひどく重い石のように胃のあたりにのしかかってくる。
身動きが取れなくなったあたしを尻目に会話は続いていく。
「ねぇ? そこまで知っていながら……本当に可能だと思っていたの?」
「何がだい?」
「なぜ先進各国の中から日本を取引相手に選んだか……あなた達アルヴィアンは豊富な水源地を目処に地球全体に水を配給しろと要求するつもりだった。違うかしら?」
「概ねその通りだ」
「皮肉にも少子化で苦しんでいる私達が人口の過剰増加によって発生した問題を解決しろと? お生憎様ね。いくら水資源大国の我が国とはいえ全世界の需要を満たすほどの生産量は維持できない」
確かにいくら高品質で効率の良い生産性を誇っていたところで日本は小さな島国。世界中に行き渡らせるなんてことは不可能だろう。飲料水目的だけだったとしても目標の生産量は達成できないはずだ。ただ、それは――
「れーちゃん、それじゃあ……」
「ええ、そうよ歩。あなたは納得出来ないかもしれないけれど私達はこれから愛すべき国民だけでも助くるべく水資源の確保に奔走しなければならないわ。少なくとも私はそうするつもり。誠に如遺憾だけれども、ね……」
それは、他の国を見捨てるということだ。
水不足で苦しんでいる人達を見捨てるということだ。
世界中で干からびて死んでいっている子供達を見捨てて――戦争が起きるのを黙って見ているということだ。
ズキリと、あたしの心の深い部分が悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと待って! 何とかできないの!? それぞれの国で海水を真水にして貰えれば!」
「海水淡水化は既に実用化されているわ。単純に蒸発させてから冷やす方法などは中東の産油国では多く使われているけれど熱効率が悪すぎてエネルギー資源に余裕のある国にしか出来ない。塩分を濾過する方法はフィルターの整備コストがかかりすぎてこれも飲料水すら確保できていない発展途上国には実用的でないわ。先進国では採用可能でしょうけれど、それでも全体の必要量からすれば焼け石に水でしょうね」
「あたし達が少しでも節水してその分を送ればッ!」
「そんな程度では量が足りないわ。輸送コストもかかりすぎるし、今の生活に慣れきってしまった国民が許容しない」
「な、なら、みんなで協力しあって、本当に水が足りてない国にちょっとずつ送る、とか……」
「歩。悲しいことだけれどはっきり言うわ。――人はメリットが無ければ動かないのよ」
「ッ!」
まるで心臓に杭を打ち込まれたようだった。それほど親友の言葉は衝撃的だった。
「誰もがあなたのように他人を思いやって自分の身を犠牲にできれば良いのかもしれないけれど、大多数はそうじゃない。国という群体で行動するなら尚更で明確に見える利益が必要なの。もしもそれが無いというのなら――出来るのはボランティアまでだわ」
「――――」
歯噛みする。悔しくて何も言葉に出来ない。
あたしは無力だ。普通の人より多少強いってだけの、何の力も無い小娘だ。世界中で苦しんでいる人達が居るのに何もしてあげられない。何とかしたいと思って話をしても、最後には黙って俯いて下を向いていることしかできやしない。
れーちゃんもあたしにそんな表情をさせてしまったからなのか……いや、ままならない現実に不条理を感じているのかどこか辛そうだった。けれど今は交渉事の真っ最中でいつまでもあたしにかかずらわッている訳にはいかない。少しだけ垣間見せた無念の表情を消し去って再びクロ達へと向き直った。
「あなた達もこうなる事は分かっていたのでしょう? 最初に無理難題を吹っかけておけば次の本命の要求が通りやすくなる。大方そういった交渉事のスタンダードに則ったつもりなんでしょうけれど茶番はごめんだわ。早く本題を述べてくれないかしら?」
「いいや、貴女にはこの要求を呑んでもらう」
「………………………………は?」
「え…………?」
彼のその宣言が届いた時、俯いていたあたしは驚きを隠せなかった。
れーちゃんは信じられないことを聞いたように顔を呆けさせている。
「聞こえなかったかい? この国には全世界に水を配って貰うと言ったんだ」
クロは挑発的に笑っていた。何のことは無い、さも難しい問題など何処にあろうかといった悠然とした佇まいで。
「……正気?」
「正気も正気だとも。私は至って正常だ」
「話を聞いていなかったのかしら? “不可能”だと私は言っているのよ? それを承知で配れだなんて国に滅べと言っているとしか思えないのだけれど?」
「仮に」
クロは指を1本立ててれーちゃんへ問いを返す。
「この国から分配する水を運ぶ手間が無かったとしたら? 水の成分を調べ、安全な状態へ加工する必要が無かったとしたら? ……いや、そもそもこの国から水を汲み上げる必要が無かったとしら?」
「…………馬鹿馬鹿しい。そんなこと出来るわけが」
「テア」
「はいなのです」
れーちゃんの否定を意に介することなく遮ってクロは隣に座っていた狐耳の少女の名前を呼ぶ。
テアちゃんはとうとう自分の役割が来たとばかりに力強く頷くと、自分の胸の前で両手の平を少し離した状態で目を瞑った。
「テアちゃん?」
「何を?……ッ! これは!」
テアちゃんの目の前の空間に紫色の歪みが出来始める。渦を巻くそれは成長しやがて彼女の胸の前に小規模な銀河を形成した。
見れば彼女の左手のリストバンドも淡く発光している。いや、光っているのはテアちゃんの心珠か。
緩やかな回転を続けていた紫紺の銀河はやがてひとつの青い宝石を零した。
コトリと音を立てて転がったそれはビー玉サイズのごく小さな球体。
「ふぅ」
「ご苦労さま、テア」
疲れたのか息を吐いてテアちゃんが両手を膝の上に置く。出来た時とは真逆で渦巻いていた銀河は瞬く間に霧散した。
「この子は我々の中でも特殊な力を持っていてね。固有の空間に任意の物を収納することが出来るんだよ。今のはその固有空間への入り口のようなものだ」
そう言ってクロは青い宝石を指先で弄びながら少し困ったように苦笑してあたしの方を見てきた。
「あ……」
閃くものがあった。
なぜテアちゃんのような小さな子をこの場へと連れて来たのか、少し不思議だった。
ガルガントスのような外敵に対して絶対に奪われたくないものがある時どうするか、馬鹿みたいに答えるなら絶対に奪われない《・・・・・・・・》場所に隠して移動する、だ。
テアちゃんの能力なら異空間に隠しておける。真っ向からはもちろん、たとえ敵が特殊な力を使ってきたとしてもそう簡単には奪われはしないはずだ。
ただしそれは同時に、テアちゃんの身に危険が降りかかることを意味する。
「クロッ!」
「アユミ、テアは納得してこの場に来ています。あなたがクロ様へ憤るのは筋違いでは?」
「でもっ!」
なおも食って掛かろうとしたあたしの袖を引く感触があった。
「おねいさん。テアなら大丈夫なのです。自分から言い出したことですし、それに本当なら知名度の高いクロ様やシリスねえさまの方が危険なはずだったのです。今回テアが狙われることになったのはたまたまなのですよ」
「――――」
当のテアちゃんからそう言われてしまっては自分が怒るのは道理に反している。
再び私は押し黙ることになった。今日はこんなのばっかりだ。
「なるほど、その子に何らかのトラブルがあったから……交渉の場に連れて来られなくなったので一度キャンセルしたのね」
「ご明察だ。その節は誠に失礼した」
「もう今更よ。それで? そうまでして厳重に持ってくる必要があったからには生半可な代物ではないでしょう? 先ほどの不可能とも思える言葉、この石でどう叶えてくれるのかしら?」
「それは貴女が自分で確かめてくれ」
言ってクロは弄んでいた石をれーちゃんの元へ放る。
弧を描きながら飛ぶその軌跡を見ていると先ほどテアちゃんを連れて来なければならなかった理由に思い至ったのと同じように連想できるものがあった。
「アユミ」
クロの方を見ると片目を瞑って唇に指を当てていた。ウィンク+「内緒」の構え。
茶目っ気全開の仕草に赤面して目を逸らしてる間に石はれーちゃんの元へ辿り着く――直前でセラスさんに受け止められていた。
突然の行動に警戒心を抱いたらしくシリスが剣呑な気配を帯びて抜刀するように腰だめに構える。
「失礼。改めさせていただきます」
セラスさんは青い石を矯めつ眇めつ検証した上で危険は無いと判断したのか、そっとれーちゃんへ差し出した。
「申し訳ないわね。彼女は私の護衛でもあるので大目に見てくれないかしら?」
「こちらこそ不調法だった。許していただきたい」
「それで、これをどうしろと?」
「水が欲しいと、石を握りながら思ってみてくれ」
「? 思えばいいのね? 水が欲し――なっ!?」
バシャリと。
れーちゃんの手のひらを濡らすものがあった。
透明な液体だ。粘土も少なく、無味無臭。
まさに、先ほどの会話に出ていた水そのものだった。テーブルを伝い、絨毯をしとどに濡らしている。
「――――――」
れーちゃんは信じられないものを見たように青い石とそこから溢れた水を凝視していた。
「尋ねるわ。これはこの石の中に貯蔵されていたもの?」
「いいや、今まさに生み出されたものだ」
「毒物は含まれていない?」
「いない」
「回数制限や生み出せる量に限りはある?」
「それも無い」
「一度に数トン単位での生成はできる?」
「できるとも」
「使用できる時期や場所、人物などに制限は?」
「いつでも、どこでも、だれでも可能だ」
ふるふると、れーちゃんの肩が震えていた。
長年の付き合いのあたしでも滅多に見ないような姿。
ああ、これはアレだ。
「――――アハハハハハハハハハハッッッ!!!」
最ッ高にハイ、って奴だ。
「歩。見た? 見たかしら? 水よ、水! びっくりしたわ! これはしてやられたわよ! どうりで報酬よりも後出ししてくるわけだわ! 質量保存の法則を無視してるのよ!? 信じられる!?」
「お、おぅ」
若干引き気味になりながら相槌。
両目に手のひらを当てて空を仰ぎながら高笑い。その後、人目を憚らず大仰にいかにそれが凄いことかを力説するコンボを繋げてきた彼女である。数年ぶりだけれど相変わらず普段の美人っぷりを放り投げるような奇態だ。テンションMAX麗華、ここにはばかる。
「お気にめしていただけたようで何よりだ」
「ええ。とっても。詳細を詰めたいのだけれどいいかしら? これは何?」
「それは」
「……心珠、でしょ?」
クロが出来のいい生徒を見るような顔になった。
「ご名答。それは水属性の心珠だよ」
あたしは「やっぱりね」と頷いてから、理解できてない感じのれーちゃんとセラスさんにどんなものであるかを掻い摘んで話した。
「なるほど。思うだけで物質を生み出す石、ね」
「正確には違うみたい。その心珠の属性に関係することへの干渉、なんだって」
「というと?」
「んー、えっとさ、あたしの力も心珠が元になってるみたいなんだけど、新しい記憶に書き換えるだけじゃなくて消去もできるでしょ? 生産に限らないっぽいよ」
「へえ、それはまた……夢の広がる話ね」
れーちゃんの眼光がキラリと鷹のように光った気がしたんだけど気のせいかな?なんて考えていると「ところで」と彼女は前置きし、
「歩、秘密を喋ったの?」
「……うん。まあ、ね。あたしの力のルーツを知ってるみたいだったし、命を助けられたしで、この人達ならいいかな、って」
「呆れた。あれほど口を酸っぱくして言っておいたのに」
「あんまり嘘は吐きたくなかったんだよぅ」
どのみち玖月歩よりも玖月歩の力に詳しい3人だ。隠し通そうとしても最初から無理だったと言い訳させて貰いたい。
そして予想通りれーちゃんは少しおかんむりだ。2人だけの秘密をバラされてしまったことに一抹の寂しさを感じているのかもしれない。
「これで私と歩だけの秘密が消えてしまったわけなのね……」
「ごめんね。でも3人とも分かってたみたいだったし、隠そうとしたところで不信感持たれるだけな感じだったんだ」
「秘密の共有……どことなく感じるエロチシズムがとっても良かったのに」
「………………」
レズビアンの相手は大変です。
「まあ、いいわ。やむをえなかったのよね? あとで話を聞かせてちょうだい。セラス、この話は他言無用でお願いね」
「かしこまりましてございます」
セラスさん忘れてた。
彼女はあたしに不可解な力があると知っても変わらず無表情だ。雇い主に害が及ぶ可能性とか考慮されて遠ざけられないかがちょっと心配だったけどありがたい。これからも変わらぬお付き合いを。
「うっかりしてたけれどこれまでもこういう風にさらっと秘密が漏れていてもおかしくなかったわけだよね……気をつけよう」
「むしろ今までよく保ったものだと思うわ。歩のことだからいつバレてもおかしく無かったもの。まぁ……ダムが決壊する時みたいにあとは一気に広がるでしょうね」
「怖いこと言わないでよ、もう」
嘆息し、気になっていたことを一つ尋ねる。
「……あのさ、心珠ってテアちゃんみたいに体のどこかにあるものだと思ってたんだけれど違うの? そこだけ以外だったんだけど」
「心珠は何も我らアルヴィアンの体内でのみ生成されるわけではありません。アルヴィス全島内で採取・採掘が可能です。我々は野蛮で猟奇的な種族では断じてありませんが無礼な想像などしていないでしょうね、アユミ?」
まさかのまさかな想像だったけれど、同胞の体から抉って取り出したりはすまい。別の入手方法があるはずだった。もしも本当にそうだとするなら彼らとの付き合い方を考え直さないといけなくなる。れーちゃんに紹介した手前、彼らの人物評について少々ナーバスになっているわけである。
「何のこと? ちょっと気になっただけだよ? もういいから話戻しちゃって」
パタパタと手をフリフリ続きを促す。
平成を取り戻したのかいつもの不敵な笑みのれーちゃんが指先で青い心珠を摘みながら更なる問いを発する。
「どんなものなのかは分かったわ。これを貸して貰えるということでいいのかしら?」
「とんでもない。丁重に贈呈させていただくとも」
「随分と気前がいいのね? くれるというのなら貰うけれど、どれほどプレゼントしてくれるのかしら?」
「そうだね、月に300ほど届けさせよう。それを貴国との良好な関係が続くかぎり。どうだい?」
「500」
「……ふむ、いいよ。呑もう。その代わり条件がある」
「条件?」
「ああ、渡す心珠のうち200は必ずこちらが指定する国もしくは地域へ無償で譲渡すること。元々は世界救済が目的だ。貴国に独占されて水不足の地域へ行き渡らない状況は避けたい。残った300は先進各国へ売却するなり研究するなり好きにしてくれて構わない」
「………………」
途端、押し黙ったれーちゃん。なんだろう? 何かひっかかることでもあったのかな?
「譲渡、ね。あなた達が直接配ればいいのではなくて?」
「日本国が開発に成功したなどそれらしい理由をつけて配るのが適当さ。各国と交渉してる時間も惜しい。いきなり姿を現したり暗躍したりしても敵視されるかもしれないからね。――――何せ私達は違う種族だ」
『違う』という言葉に少しだけ皮肉が込められたように見えたのはあたしだけだろうか。
クロは自嘲げに吐いた言葉を気にした風もなく、最後勧告を発する。
「さて、カードは配られた。肝心なことを聞けていないね。どうするんだい? この取引を受けるか受けないのか、はっきりさせていただこうか」
「………………答えは」
れーちゃんは逡巡し、わずかばかりためらった後、答えを口にしようとした。
何を迷うことがあるのか。その理由についてはさっぱりだったけれど返事はもう決まっているはずだ。こんないい話は無いのだから。
早くYESと言ってしまえばいいのにと親友の方を見やると、れーちゃんの背後に何かが見えた。
天井から吊り下がっている、そのナニカ。
「蜘蛛?」
つぶやき、瞬間、シリスがそれを紅剣で切り払う。
真っ二つになった蜘蛛は床に落ちて全身の水分を蒸発させてしまったように干からびた。
「しまった。まさかこんなに早く……」
「え? え? 何今の? 何で?」
「敵が放った使い魔だよアユミ。私達の目算ではもう少しだけ時間があるはずだったんだが……」
「敵って? まさか……」
クロが言い終わるか終わらないかのタイミングで、バツンと室内の証明が落ちた。
軽くパニックになりかけたが屋敷全般を取り仕切るセラスさんが冷静に「すぐに非常電源に切り替わります」と言ってくれたおかげで落ち着けた。
「ああ」
明かりが戻る。
天井いっぱいに、埋め尽くすぐらいに蜘蛛が張り付いていた。
「エデフだ」




