アルヴィアンの対価と要求
どうしてもしっくり来なかったため以下名称を変更しますた。
・アルヴィニア(地名)→アルヴィス(地名)
・アルヴィス(種族名)→アルヴィアン(種族名)
今までに掲載した分(13話まで)は既に修正済みです。
ややこしくてスミマセヌ……
あともうひとつ。
4話のクロとシリスの港での会話シーンを3人称から1人称へ変更しました。
なるべく一つの作品中の人称は統一すべきだと思い直したので……。
これからも1人称でやっていく予定です(自分のことだから忘れてまた3人称やらかしそうですが(汗))
とにもかくにも第14話、投下です
豪奢な装飾がなされた広間、あたしこと玖月歩が見慣れたその空間に、見慣れない3人がそれぞれの振る舞いのまま目的の人物の来訪を待っていた。
「………………」
クロは泰然とした佇まいで椅子に深く腰掛けている。眼を閉じ、腕と脚を組んだ姿勢だ。それだけでともすれば寝ているようにも見えるほどの静けさが彼の周囲に漂っているが、意識が切れている様にも見えない。そんな雰囲気を纏っている。
「シリスはそろそろ座ったらいいんじゃないの?」
「主と同じ席に着くなど不敬となります。これで問題ありません」
「おねいさんおねいさん、この食べ物は何て言うのですか?」
シリスはクロのすぐ後ろで不動の姿勢。脱力と緊張の中間ぐらいの気の張り詰め方で不足の事態にいつでも対応できるといった感じだ。
テアちゃんは可愛らしくテーブルの上に並べられた来客用の菓子類やデザートに目を白黒させている。家に持って帰りたい。
「キャラメルアイスだね。アイスクリームの1種だよ。上に降りかかってるのは……たぶんトリュフ」
「これがアイスクリーム……」
キャラメルアイスにはとろりとしたミルクのようなソースが掛けられ、その上を黒い欠片が彩っていた。香ばしい薫りに引き寄せられ、目を釘付けにしているテアちゃんにスプーンでひとすくいして食べさせてあげる。口に含んだあとの彼女の顔は日向で眼を細めている猫そのもので超かわいい。それにトリュフでは無くアイスの方に反応するあたりがなんとも純真だ。
「随分とくつろいでいますね……」
「勝手知ったる友達の家だしねー」
「半信半疑でしたがこの邸宅の所有者と懇意であるというのは本当でしたか。……あるものですね、偶然というものは」
「それはこっちのセリフ」
あの後――。
クロ達がコンタクトを取ろうとしている人物があたしの心の友であるれーちゃんその人であろうことを、事細かに話を聞く内に悟った。
クロ達はテアちゃんのついでとはいえガルガントスに殺られそうになってたあたしを救ってくれたわけで、人柄としても信頼できる(シリスにはまだ思うところはある)わけで、そんなわけだからひっじょーに失礼だとは思ったものの念には念を入れて危害を加える気が無いことを確認してから仲を取り持つことを決めた。
しかし紹介しようといきりたってれーちゃんとあたしの関係を説明したところ、俄には信じられないとのことだった。
曰く、日本を裏から実効支配してるような大物と友誼を結んでるわけが無い、知り合いという話すら怪しい、自分たちを陥れるための罠だとか何とか。byシリス。
論より証拠。サクッと連絡つけようとしたら完膚なきまでにブレイクしたケータイを思い出しブルーに。当然空飛ぶ島から来た彼らもそんな文明の利器を持ってるわけが無く、固定電話に頼ろうとしたところで止められた。敵がどんな結界を張ってるかわからないから居場所がばれる行為は避けた方がいいんだって。
結界とか聞き捨てならない言葉が出てきたけどひとまず置いといて、じゃあどうしようかと途方に暮れてたら「徒歩で行こう」のクロの一声で方針が決まった。シリスは最後まで反対していたけどクロの言うことだから渋々といった感じだった。
港の倉庫を出て、日中の人の多さと住み慣れた街ゆえの安心からか悠々と歩き続けていたあたしに「警戒しながら進んだ方がいい」とクロから声を掛けられた。気配遮断の結界を張りながら移動してるからまず見つからないはずだけれど、何があるのか分からないからと彼は言っていた。
なんでもその結界を張っているとほぼ完璧に他者と電子機器の認識を誤魔化せるんだけど、心珠使いには距離が近くなればなるほど看破されやすくなるらしい。試しにその辺の通行人の前で手を振ってみても全くの無反応だった。便利すぎて一般人に対して悪用されないことを願うばかりの代物である。
ともあれ、よっぽどの使い手でも数mの距離に近づかれない限りは露見しない階梯の結界を張ってるとのことだったので周囲に気を配りつつれーちゃんの家まで辿り着いてインターホンを鳴らしたというわけだ。屋敷の監視装置にいきなり映っただろうから警備班の人達はさぞ慌てたことだろう。
「それにしても来なかったね、ガルガントス。クロに言われてから真っ昼間でも襲ってくるかもってヒヤヒヤしてたのに」
「拍子抜けですか? 呆れたものですね。あのような目にあったというのに」
「え? ……いやいやまさか。あはははは。あんなのともう遭遇したくないって。ただすぐにでも狙ってきそうだったのに音沙汰無かったから意外だっただけ」
「おそらく傷を癒しているのでしょう。しばらくは姿を見せることは無いはずです」
「キズ?」
「ええ、クロ様が手傷を負わせたと」
「クロが…?」
言われて彼を見る。あたしとほとんど年齢が変わらない少年のようにも、幾年月を経ても煌きを失わぬ彫像のようにも見える彼をだ。
あの瞬間クロはガルガントスがとどめとばかりに振り下ろした巨爪を難なく受け止めていた。意志力やウィルフロウの話を聞いたばかりだけれど、何となくわかる。単純に肉体が強化されただけではああはならない。
なぜなら物体には慣性が存在するから、あんな巨大質量が高速で迫ってきたものを何の反動も無く受け止めるなんてことは出来ないからだ。
仮にそこそこの重量物、たとえば鉄塊を砲丸投げの選手があたしに向かって投げたとしよう。あたしはおそらく受け止められる。が、上体はぐらつくだろうし足は地面を噛むようにしっかりと踏ん張っていなければならないはずだ。
一般的な女子高生やめてる肉体強度の玖月歩ですらそれなのだ。にもかかわらず彼は足どころか体のどこにも力を込める素振りすら見せずあの攻撃を防ぎきった。
つまり意志力とウィルフロウによる身体機能の向上以外の、あたしがまだ知らない力を使わないとあんなことにはならないと結論できる。
おそらくそれはテアちゃんのようにある程度心珠の扱いの心得があったとしても揮えない類のはずだ。もしそうでなかったとしたら物理攻撃主体と思われるガルガントスに、あそこまで一方的に追い詰められることは無かっただろうから……。
「……あのさ、例えばの話だけどシリスはガルガントスと闘ったら勝てる?」
「どうでしょう。一度としてまみえたことが無いので断言はできませんが、伝え聞く話を思い起こす限りでは良くて相打ちが妥当では無いでしょうか。やすやすと敗北を喫すつもりはありませんが」
「シリスでも、か……」
認めたくは無いけど彼女は強い。
初めて会った時に首筋へ迸った一閃をあたしはまるで見極められなかった(試すだけだったので寸止めにするつもりではいたと後から聞いたけど本当かどうかは怪しい)。その事実から考えるに想像以上にあたしとシリスの実力差は開いている。
だからシリスとガルガントスが闘ったのならどちらが勝つのか純粋に興味が湧いたわけだが、返ってきた答えを聞いて何とも言えないもやもやとした感情が胸中に渦巻いた。
それは安堵だ。自分よりも遥かに実力のあるものでも容易に対処の出来ない存在だったから負けてもしょうがない、良かったと、諦めを肯定する気持ち。
ともすればこれから先いくら鍛えたところでアレに勝てないのではないかという不安も湧き上がってくる。ウィルフロウや心珠のことについて知れたはいいけれど何せ属性が“記憶”だ。とても戦闘向きとは思えない。
一瞬にじみ出たそれらの感情を、首をブンブン振って吹き飛ばす。
いけない。どうも弱気だ。自分の人生感を変えかねない程の致命的な敗けだったとはいえ残念すぎる。
「全く、らしくないや……」
ガルガントスや自分のことは後で考えることにして改めて彼を見る。
アルヴィスの中にあっても他者と隔絶した力を揮える彼。あたしよりずっと強いシリスが、相打ち覚悟で挑まなければならないといったガルガントスを容易く撃退したクロは果たしてどういった人物なのか。そして何をしに風見市へ、霧沢麗華に会いに来たというのだろうか? 今更ながら気にならずには居られなかった。
「ところでさ、結局シリス達は何をしにれーちゃんに会いに来たわけ?」
「えっと、相談? 交渉? なのですよ」
「あー、ごめんごめんテアちゃん。あたしが聞きたいのは何を交渉しに来たのか、ってこと」
「あなたが知る必要はありません。……尤も、クロ様が同席をお許しになれば私達が語らずとも今から分かることでしょう」
シリスの視線を追うとあたし達が入ってきた扉が開き、銀髪のメイドさんが入ってきた。あたしも面識のあるセラスさんだ。
「来たね……」
クロが閉じていた眼を開ける。
その挙動に呼応するように扉の奥からカツンカツンと足音が響き始めた。
「皆様お待たせいたしました。只今より主がいらっしゃいます」
甲高く響く靴音は近づくにつれ気高さを増すようだった。
セラスさんの挨拶から数拍遅れて瀟洒なドレスを着込んだ待ち人が入ってくる。
普段学校で見ている姿と違い薄手の化粧と高価そうなイヤリングでめかしこんでいる。少しおしゃれをしただけだというのに漂ってくる妖艶さは女の自分ですらドキリとするほどだった。
これがあたしの友達、霧沢麗華だ。
彼女は入り口のあたりで広間をゆるやかに見回しあたしを見つけると、他の面々はさも眼中に無いかのように無表情で近寄り両手であたしの身体をポンポン叩きはじめた。
「あ、あの? れーちゃん?」
「怪我は?」
「ケガ?」
れーちゃんが右手を宙に上げると傍に居たセラスさんがレポート用紙をそっと差し出す。ひらひらとその紙切れを弄びながられーちゃんは言う。
「昨晩、あなたが緊急信号を出した御前崎公園とその付近で大量の血痕が見つかったわ。当然あなたの。それも常人なら失血死していてもおかしく無い量」
「う……」
「あんな会話のあとで、今まで一度も使ったことの無い緊急信号を発信し、発信地点から死んでいてもおかしくないほどの血液が見つかり、かつ一日中連絡もつかない。何かがあったことぐらいプラナリアでも分かるわ。だから聞いているの。怪我は無いか?って」
「えーと、大丈夫。大丈夫だよ。実際死にかけたけど治ったんだ。今はもう全然平気」
「治った? 本当に?」
じっ、とこっちの眼を覗きこんでくるれーちゃん。
本当はまだ身体の節々に鈍い痛みがあるのだけれどもここは見栄をはっておく。
彼女の前ではいつだってヒーローで居たいのだ。
「うん。詳しい事情は後で話すけどホントに問題無いよ。ほら、ピンピンしてるでしょ?」
「………………」
れーちゃんはしばらくあたしの眼を、その吸い込まれそうなオニキスブラックの瞳でじっと見つめていたけれど、不意にはぁっと大きなため息をついてからどこか安心したような表情で言った。
「無事で良かったわ」
「れーちゃん……」
「私がいずれ奪う処女も無事で。本当に……」
「感動が台無しだよ!!」
思わず胸元に飛び込んで熱い抱擁を交わしそうになった自分が本当に嫌だ。
「あら、信じてあげたじゃない。その態度は不服極まりないのだわ」
「麗華様。時と場所によって本音は押し隠すべきでございます。言葉も選んだ方がよろしいかと」
「軽い冗談よセラス。さて……」
れーちゃんはいつものどんな場面でも気負った感じが無い優雅な態度で髪をかきあげると、おもむろにクロの方へ向き直りスカイブルーの瞳と視線を交差させた。
「私の大事な大事な歩をたぶらかしてくれたのはあなたかしら?」
「タブラ……って、それ誤解!!」
「誤解? 何が誤解なのかしら? 人を丸一日心配させたと思ったら男連れでいきなり現れて、これでかどわかされたのでなければなんだというの? 説明して」
「おおぅ……」
お、怒っていらっしゃる……。
そりゃあれーちゃんのことだからすごく心配してくれたんだろう。そして心配した上であたしの無事がわかったもんだから安心した反動もあって怒りもフツフツしてきたと。
「ごめん、れーちゃん。心配させて悪かったよ。でもこの人達は本当にそんなんじゃないんだ。ただあたしを助けてくれただけで、お礼にれーちゃんに紹介しに来ただけなの。お願い、信じて」
クロ達に止められていたこととはいえメールで一報すら入れなかった自分に大いに非がある。
申し訳無さとクロ達に悪い先入観を持たれたまま対話に望んで欲しくないと思ったあたしは素直に謝った。
「…………ふん、もういいわ。……それよりそこのあなた、さっきからずっと笑っているけれど何がおかしいのかしら?」
「ふふ……いや、失礼した。とても愉快な人達だと思ったらつい、ね」
水を向けたクロが立ち上がり、恭しくれーちゃんに一礼する。
「お初にお目にかかる霧沢麗華殿。私はクロ。アルヴィアンの代表だ。今日はあなたととある交渉をしたく参じさせていただいた」
「ッ! クロ様! クロ様が頭を垂れる必要などございません! このような人族の小娘などに……!」
「シ、シリス姉さま! 落ち着いて!」
「シリス。彼女は決して軽んじていいような人物ではないよ。むしろ最大限の敬意をもって当たるべきだ。彼女の曽祖父は戦後最後の黒幕と呼ばれた御仁で、彼女はその家督を継いでいる。むろん継ごうと思って継げるものでもないし、継いだだけで何をせずともその立ち位置を維持できるものでも無い」
「あら、少しは調べたのね。光栄よ、はざまの民、アルヴィアンの代表さん」
れーちゃんの口から聞き覚えのない単語が飛び出た。
「はざまの民? 何それ?」
「文字通りの意味よ。この世界のどこかに隠れ潜む者達。噂によると次元の隙間に巨大な島を浮かべて暮らしているらしいわ。ラピュタみたいにね」
「…………れーちゃん、妙に詳しいね?」
あたしが今日仕入れた情報だぞそれ。いや、次元がどうとかは今知った。
もしかして、いや、もしかしなくても……
「まさかアルヴィスのこと前から知ってたの?」
「当然でしょう? 私はこの国の最高権力者と言っても過言では無いわ。国防や国の権益に関わることで耳に入らないわけがないわね」
「なーんーでー、教えてくれなかったのさ!」
さてはこの前の昼食の時にキツネリスみたいな生き物がラピュタから来たんじゃないかって話して意味深に笑ったのもそうゆうことか! 全部分かってたんだ!
悔しくなって親友の肩を掴んで前後に揺する。絹糸みたいな挑発がわっさわっさ翻った。
「国の権益に関わるって言ったでしょう? おいそれと口に出して良い話では無かったの。尤も、歩もこれでほぼ当事者だから彼らの件に関しては機密なんてものに遮られることは無いわね。むしろ私としてはアルヴィアンと関わった人物の意見も欲しいからこの場に同席して貰いたいぐらいなのだけれども……いいかしら?」
「かまわないよ。我々としても彼女は信用に足る人物だと思っている」
「それは重畳。このまま立ち話も格好が付かないのでお互い席に着きましょうか。セラス、新しい紅茶を持ってきて頂戴」
「こんなこともあろうかと、既にお持ちしております」
カラカラと湯気の立ち上るティーポッドを載せたワゴンが運ばれてくる。
いつの間にか姿を消していたセラスさんがれーちゃんが入ってきたのと同じ扉から再び現れた。
「さっすがセラスさん。仕事が早いねぇ」
「出来たメイドでしょう?」
「恐縮でございます」
言葉とは裏腹にあたしやれーちゃんが褒めそやした事になんら恐縮した様子も見せず淡々と紅茶をカップに淹れ始めるセラスさん。給仕人の見本のような人だった。
れーちゃんとクロがテーブルを挟んで対面の椅子に座ると間もなくカップが配られた。
テアちゃんはクロの隣に。シリスはさっきと変わらずクロの背後で突っ立っている。
あたしはセラスさんから紅茶を受け取り、テーブルの端――二人の間に座る。れーちゃん側とクロ側のどちらに座ってもきまりが悪そうだったのでこれが最大の折衷案だろう。
これからいよいよ空に浮かぶ島の住人と、日本を影で動かす者の交渉が始まるのだ。
「それではお伺いしましょうか、あなた方がどんなお話を持ってきたのか。そちらからコンタクトを取って来たにも関わらず一度は直前で商談をキャンセルされ、あまつさえこちらの都合など構いもせずに押しかけられた身としては相応に利のある内容を期待します。率直に申し上げて歩の仲介でなければ即刻退去願っていたところですわ」
「これは手厳しい。だが、見返りという点については保証させていただくよ」
そう言うとクロはテーブルの上に肘を立て、顔の目の前で指を組んだ。
「こちらの要求を述べる前にまず、提供する対価について話そう。我々が貴国に支払うものはとある植物の葉だ」
「植物の、葉?」
「クロ、それってもしかして……」
普通、注文内容を先に話すものなんじゃと思っていたら反応せざるを得ない言葉が飛び出てきた。
れーちゃんは何のことかわからず疑問符を浮かべているが、少なくとも興味は引かれたようだ。
「ああ、ワルドリーフの葉だよ、アユミ」
「歩? あなたは知ってるみたいだけれどそれは何かしら?」
「えーっと、説明が難しいんだけど簡単に言えば超高性能傷薬?」
「実際に見て貰った方が話が早いな。シリス」
クロが指を鳴らすと背後に控えていたシリスが懐から1枚の青い葉を取り出した。
「へぇ……」
れーちゃんが自然界に存在しないような深い青色に興味を示した。
眼は爛々と煌き世間話に興じるときの温和さは欠片も無い。完全に品を見定めようとする商売人の眼光だった。
本人曰く、曽祖父が元々大きな商いを生業とする人物でその血が濃いのか交渉事となると我知らず高ぶってしまうのだそうだ。「ままならないものね」と零していた。
「それでどの程度効き目があるのかしら? 市販薬に毛が生えた程度のものを持ってきたのだとしたら製薬会社への売り込みをオススメさせていただくしかないのだけれど?」
「失礼」
シリスは一度青い葉をテーブルの上に置くと、例によって虚空から取り出したとしか思えない唐突さで出現させた紅い剣で自らの手首を切り裂いた。
滴る雫が絨毯を濡らす。鮮血は色鮮やかでふとアルヴィアンでも血の色は一緒なんだなと考えさせられてしまった。
シリスが剣を仕舞い、それまで剣を持っていた手で再びワルドリーフの葉を掴んで切り裂かれた手首へ押し当てる。するとどうだろう、夥しく血液を散らしていた傷口が見る間に治っていくじゃないか。
「効果の程は知れたかな?」
「ええ、とっても」
珍しく挑発的な笑みを浮かべているクロと、目が笑っていない獰猛な笑顔のれーちゃんの視線が絡み合う。
手札を晒し、「どうだ?」と問うてきたクロに対し霧沢麗華という女傑はカードの品定めをしている状況だ。果たしてそれはどのぐらいの価値をつけられるのかを推し量ろうとしている。
故にクロは更に煽りを重ねた。
「このワルドリーフの葉を貴国に譲り渡したあとは如何様にしていただいても構わないが、我々の提案としては自国民の救急救命措置などで浪費するよりも外貨の獲得に向けての使用を推奨する」
「それはどういう意味かしら?」
「察しのとおりだ。日本は詰みかけている。あなたがそれに気づいていないはずも無いだろう?」
「………………」
霧沢麗華は動かない。沈黙は肯定、そう言ったのは誰だったか。もはや語るよりも雄弁な回答だったがあたしは納得できずに突っかからざるを得なかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。日本が詰みかけてるって、どういうこと?」
「歯止めの効かない少子高齢化による社会保障制度崩壊の可能性とそーさいむ残高の増加。これが群体としての国という機構を保てない限界のところまで来ているのです。えっと、国債発行?による国民ひとりひとりの負担額は1000万円を超えて医療費の補助や年金の支払いは出来なくなる目前。このまま行き着くところまで行くと老人や病人を、その……見捨てたり円の価値が大幅に下がってしまうかもしれないのです」
「テ、テアちゃん? 妙に詳しいね」
「頑張って覚えたのです!」
えっへんと胸を張る狐耳少女。微かなふくらみが誇らしげに逸らされる姿にあたしの中の小さなおっさんが目を覚ましそうだった。
テアちゃんを見てほっこりするあたしを尻目にれーちゃんは先ほどとはうってかわったような剣呑な眼差しで語り始めた。
「確かにデノミを実施して……そうね、10万円を1円ぐらいにしましょうか。その後に預金封鎖して財産税を取って、外貨資産の回収をしている間に円下落とインフレが到来するでしょうね。そうなれば政府の借金の価値も下がるから実質的に帳消しに出来る。円通貨の信用のガタ落ちと引き換えに、ね」
「だが実際にはそうはならない」
「ええ、こと国債が1000兆を突破した今に至っても我が国に金融危機が訪れる心配は無いわ。なぜならその国債の債権保有者の95%以上が日本の金融機関や年金基金だから、そんな政策を実施されて自分達が保有している債権と円通貨の価値を落とすことを絶対に良しとしない。そして総債務残高の1000兆なんて貯蓄の1400兆と現資産の700兆、数十年世界第1位を維持している対外純資産を合計してしまえば割と簡単にカバーできてしまうもの。現実的にはそれらの資産を全て売却することなんて出来ないのだけれどね」
「つまり総債務残高の返済については対応出来なくも無いというわけだ」
「ご名答。ただし……社会保障制度の維持の話は別よ」
流れるようなクロとの会話の応酬の後でそう区切ると、れーちゃんは彼と同じように指を組んでテーブルの上に肘を着いた。ネイルグロスがシャンデリアの明かりを受けて気まぐれに光と踊る。
「正直なところ少子高齢化による影響は深刻。働けない老人が増えて未来の働き手が減る最悪の悪循環なのだわ。国内総生産が減り続けているから国債の返済も出来ずに逆に増える有り様。年金と医療費の補助を出そうにも財源が確保出来なくなる一歩二歩手前で、一度は老人や高度医療要求患者に対して姥捨て山よろしく安楽死推奨論が与党から飛び出しかけたのよ? 笑えるわよね」
「いや、笑えないよ」
なんだそりゃ。ふざけるな。
働けなくなったら、子供を作れなくなったら死ねって言うのか。
国の利益にならずに足を引っ張るだけならさっさと殺すっていうのか。
そんなのはあんまりにも、人間を馬鹿にしている。
「ごめんなさいね、歩。聞きたくなかったでしょう? でも大丈夫。私が全力で止めたから」
「ん。でも良かったの? そんな話こんな場所でして」
れーちゃんに感謝の意を込めて短く頷いた。図ったのか図らずか、どうやらあたしは彼女のおかげで不快な気分を味合わずに済んだらしい。
そのことを理解すると同時に不安になった。霧沢麗華が話すことならどんな眉唾ネタでも真実足りえる。国家事情なら尚更で、今のは機密情報と言っても仕方のないレベルの話だったのではないか? そう問いかけるあたしにれーちゃんは「問題無いわ」と言葉を継いで、
「どうせ目の前の彼らには調べがついているはずでしょうから」
「さて、どうかな? とりあえず発言は控えさせていただくよ」
「白々しいわね……ともかく、その少子高齢化だけれど対策としては諸外国のようにある一定の年齢までの教育費を全面的に免除するなどが考えられるの。けどこれも財源が無いのよ」
「ああ、だから!」
「そう、年金や医療費の補助をするにも財源。国債の返済にも財源。とにかく何をするにも財源財源よ。だからこそ、彼らの提案は正鵠を射ていると言える。的を当てすぎていて嫌になるくらい――こっちの弱みを突いている」
そう締めくくったれーちゃんとクロの視線が再び交差する。苦々しいれーちゃんに対し、クロはどこ吹く風といった自然体で紅茶を傾け始めた。
「お褒めに預かり光栄だ」
「クロと言ったかしら? あなた、碌な死に方をしないわよ?」
「そうかい? それは気をつけるとしよう。ともかくもこちらからの提案は以上だ。外国の富裕層へ、我々が提供するワルドリーフの葉を高額で売却し貴国の財源とする。一枚持っていれば命が助かるかもしれない奇跡の植物だ。言い値で払う人間はいくらでも居るだろう。あなた達の国の政治家が推し進めている外国人向けカジノの設置よりもよほど効率的に外貨を獲得できると思われるがどうだろうか?」
れーちゃんの脅しともとれる言葉に肩をすくめて答えるクロ。
彼は交渉と言ったがどこも気負った風が無い。まるで失敗してもなんら構わないと思っているぐらいに緊張が無いのだ。あのれーちゃんをして主導権を握れずにいるほどだ。
「気に入らないわね。本当に、気に入らない。けれど話を聞くだけの価値はあるわ。腹立たしいけれど聞かせてもらいましょうか、あなた方の要求とやらを」
れーちゃんが不愉快げに答えを返す。まだ断る段階では無いと。
その返答を見てとって、クロが――先ほどのれーちゃんの獰猛な笑顔を鏡に写したように――口端を歪めて言った。
この時まで。
あたしはまだ知らなかった。
自分がどんな人達を連れて来たのかを。
自分がどんな場面に立ち会ったのかを。
彼がその口を開く時まで。
あたしはまだ――知らなかった。
「単刀直入に言おう。世界を救ってくれないか?」




