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来ちゃった

「それで、これからどうするの?」


 テアちゃん達が買ってきてくれた服を着ながらクロ達に尋ねる。羞恥プレイ一歩手前なのでクロにはあっちの方向を向いてもらいながらだ。


 買ってきてくれたのは全体的に緑を基調としたパーカーと明るい黄緑のシャツ。アンダーウェアに薄め&短めの丈の白いワンピースとデニムショートのジーンズだった。動きやすさを重視したカジュアル感たっぷりでサイズはあつらえたようにぴったり。いいセンスしてらっしゃる。

 ブーツは無事だったのでそのまま使用。あたしは足癖が悪いので頑丈なのを選んでおいて良かった。

 悲しむべきはケータイだ。あの熾烈な衝撃に耐えられなかったようで米軍規格をクリアした超耐水・耐冷・耐熱・耐圧の愛しのスマホでも粉々に砕け散ってしまった。……とほほ、あたしのメモリー。

 そういえばあの時、短縮ダイヤルの送信はしたけれどついぞれーちゃんからの応援部隊は現れなかったな。考えられる理由としては大きく分けて二つだ。そもそも連絡が行っていなかった(・・・・・・・・)か、部隊が派遣されてもあたしのところにまで辿りつけなかった(・・・・・・・・)かだ。

 まああとでカラクリについてはクロ達に聞くとしよう。うぅ……どっちにしろ心配してるだろうな。後者の場合でも今日結局無断で学校休んじゃってるから。伝達手段を持たない情弱な今の自分が恨めしい。


「とある人物と会う事になっているんだ」

「とある人物?」

「ああ、私達が来日したのもそのためなんだよ。その人とちょっとした交渉がしたくてね」

「へー、クロ達と交渉ねぇ」


 誰だろう? クロ達の方から交渉したいだなんて言わせる人物は。自分には知るべくも無いが相当な大物なんだろうか。

 ともあれ、これで彼らの今後の方針を知る事が出来た。思えば目的も何もわからん状態だったわけだが、よくも行動を共にするなんて決断が出来たものだ。


「クロ様、その件なのですが……少々、まずいことになっています」

「まずいこと?」

「はい、先程のテアとアユミの衣類の補給の際あちら側の連絡員と接触したのですが、今夜の予定をキャンセルさせていただくと……」

「意趣返しのつもりかな。先に直前で予定の変更を申し出たのはこちらだから非難出来ないけれど。次に会えるのはいつと言っていたんだい?」

「それが……現在抱えているトラブルを解決するまでは見通しが立たないと……」

「ふむ、それは……困ったね」


 クロが腕を抱えて線の細い顎に指を添える。なんとなくだけどこれが彼が考え込む時の癖のようなものらしかった。

 それにしてもドタキャンはよろしく無いな。今や世界的注目を集める浮遊島の住人、しかも未知の技術やら産物を所有する相手にケンカを売ったも同然の所業を、しかもガルガントスを撃退できるほどの人物が出張るレベルの取引でやらかす輩が居るとは、この先この世界で肩身の狭い思いをするに違いない。南無。


 ――あれ、こんなことちょっと前にもあったような……?


「ええと、それってさっき言ってた会うことになっているとある人物って人の話だよね?」

「ああ。我々としては出来るだけ早く交渉のテーブルにつきたいんだが……」

「どんな人?」

「この街の……いや、この国の有力者かな? といっても政治家では無いんだけどね」

「ほうほう……ちなみにその人の家ってどこかわかる?」

「? シリス、地図を」

「ハッ、こちらになります」


 急に交渉相手に興味を示し出したあたしを訝しみながらクロはシリスに指示を出し、風見市の地図を取り出させる。今どき電子媒体に頼らず紙で位置情報を確認しにかかるとは何ともレトロだった。買ったばかりの新品らしく使い古した紙皺のない綺麗なものだ。


「私達が居る現在地がここなのです」


 テアちゃんが指し示したのは広大な専有面積を誇る風見港のうちの一区画。コンテナが積み重なってるあたりの横で大きめの倉庫が立ち並んでいる。ちょっと話を聞いてみるとその倉庫の一部を借り受けて拠点にしているとのことだった。どうりで潮の香りやら波の音やらがさっきからするわけだ。


「そしてここに目的の人物の住居がある。少し大きい家になるんだが、見たことはあるかい?」


 クロが指を置いた先は閑静な高級住宅街だった。中でも地価が超がつくほど高いウルトラ一等地。


「…………あー、なるほど…………」

「アユミ?」


 そこは、あたしの予想通り見覚えのありすぎる場所だった。



     ◆



 暖色灯にうっすらと照らされた執務室に紅茶の香りが漂っている。洗練された、上品な香りだ。

 英国王室御用達のフォートナム・アンド・メルソン。

 中でもお気に入りのアールグレイはいつもなら一口含むだけで気分を落ち着けてくれるが、今は飲む気にもならず、黒檀の机の上に乗っている書類の山の横で冷めていくのをただ眺めている。


「麗華様」


 しばらく微動だにしないままくゆる湯気が段々と消えていく様を見ていたら、傍付きのメイドから声がかけられた。


「……何かしら?」

「そろそろ溜まっている案件を片付けていただきませんと、この国に数十億円単位での損失が発生してしまいます」

「………………」

「麗華様?」

「――私のような小娘に右往左往されるような国はもう駄目だ。そう考えたことは無い? セラス?」


 不機嫌さを隠そうともしない仏頂面に肩肘をついたまま毒を吐く。

 対して銀髪のメイドは主の発言に動じた風も無く目を伏せたまま佇んでいる。身体の前で腕を重ねた礼の姿勢だ。黒のワンピースと白のエプロンドレス、可愛らしさをやや強調する衣類を纏っていてもその姿はなぜか冷たい刃物を想起させた。

 最高級のビスクドールを超える美貌でありながら人形のような無表情を張り付けたままセラスと呼ばれた女性が口を開く。


「そうはおっしゃいますが麗華様がいらっしゃるからこそ馬鹿共がどれだけ馬鹿をやらかそうともまだ何とかこの国は保(も)っていると思われます。いま麗華様が現在の立場を退いたとなれば強権を発動して止める者も居なくなり、それこそ好き勝手し始めて滅びかねませんが?」

「滅ぶなら滅べばいいのだわ。どうしようも無い愚か者達のお守りはもううんざり」

「そうするのも一興かと存じまず。しかし、のらりくらりと続けてきたものを放り投げるとは麗華様らしからぬ所業かと」

「放り投げてなんてなんていないわ。いつでも終わらせるなり暖炉の火にくべるなり好きにできるようあなたに整理させてるでしょう? ……私がこの国を維持してきたのもあの子が居たからなのだから、駄目だった(・・・・・)時は今抱えてる案件をどう扱おうが自由にさせて貰うわ」


 すっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。不味い、と思った。分かっていて熱を逃がしたので自業自得と言えるが果たしてこの味は冷え切ったことのみが原因だろうか?


「それで、歩は見つかったのかしら?」

「………………」


 先程書類の処理について提言された時とは立場が逆で今度はセラスの方がほんの一時口を噤む側となった。

 それはつまり、そういうことなのだろう。


「そう……まだなのね」

「申し訳もございません」


 歩の携帯電話に設定した緊急連絡手段は二つある。緊急(エマージェンシー)通話(コール)と緊急(エマージェンシー)信号(シグナル)だ。読んで字のごとくとなるが、両方とも霧沢のシークレットサービスに直通の通話もしくは救難信号の発信となる。

 歩からの緊急通話は実はこれまでにも何度かあった。

 いずれも重傷者を搬送したり災害時の救助の応援要請や果てはテロを未然に防ぐためと緊急性の高い内容で、この子は一体どうやってトラブルに巻き込まれているのだろうと不思議に思ったほどだ。その呼び出しにおいても自分で解決できるものは解決し、手に負えないと判断した時にだけ助けを求めている極希少なケースだと聞いた時には厄介事誘引体質――いや、引き寄せているのではなく自ら突っ込んでいるのか――もいよいよ極まってきていると呆れた。そこが歩らしいと言えばらしいので微笑ましくもあるのだが。

 しかし、確かにこれまでもあったことだが、それでも助けを求めている内容について一言も話さないなどということは無かった。緊急信号を使用するということは無かったのだ。


 昨日の状況は報告を聞く限り不可解かつ事件性が高い。歩からの初めての緊急信号の発信、ほんの2・3分瞬いて消失したそれに慌てることなく迅速に動いたシークレットサービスは流石という他無かったが、事態は予想の斜め上を行っていた。

 訓練された精鋭部隊が信号の発信地にたどり着けないという異常。

 何度携帯端末に表示されたポイントへ近づこうと急に方向感覚を失ったように踵を返し出す隊員達。目の前の道をただ直進すればいいだけなのにある境を跨いだ途端転身するのだ。恐るべきは後方への方向転換を行った隊員達にその行動の自覚が全く無いことだった。後の報告によると彼らは一様に口を揃えて「覚えが無い」と主張していた。つまり彼らの心の中では自分たちは直進を続けている認識だったということだ。

 現象が発生する境界線は目的地周辺から等距離円周上にて確認され、どの方向からでも侵入できなかった。どういったカラクリかは不明だがいくら繰り返そうと目的地にたどり着けないのもこれでは道理である。

 地上からでは堂々巡りのまま拉致が明かないと判断した部隊は上空からヘリによるアプローチを試みたが結果は同じ。転身現象が発生する境界手前でホバリングを続け、隊員達の挙動を監視・監督するなどの手段も試みたものの手を替え品を変えいくら指示を下しても無意味な後退をさせられ続ける状況に屈強な男達が恐慌を来たし始めた。

 その有様を見て部隊長が情けなさのあまり胸が一杯になろうとしたころ、ようやく不可思議な現象が解除された。きっかけは何も無く不意に消え去ったとのことだ。時刻は境界線にたどり着いてから十数分経過後。

 任務続行できる形となったため理解不能な現象を訝しみつつも慎重に部隊が足を進めた結果、歩からの緊急信号が発信された地点には夥しい血痕ととても人間の手では起こせそうも無い破壊痕が確認された。

 ヘリが遠方から録画していた目的地周辺の映像をチェックしたところ境界線の転身現象が解除されたのと同じタイミングで別の写真を差し込んだように一瞬で映像が切り替わっていたとのことだった。平穏な公道がまばたきをするより早く惨々たる有様へと切り替わったその記録を見てハッキングかとセキュリティが騒いだが、外部から侵入された形跡は皆無だったという事実が現象の不可思議さに拍車をかけた。


 だが、そんことはどうでもいい。


 どうでもいいのだ。

 路上の血液を検査した結果、歩のものだと判明した。

 そして彼女は見つかっておらず、無事も確認されていない。

 これがどういったことを意味するのか、最悪の想像をせずには居られない


 昨夜、歩と電話で会話をした時の事が思い出される。なぜあの時もっと強く警告しておかなかったのか、嫌な予感がしつつも「止めても聞くタマなどではない」と適当な理由を並べ立てて好きにさせていた自分を刺し殺したくなる。こんなことになるのなら一時的に軟禁でもしておくのだった。機密事項で全てを話すことが出来なかったとしても他に取れる手段はいくらでもあったはずだろうに……。


 この街には今、人とは異なる異質な存在が訪れている。


 伝え聞く限りだと彼らは基本的に人道的かつ秘匿的なので探し出して攻撃でもしない限りは無害だ。しかしそれと敵対してる勢力は敵と見なせば何をしていなくとも牙を剥いてくるだろう。もしもその敵対勢力に目を付けられたならばさしもの歩とて無事では済まない可能性が高い。

 仮に想像の中の最悪中の最悪が的中したとして、歩の死体を目の当たりにした自分は果たして冷静でいられるだろうか? いや、愚問も甚だしい。常と同じ氷のごとき精神を保てるはずも無いだろう。その時自分がどういった行動に出るのか、それはおそらく――。


「……うふふ、ねえ、セラス?」

「はい」

「もしも――もしも歩が死んでいたら、その時は必死で隠しなさいな」

「………………」

「私はきっと、あの子が死んだことを知ったら世界を滅ぼすわ。八つ当たりで滅ぼす」

「………………」

「だから、何を置いてもその時は私に知られないように頑張りなさい。必死で死体を処理して、必死で情報統制を敷き、必死で私に毛ほどの違和を感じさせないように取り計らいなさい。私に歩はまだ生きていると信じさせなさい。

 そうしてせいぜい――延命するといいわ」

「……かしこまりました」


 セラスは一連のやり取りの最期、了解の旨を伝える前にわずかな間を作った。

 彼女は私が本気であることを理解しただろう。そして理解した上で止める手立てを模索したが全て徒労に終わることにも気づいた。彼女は有能だ。しかし私はそれを遥かに上回る。歩が死んでいたら遠からず私は気づき、あらゆる手を尽くして盛大な八つ当たりを敢行するだろう。果たしてその時目の前のメイドはどうするのか、一抹の興味はあるがそれを見れる状況になって欲しくはないというのも本音なところだ。


 冷めた紅茶を再び口に含もうとした時だった。

 セラスが「失礼」と断り右手を耳に宛てる。インカムによる内部回線だ。

 歩に関して新しい情報でも入ったかと視線を向けるが表情は読み取れない。まあいい。本当に重要な案件ならいずれ私の耳には入るとヴェッジウッドのティーカップを傾けた時、彼女が口を開いた。


「麗華様。歩様が見つかりました」


「………………」


 ……返せ。


 私の心配を返せ。


「ちゃんと生きているんでしょうね?」

「当然でございます」


 淡々と肯定するメイドの冷淡さに舌打ちをこぼしたくなる。

 まあ、それはそうだろう。先程の会話が会話だ。本当にまずい内容なら紅茶が冷めるよりも早く死亡報告したりはすまい。


「まるで道化(ピエロ)だわ。それで……あの子は今どこに居るの?」

「それはこちらの映像をご覧いただければお解りいただけるかと存じ上げます」


 セラスが手のひらを執務室の壁面に向けると、浮かび上がった矩形の線に沿って壁が音も無く二等分して左右にスライドした。壁の中から現れたのは大型のプラズマディスプレイ。資料などを閲覧する時に使われるものだがちょっとしたホームシアターセットの枠には収まりきらないサイズだ。プラズマは一般向けの市場からは既に姿を消しているので当然特注である。

 本来映画などの動きのあるものを表示するはずのそれは悲しいかな、今まではグラフや文字列だけを表現するだけの実に報われない機能を果たしていたわけだが、この時に至ってようやく元の役目を取り戻す機会を与えられとある映像群を映し出していた。

 植木の隙間から覗くように。庭園の水中から見上げるように。ピンホールレンズの穴から穿つように。

 多種多様な視点から撮影された映像は一つの屋敷を浮かびあがらせる。


「まさか……」


 映像群の中でも一際大きくクローズアップされたピース。

 視界は碧上から斜め下を見下ろすように。

 街路樹に内と外を隔てる壁と、パレードの一団でも通れそうな大門。


 それらには、見覚えがありすぎた(・・・・・・・・・)。


『もしもーし、れーちゃん、聞こえてるー?』


 そして聞き覚えのある音声。


 相も変わらず人を嬉しくさせるような元気な声だ。

 聞きたくて聞きたくてたまらなかったが、こうもあっさり出てこられると可愛さ余って憎さ百倍もいいところである。しかも不可解かつデリケートな難題を引き連れてとなれば尚更のことだ。


 クローズアップされていた映像が更に拡大される。

 玖月歩が、私の別荘の目の前にまで来ていた。


 件(くだん)のアルヴィアンを名乗る人物達を引き連れて。


『来ちゃった☆』



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