心珠
一瞬、言われていることが理解出来なかった。
「島から来た、って……ラピュタから!? え、えええええええっ!?」
「正しくはラピュタじゃない。アルヴィスと言う」
クロの言が本当だとしたらあたしは今正に衝撃的な出会いを果たしていることになる。なにせ世界を震撼させた空飛ぶ島の住人だ。宇宙人とのファーストコンタクトと同じかそれ以上の価値がある。特にニュースを見た時から興味が尽きなかった自分にとっては尚更だ。
「ア、アルヴィス?」
「そうなのです。テア達はそこから来たのですよ?」
しかも正式名称まで教えて貰えるというおまけ付き。マリさんなら興奮の余り鼻血吹き出して貧血でそのまま天に召されてしまいかねない特ダネだろう。事実あたしも今日一日で色々有りすぎて脳がやばい。
「え、えーと、疑うわけじゃないんだけど、その、しょ、証拠とかは?」
「証拠も何も、私達の存在自体が証明にはなりませんか?」
とのたまうのはシリス。それもそうだ。狐耳と肌に宝石のくっついた幼女、一晩で重傷を治す葉っぱ。この2点だけ取ってもこの世界の常識を軽くぶっちぎっている。分けて説明するよりかはくっつけて密接な関係が有りますと言われたほうがまだ納得できる。
「もうわかっているとは思うけれど我々アルヴィアンは人とはまた違う存在だ。その差異から迫害を恐れてあの島ごと次元の断層に隠れ潜むように今まで生きてきたんだ」
「差異ってゆーとこの子の心珠とか狐耳とか?」
「ぁんっ!」
近くに立っていたテアちゃんを布団の上に引き寄せて狐耳をふにふにいじるとなんとも可愛らしい声が返ってきた。あたしの中の小さなおっさんが目覚めそう。しかし断じてあたしはれーちゃんと同じ趣味は持ち合わせていないぞ? 断じて。
「その通り。他にもあるんだけれど主にその2つだ。アルヴィアンは全て心珠を体内に宿しているし、人とは違う容姿をしている。シリス」
「ハッ」
クロはこちらの様子に動じた風もなく説明を続ける。ぴくぴく痙攣するこの子の可愛らしい姿に感動を覚えないとか機械の心かあーたは。
クロに促されたシリスが長い金髪をかきあげる。するとその下から毛先が黒く他は白い耳のようなものが出てきた。ゆるやかに下方に下がった感じが本人の印象に反して――言ったら絶対怒るだろうけど――ひっじょーに可愛らしかった。
「エレアベインの一族の耳は全てこのような形状となります。もうよろしいですか?」
「う、うん」
サラリと金髪を落としてすぐに隠されてしまった。欲を言えばもっとまじまじと見たかった……シリスのケチんぼめ……。
「ちなみにフォクスリートの一族は一時的に仔猫程度のサイズの小動物に姿形を変えることができる。意識が途切れてしばらく経つと解けてしまうけどね。君が最初にテアに出会った時に擬態化が解除されたのはそういうことだよ」
あれは種族固有能力って奴だったのか。人型のテアちゃんも可愛かったけどあの獣形態もまた良かった。叶うなら今度また変身してもらおう。
「えーとエレアベインやフォクスリートの一族ってことは他にも居るの? あれ、でもそうなるとアルヴィアンってえーと……?」
「ああ、多種多様な種族がある。人からは大きく外れたような外見を持つ者も多いよ。今日聞いたばかりの君には解り難かったかもしれないがアルヴィアンとは種族を指すのでは無くアルヴィスに住んでいる者たちのことを総称して言うんだ」
「へぇ~……なんていうか、凄いね」
「凄い?」
「んと、あたし達人間って結構くだんないことで争ってるわけ。肌の色だとか瞳の色だとかそんなん。今でこそそれほど差別とか無くなったみたいなんだけどまだ根強いとこでは残ってる。なのにそっちは北海道ぐらいの面積の土地で喧嘩もせずに仲良くやってるのが、なんだか凄いなって」
「ケンカぐらいテア達だってするのですよ? ちょっとしたいざこざはしばしばあるのです。各種族ごとに異なった特徴があるテア達が本格的に争うことなくアルヴィスで共に生きていけてるのは共通点として心珠を内包しているという点が大きいのです」
そうでなければ遠い昔にどこかの種族が他種族を皆殺しにしていたかもしれません――と、あたしの腕の中にすっぽり収まったテアちゃんは苦笑混じりにそう言った。
人間が猿と人を区別する時に言葉が通じる、尻尾が無い、体毛の多寡だとかを判断基準としているみたいにアルヴィアンがアルヴィアンとして共通の認識を持っているのは心珠という特徴が有ったからだろう。恐らく彼らの判断基準はそれなのだ。互いに違う姿をしていても共通項として「これだ」と言えるものがある。なるほどそうでなければ共存などできるはずもなかったかもしれない。
「それにしたってやっぱりその精神性はすごいと思うなぁ。心珠一つで外見が違う人たちが手を取り合えるのは本当に凄い。かっこいい。聞いただけだけどあたしはアルヴィスに住んでいる人たち全体がとてもおおらかで優しい心を持ってる気がするよ」
「ベ、べた褒めしても何も出ないですよ?」
何故か照れるテアちゃん。たぶん、アルヴィアンというまとまりが好きなんだろう。自分が好きなものを褒められると自分も嬉しい原理だ。かぁいかったので今度は首のあたりをくすぐっておく。
「えーと、あなた達のことは大体わかった。次は……心珠とウィルフロウって何なのかが知りたい、かな?」
「シリス、説明を」
「承知しました……誠に遺憾ですが、他ならぬクロ様の命令です。一言一句金言と思って無知蒙昧なあなたの脳に刻みつけなさい。覚えられないと言うなら自身の愚劣さを悔い改めながら自害なさい。いいですね?」
「良くないよ! あんたやっぱりあたしの事嫌いでしょ!?」
「? 今頃気づいたのですか?」
「あたしもあんたのことが嫌いだ!」
がっでむ! あたしが何したってんだもう!
「結構、私もあなたの事が気に入りません。なので今後も馴れ馴れしくしないように」
瞑目し、すまし顔でのたまうシリス。こいつ、あたしのことを疑ってるんじゃなくてただ単純に嫌いなだけなんじゃないか? 嫌われるようなことをした覚えがさっぱりなのが納得いかないけど。
「さて、心珠について説明する前に概念として理解しておいてもらわなければならないことがあるのですが……あなたは意思の力というものが実在すると思いますか?」
「意思の……力?」
「どれだけ傷を負わされても痛くなんて無い、身体が悲鳴を挙げているけれどまだ走れる、自分は死なない……このようなある種妄想とも言える精神論が、肉体に影響を及ぼすことのできる作用を発生させられると思うか?と聞いているのです」
「できるよ」
「……ふむ」
「ほう」
「おねいさん?」
迷うことなく断言したあたしにクロとシリスが興味深そうな視線を向けてくる。
テアちゃんはあたしの腕の中から見上げるようにこちらを伺ってきた。
「根拠はあるのかい?」とクロ。
「明確にこれって言えるようなものは無いよ。ただの経験則。――でも、あるよ」
論理立てて説明なんてできるはずもない、あたしの自分勝手な思い込みだ。
でも、あるったらある。過去に何度も挫けそうになったとき、諦めそうになったとき、気合と根性で限界を超えて来た記憶がある。万人が万人共通する法則という意味でシリスは聞いたのかもしれないがそんなことは知らない。あたしがハッキリ言えるのはあたしの身体ではその現象が何度も起こっているということだけだ。
「感覚的に掴んではいるようですね。それでは意志力によってこの世界に物理的な干渉が可能なのは判りますか?」
「物理的に? ……てゆーとスプーン曲げとかそんな感じの?」
「ええ、人間社会で一般的なところだと念動力が一般的でしょうか。あとは自然発火能力などが挙げられますね」
「……判りますか、ってことはその辺の超能力は実在するってコト?」
「その通りです」
「うはぁ」
あたし今ものすごい話聞いた気がする。
空飛ぶ島からやってきた超常存在に超能力の実在を保障されちゃったよ。
日本中探してもこんな奇跡体験してる人居ないと思う。
「OK。分かった。それで、それが心珠とどんな関わりがあるの?」
「質問ばかりですね。幼稚な思考論理が見えるようです。……つまり、意思の力は質量保存の法則にも熱力学第二法則にも因らない高次元エネルギーとして確かに存在するということを把握して欲しかったのですが、ここでひとつ問題があります。意思ある者は我々アルヴィアンを含め、それのみでは意志力の運用がとてつもなく拙い」
「質量保存だとか熱力第二だとかインテリぶって回りくどい説明してんじゃないっての。……えーと……ああ、そういうことか」
いくら死なないと思っていても、脳や心臓を潰されたりすれば死ぬ。たとえどれだけ生きたいと願っていても現実的には重傷のさなかわずかな時間を延命することが限界だ。念動力もちょっと物を曲げたり動かしたりするぐらいがせいぜい。
シリスが言っている『拙い』とは、膨大な願いや決意により発生する意志力のうち、あたしたちが存在する物質世界に顕れることのできる力は通常ほんのわずかだということなのだろう。
「つまり、その問題を解決するために必要なものが……」
「心珠、というわけなのです」
締めくくったテアちゃんが左手のリストバンドをめくる。外に出た時に人目を引かないよう手首を隠していたみたいだ。淡いラベンダーアメジストの色合いの心珠が外気に晒される。
「心珠はその心珠を媒介とすることで特定の方向性――属性と言ってもいいのです――に限られるのですが、本来扱うことの出来る意志力よりも遥かに上回る量をより効率的に、かつ精密に扱うことができるのです」
「属性、ね。いよいよファンタジーになってきた」
某、少年マンガの玉を集める男の子の言葉を借りるなら、あたしの今の気持ちは「オラ、ワ○ワクしてきたぞ!」だ。
「属性って言われて思い出すのって現代っ子脳で申し訳ないけど火とか雷なんだよね。間違ってないかな?」
「概ね合っているよ。自然界で発生しうる現象はほとんどが心珠の属性として在ると思ってくれていい。あえて特殊なものを挙げるとするなら――“蜘蛛”、だね」
「蜘蛛……」
引き継いだクロの言葉に昨夜の記憶がフラッシュバックする。暴力の象徴。圧倒的な密度の筋繊維から生み出される鉤爪の破壊力。巨体にも関わらず視認さえ困難だった移動速度。甲殻の異様な耐久力。シンプルだけど何一つとっても超がつくほどの最悪だ。あんなのを相手にして良く生き残れたものだと思う。
「ガルガントスは都合100年を数える心珠の使い手だ。相対したもののほとんどが殺害か捕縛される結果となっている。その能力はあらゆる蜘蛛という種の特性行使。獲物を絡め取るための糸を吐き出すことはもちろん、眼には見えないほどの脚先の収縮器官で壁や天井を自在に駆け、常人の数十倍の敏捷性・反射神経・平衡感覚・柔軟性・跳躍力を発揮する。8つの多眼は銃弾を捉えるほどの動体視力を誇り、体毛による微細な空気の振動感知は未来予知とも言える先読みが可能。何より脅威なのはその破壊力だね。一説によると彼は小さな街ひとつを瓦礫と化すのに1日かからないそうだよ。よくもあのような正真正銘の怪物相手に大立ち回りを演じれたものだ」
「聞けば聞くほど欝になりそう。そだよね、巨大化したら最強って言われてるの蟻か蜘蛛って話だもんね。良くあんなのに喧嘩売って自分無事だったわ」
「当然、人があれに立ち向かって五体満足で居られるわけが無い。彼にその気があれば……無かったとしても一撫でで常人なら膝を屈するのは明白だ。なのに仮にも君が数合打ち合えたのはなぜだか分かるかい?」
我が身を憂えて両手で身体を抱え込むジェスチャーをしたところでクロから事実への切り込みが入る。
ゴーストタウンを量産できるような怪物相手にあたしが物理的に戦闘を行えた理由……
「……もしかして、ウィルフロウ?」
「ご名答。心珠を体内に内包する者はウィルフロウと呼ばれる意志力を体内に循環するための神経網に似た回路が形成される。心珠を中心に根を張り巡らすように、ね。これによって巡った意志力が生存本能や健康体の維持という無意識化での欲求を汲み取り年月と共に身体の強化を促す」
「捕捉させていただくならば心珠の扱いに長けた者であれば対象者に触れることでウィルフロウが形成されているかがどうかが判ります。私があなたにウィルフロウが形成されていると言ったのは触診の際に意志力の循環を感じとれたからです」
なるほど、要するに心珠とウィルフロウは人体で言うところの心臓と血管のようなものなのだ。
人間、生きているだけで思考する。今日心珠やウィルフロウについて知ったばかりだが特に爆発的かつ絶対的な決意など持たずとも意志ある生物は日々を過ごすだけで意志力を発生させて続けている、のだと思う。その発生した意志力を送り出すのが心珠で、ウィルフロウはその道筋となっている、と。触る人が触れば脈拍のように意志力の巡りが分かるというのもなんとなく理解した。
ケガをした際に治癒力が向上するのも無意識化での生存本能が刺激されるからだろう。これで長年頭を悩ませてきたあたしの身体の特異性に説明がついた。ただ、そうなるとやはりあたしの身体の中には――。
「さて、ここまで話したからにはわかることもあると思う。心珠の体内の内包にはウィルフロウの形成が伴う。つまりウィルフロウがあるということは必ず身体のどこかに心珠があるということだ。通常、我々アルヴィアンはテアのように体表に露出しているのが一般的なんだが、君には心当たりが無いかい?」
「やっぱりそうだよね。……でも流石に覚えが無いよ」
花も恥じらう乙女なのだ。テアちゃんのを見て綺麗だなとは思ったし、今この瞬間心珠が自分の肌に結晶化したとしても全然受け入れられるけど、クロ達に会う前に自分の身体に石みたいなものが出来ていたらとっくに医者に相談していただろう。実験台にされるのは嫌なので例によってれーちゃん頼りにはなるだろうけど。
「だろうね。こちらも治療の際に確認したけどそれらしいものは見当たらなかった」
「えっ? み、みみみ、見た? 見たの?」
「? 何をだい?」
「あたしのはだ、はだ……あわわわわ」
何ていうことだ!
まさか全裸ポージングの前に既に矯めつ眇めつ全身くまなく舐め回されるように見られていたとは!
「この変態!」
「そんな誹謗中傷を受けるようなことをした覚えは無いんだが……」
「おねいさん、落ち着いて欲しいのです。治療の際の確認はテアとシリス姉さまでやったのです」
「あなたのような得体の知れない者の裸身をクロ様に改めさせるとお思いですか。……それよりも、私の前で主を侮辱した罪、万死に値します。死人の国の土を踏みなさい」
「怖いよ! あたしが悪かったから許して!」
動揺し、罵るあたしに対してどうしたものかと苦笑するクロ。そんなあたしたちを冷静に諭すテアちゃんを大人だなぁと思いつつ、一人ガチ切れして紅い剣を握り締めながら目をギンギンさせてるシリスから距離を取る。こいつの踏み込んじゃいけないライン、なんとなくだけどわかっちゃった。
「こほん、そうゆうわけだから安心してくれ。……話を戻すと、体表に表れていないということは体内にある可能性が高い。というより十中八九そうだろう」
「そっか。どこにあるかってのは分かるの?」
「残念なのですが、分からなかったのです。おねいさんのウィルフロウは普通のよりもか細くて、意志力の流れも若干微弱で……」
「微弱、か……。わかった、ありがとねテアちゃん」
「さて、次はこちらからの質問だ。君はウィルフロウと心珠の内包がほぼ確実となったわけだが、その属性について、覚えがあったりするんじゃないかな?」
口惜しそうに悔しがってる彼女の頭を撫でり撫でりして慰めていると、クロから再びの問いがあった。
「属性かぁ……」
「自分の好きなこと、得意なことを基本に思い出せばいい。その中で人よりも上手く出来たり人には出来ない超能力があるならそれが君の心の色だ」
告げられ、気づく。
というよりはずっと前から自覚していた。心珠の属性の話が出た時既に、そうなんじゃないかと薄々感づいてはいたんだ。
ただ、それを告白するのはばかられる。親にも話していない親友とだけの秘密を告白しなければならないからだ。
「………………」
目を瞑り、深く息を吸い込んで酸素で肺を満たす。
思い出すのはれーちゃんと出会ってからのこと。
彼女は言った。使える力は言わば特権なのだから積極的に行使すべきだと。
ただし、こうも言っていた。「バレないようにやりなさい」と。
言葉面だけを見るとひどい悪事を働いているように聞こえるけれど、これはあたしのことを慮ってのセリフだ。特異な力が露見すればあたしを不気味に思う人や利用しようとする連中が必ず現れる。そうならないように注意しろという意味なワケだがこれは何も能力の使用時だけとは限らず、普段の言動にも気をつけなければならないということだとあたしは捉えている。
秘密というものは知る人間が多ければ多い程無関係の他者に伝達しやすくなる。ゆえに、玖月歩という自分は秘密の共有者を徹底的なまでに限定した。それこそ自身を十数年育ててくれた母親に秘匿してまで記憶を消せるという力を隠し通した。おかげで腹を割って話せる友人はれーちゃんしか居なかったし、彼女もそこまで深く考えて言ったつもりでは無かったかもしれないけれど、能力を持った当人としては忠告を真摯に受け止め、考え抜いた末にこうならざるを得なかったのはしょうがないことだったと今でも思っている。
また、それと同じくする理由で能力の使用対象者を悪人限定と定めているのはあたしのポリシーに反するのもあるけれど、無意識下の潜在的な理由として能力の使用頻度を下げたいという思いがあったからかもしれない。
ともあれ、そんなわけでしばらくはこの記憶消去に関する力について他者にカミングアウトする機会は訪れないと思っていたのだけれど――。
「でも、いいよね? れーちゃん」
少なくともあたしはこの人達を信用しても問題無いと考えている。若干1名、問答無用で命を狙ってきた上に未だに敵対的なのが腹立たしいが、そこを含めても秘密を打ち明けて大丈夫と思えるくらいには。
そもそもがむしろ玖月歩のことを玖月歩以上に知っているのだ。今更彼らに隠し事をする意味など無い。それにバラした所で非日常の塊のような彼らはあたしよりもさらに特殊な存在だ。こちらに阿ることも畏怖することもありはしない。
れーちゃん以外に秘密を共有できる人が初めて出来ると思うと何やら感慨深いものがあるなぁと感じつつ、あたしは数年守り続けてきた自分の殻をあっさり割ることにした。
「――たぶん、“記憶”だと思う」
「記憶?」
「うん、あたし、人の記憶が消せるんだ。直接触れてないといけないし選別して消そうと思ったら相手の意識が無い時にゆっくり覗く必要があるけど」
「初めて聞く属性ですね……」
「そなの? てか“蜘蛛”と言い“記憶”と言い属性ってイメージとかけ離れてるんだけど結構あることなの? あたし特殊ケース?」
「そんなこと無いのです。人それぞれ心に思うことが違うように、思い入れの強さや好ましく感じるものは千差万別なので、心珠の数だけ属性もあると言っていいのです。ただ、テア達アルヴィスは種族や血縁によってある程度偏りがちなので人類の方が多様性に富んでいるみたいなのですけれど……」
ちょっぴり意外で残念だった。自分と同じ力を持ってる人が居ればその先達から扱い方を教えてもらうこともできると思っていたから。
「“記憶”については消せるだけなのですか?」とシリス。
「他のことは何にもできないなぁ」
「それは違うよ」
「え?」
あたしの言葉に断定とも言える否定を放ったのはクロだ。彼は仄かな微笑を崩さないまま人差し指をひとつ立て、理由を語り始めた。
「先程のやりとりを聞いていただけでも君は記憶の消去以外にもう一つの能力を行使していることがわかる」
「何それ? あたしそんな事何もしてないよ?」
「どうかな? 例えば君がとある人物の記憶を一部消去しようとしていたと仮定する。だが君は心変わりだったり何らかのトラブルで途中で消去の実行を中止してしまった。この場合どんな結果が残る?」
「どんなって……消さなかったらただ記憶をさが――あ!」
「そう、君は記憶を消去する時記憶を“見る”ことと“消す”ことを順に行っている。細かいようだがこれは別の能力だ。なにせ他人の記憶を覗けるだけでそれは立派な異能だからね」
考えもしなかった。確かにそれなら記憶を見ることが出来る。いや、記憶を見ていなければ選んで消去するなんてことが出来なかったのだ。手のひらを押し付けて漠然と消したい記憶を連想するだけのイージーなこととは手順が全然違う。
停滞と言ってもいい。能力に胡座をかいていたつもりは無かった。むしろ深い注意を払ってきたつもりだ。けれど臆病になりすぎて可能性の模索を怠ってしまった。十数年間もだ。今この瞬間だから言えることかもしれないがあたしは自分に対してひどく怠惰だったのかもしれない。思えば化け蜘蛛捜索中に自分自身の記憶改竄を疑った時点で気づくべきだったのだ。
「本当に君の力が“記憶”なのだとしたら、他者の記憶を消せるだけというのは実はありえないんだ。心珠はその属性に関する事象について様々な干渉を行うことが可能なんだよ。……意志力の大きさや制御練度などによって出来る事に差は出てくるけどね」
「なら、これから先――ううん、自分が知らないだけで今もあたしには使えるかもしれない力が眠ってるかもしれないってワケね――上等!」
過去を振り返るのはあとにしよう。無駄にしてきたと愚痴るよりかはよっぽど建設的だ。
差し当たっての目標としては自分の力をコントロール出来るようになること。なぜあたしにアルヴィアンたちと同じ心珠とウィルフロウがあるのかも気になるけどすぐ解るとは限らないし、目先に手っ取り早く自分を磨く術があるのなら飛びつかないのは愚の骨頂もいいところだろう。
ただ、決めたはいいがどう訓練したらいいものか見当がつかない。心珠は意志力を媒介に世界に影響を及ぼすということは寺に行って座禅でも組めばいいのだろうか? それとも滝行?
「話は変わるが、君はこれからどうするつもりだい?」
「修行する。あいつにフルボッコにされてまだまだだって事に気づかされたし」
「それなら、どうだい? 私達とこれから少しのあいだ行動を共にしないか?」
「――えっ?」
「クロ様、それは――」
唐突な申し出だった。シリスは何か言いたげだったが途中でテアちゃんに触れられて口を閉ざさざるを得なかったみたいだ。
「勿論強制はしない。私達と居ることで危険に晒される可能性もある。だが見たところ君は心珠やウィルフロウについてもっと知りたいようだし、こちらとしても君みたいな希少な存在を放置しておくよりかは目の届く範囲に居てくれた方が安心出来る。君の属性やなぜ心珠を持つに至ったのかについても興味があるしね。悪い話じゃないと思うんだが?」
「是非!むしろこっちからお願いします」
餅は餅屋、渡りに舟で一石二鳥。
心珠なんて未知のものは心珠エキスパートの彼らに聞くのがベストだろうし、どう鍛えたらいいものか悩んでたら彼らの方から申し出て来てくれた。しかもうまいこと行けばあたしが心珠を持ってる理由についても解るかもしれない。乗らない手は無い。
「決まりだね。アルヴィスの外に理解者が増えてくれるのは嬉しいよ。……ええと、名前は?」
「あっ、ごめん。しばらく話してたのにまだ名乗ってなかった。――あたしは玖月歩、ただの女子高生だ。よろしく♪」
「ああ、よろしく、アユミ」
こうして。
あたしは初めてれーちゃん以外で自分の秘密を共有できる仲間と出会った。
お久しぶりでございます。終夜は恐らくずっとこんな感じのペースで更新していくと思われます。楽しみにしてくれている方には申し訳ないですが平にご容赦をm(_ _)m
テアの心珠についての色は変更させていただきました。緑→紫です。
後々書くことになるかと思いますが能力と色のイメージが合わなかったためです(汗)




