表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早速ですが、諦めてもいいですか?  作者: Ka


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第4話 炎

 炎が全身を包んでいく。

激痛に支配されていた脳は、瞬時にこの身を灼く炎によって上書きされた。

内と外の両方から炎は俺という存在をじっくり、そして激しく追い詰める。

(熱い!熱い熱い熱い!)

溢れた汗と涙は瞬時に蒸発し、大気へ溶けていく。

火が、弱音を吐くことさえも許していないようにも思えた。

 やがて焼けるような痛みは痒みに似た違和感へと変わった。視線を落とすと、そこには食いちぎられたはずの右腕があった。

この肉体に、一体何が起こってしまったのか。

しかし、今はそんなことを考えている暇はない。

(周りはどうなった?)

ちらりと目を向けると、レンはあんぐりと口を開け、呆然と立ち尽くしていた。

目の前で人が燃え出したら、そうなるのも無理はないだろう。

 一方で、影たちはなぜか無防備なレンではなく、俺の方へ敵意を向けているようだった。

彼らの本能がそうさせたのだろうか。

考える暇はすぐに消し飛んだ。


「アキラ!来るゾ!」


 呆然と立ち尽くすレンに代わって、ピクトが警鐘を鳴らす。

先に右腕を奪った影が床を蹴り、一呼吸の間に、俺との距離を詰めた。

人間の限界を超えた速さに身体の反応が遅れる。

再び鋭い牙が筋肉を穿った。

奇しくも、また右腕だった。

肉が裂ける痛み。

再び訪れたこの感覚は間違いなく俺自身のものだった。

牙が骨へと到達したかという時、右腕に宿った炎が影に触れた。

 刹那、影の全身が炎を発した。

顎を右腕から離し、その場でのたうち回る。

その姿から脅威はもう抜け落ちていた。

数秒は動いていたが、次第に勢いを失い、ついには止まってしまった。

炎は変わらず、影だったものを焼き続けている。

暴力的な赤色の瞳はすでに輝きを失っていた。

し、死んだ?

俺が、殺した......?

こちらの命を奪おうとしたのだ。当然の報いだろう。そうやって心に言い訳をしても、飲み込み切れない蟠りが喉につっかえるようで、息が苦しかった。


「もう片方は?」


 はっと顔を上げる。

たしか小屋には二匹、侵入してきていたはずだ。


「とりゃ!」


 どこか拍子抜けする声だったが、それとは反対に美しい剣筋。

振られた刃は真っ直ぐに影の首を断った。

もう一匹を、ちょうどレンが仕留めたところだった。


「残りは逃げたみたいだナ」

「ふー、疲れたー!」


一息つき、レンは剣を鞘へと収める。

(終わったのか?)

気が付けば、戦いを終えた俺たちを寿(ことほ)ぐかのように、窓から朝日が差していた。

それでも、動悸は落ち着かない。

くらりと、めまいがした。頭が振り子のように右へ左へ揺れる。その反動で足元がぐらついた。


「大丈夫?」


 倒れかけた俺を、レンが支えてくれた。

全身にわたって揺らめいていた炎はすでに消えている。


「ありがとう。そっちは怪我ないか?」

「うん、大丈夫」


レンは頷き、続ける。


「さっきは助けてくれてありがとね」


彼女のはにかんだ笑顔は、朝日と相まってとても輝いて見えた。


「あ、ああ」


 それに反して、気のない返事だった。

無愛想なことはわかっている。

しかし、そんな余裕がないほどに、身体的にも精神的にも疲労困憊だ。

結局、昨日の夜もまともに寝られなかった。

その眠気が今になって、決壊した洪水のように迫ってきていた。

正直今からここでもう一度眠ってしまいたい。

重なった藁に腰を下ろす。

硬い。昨日の柔らかさはどこへ行ってしまったのだろうか。

色の変わった藁に触れると、パラパラと灰になって指先で解けた。


「あの炎って、アキラの因子、だよね?」


 顔を上げると、レンが目を輝かせて、こちらを見つめていた。

その姿は尻尾を振り、主人の合図を待つ犬のようにも見えた。

これも因子の影響なのだろうか。


「自分でも、分からないんだ」


 思い出す度に脳裏を過るのはあの『火』だった。何かしらの鍵を握っているのは間違いない。憔悴しきった頭でもそう確信できた。

脳の中心からじんわりと熱が広がる。

そろそろ疲労の限界かもしれない。


「ピクトは何か知らない?」


天井から降りてきた光球にレンが問う。


「んー、俺も初めて見たナ」


 世界の明度が上がっているからか、ピクトの光が弱くなっているように思えた。

因子を司る精霊である彼にも、俺の力の正体はわからないらしい。


「そっかー。腕がまた生えてきただけでもすごいのに、火も出せちゃうんだから、何の因子なのか知りたかったんだけどな」


 残念そうに肩を落とし、小さく息を吐いた。

冷えた身体を溶かすように日差しが照らす。


「アキラ?」


最後にそう聞こえた気がした。



 一点、ぼうっと火が灯った。

広がる暗黒に、揺曳するたった一点の焔光。

間違いない。

ここはあの夢の中だ。


「ちっとはマシな顔になったか?小僧」


 聞き覚えのある男の声が確かに『火』から聞こえた。


「マシも何もあるもんか!」

「転生したと思ったら、魔物に襲われて、また死んだかと思ったら、身体がいきなり燃え出して......」


 思わず、胸に抱えていたものを全てぶちまけた。

傍から見れば、癇癪を起こした子供のように見えただろう。外面を気にする余裕がないほどに心は衰弱していた。

そんな俺に対して、男は小さく、笑いをこぼした。


「そういう顔だ。そういう目だ。俺が好きなのは」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

奥歯にグッと力が入る。

なんだこいつ。イかれてるのか?

こめかみに熱がこもり、頬が引き攣る。このまま怒りに身を任せてしまいそうだった。


「そこまでじゃ」


 ひどく落ち着いた老人の声だった。

積み重ねた経験からだろうか。その端然とした雰囲気に、こみ上げてきた怒りの発露は一時停止し、空気も幾分沈静したように感じた。


「そうか?こんな奴にはこれぐらいでちょうどいいと思うが」

「今、やるべきことではないでしょ?」


 男の軽口を、次は女が嗜めた。

 そのまま女の声が続く。


「彼は君を前にするとどうも気が立ってしまうみたい」


「こうして話すのは二度目だね。前回は話す余裕がなかったから、君が混乱してしまうのも無理はないよ」

「私たちは君に説明をする義務がある。できる限り君の疑問に答えたいと思う」


 毅然とした口調で女は語る。

思いがけない好機だ。聞きたいことが山ほど溜まっている。

そういうことであれば、知っていること全てを聞かせてもらおう。


「俺の身体からいきなり出てきたあの火は何なんだ?」


 手始めに、あの馬小屋で起きたことについて、俺は尋ねた。


「因子についてはもう知っているかな? 君のその力は私たち、不死鳥の因子によるものだ」


因子。

この世界で精霊から人間に与えられる力。

レンは、モチーフとする動物や道具などに関する能力と言っていた。

その中でも、身体に纏っていたあの炎は不死鳥の因子だという。


「あらゆる傷を癒す()()()()()が君の危機に反応したってわけだね」


たとえ身が滅びようとも、炎を纏い、蘇るとされる伝説の鳥。

以前の世界でも十分有名な存在だったが、こちらの世界でも存在しているらしい。


「なんで、俺がそんな力を?」


 至極当然の問いだと自分でも思う。

ここまで来たら、自分がある種の祝福を授かるような、出鱈目な形でこの能力を得たわけでないことは薄々気づいていた。


「察しが良くて助かるよ。そしてここからが本題」

「君を助けたのは、私たちの目的に君が必要だからだ」


 一段、声のトーンが落ちた。


「今この世界は人間と魔族に二分されている。人間が大きく遅れを取っていてね。 一対九、いや今は一もないかもしれない」

「私たちの悲願は一つ。魔族を滅ぼし、人間勢力を復権させること」

「そのために、君には魔族の首魁、魔王を討ってもらいたいんだ」


『火』は確かに、俺に魔王を倒せと、そう告げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ