名前を呼ぶたびに
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は、
少し静かで、少し優しい夜の話です。
恋人になると、
“特別なこと”だけじゃなく、
相手の弱さや寂しさにも触れるようになる。
そんな、
距離が近づいたからこそ見える表情を書きました。
雨の音みたいに静かな空気を、
ゆっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。
それでは、第34話。
よろしくお願いします。
夜の宿は静かだった。
窓の外では雨が降っている。
ぽつ、ぽつ、と屋根を叩く音がやけに心地いい。
「……」
ミアはベッドに座ったまま、ぼんやりフィオを見ていた。
向かいではフィオが髪を乾かしている。
濡れた銀髪が肩に落ちるたび、妙にどきどきした。
「ミア」
「っ!? な、なに!」
「また見てた」
「見てない!!」
「見てた」
即答だった。
フィオは少し笑っている。
最近、本当に表情が柔らかい。
その変化を見るたびに、
“自分だけが知ってる顔”が増えていく気がして嬉しくなる。
「……恋人になってから、ミア分かりやすい」
「誰のせい!?」
「私?」
「そう!!」
フィオは楽しそうだった。
絶対ちょっと自覚ある。
すると不意に、窓の外で雷が鳴った。
低く響く音。
「……」
フィオの動きが、一瞬だけ止まる。
ほんの少し。
本当に少しだけ肩が揺れた。
ミアは目を瞬く。
「……フィオ?」
「……なんでもない」
静かな声。
でも。
何かを隠した時の声だった。
ミアは少し迷ってから、そっと隣へ移動する。
「雷、苦手?」
「……苦手じゃない」
「それ苦手な人の言い方」
フィオが小さく黙る。
また遠くで雷が鳴った。
その瞬間。
フィオの指先が、少しだけシーツを掴む。
ミアは胸がきゅっとなった。
いつも落ち着いてるフィオにも、
こういう顔する時があるんだ。
「……昔」
ぽつり、とフィオが呟く。
「雷の日、ひとりだったから」
「!」
ミアは息を飲む。
フィオは窓を見たまま続けた。
「怖くても、平気なふりしてた」
その声は静かだった。
でも、少し寂しそうだった。
ミアの胸が痛くなる。
知らなかった。
フィオのそういう夜を。
「……今は?」
小さく聞く。
フィオがゆっくりこちらを見る。
金色の瞳が、雨音の向こうで揺れた。
「……ミアがいる」
その一言だけで。
胸がいっぱいになる。
ミアは何も言えなくなって、代わりにそっとフィオの手を握った。
冷たい指。
でも、少しずつ温度が混ざる。
「……もう一人じゃないよ」
気づけば口にしていた。
フィオが目を丸くする。
それから。
ふわりと笑った。
「うん」
優しい顔だった。
その瞬間、また雷が鳴る。
でも今度は。
フィオはシーツを掴まなかった。
代わりに。
ぎゅ、とミアの手を握り返す。
「……ミア」
「なに?」
「名前、呼ぶの好き」
「え」
「呼ぶたび、安心する」
心臓が跳ねる。
そんなの。
反則だ。
「……フィオ」
「うん」
「私も」
名前を呼ぶだけなのに。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
雨音の中。
二人はしばらく手を繋いだまま、寄り添っていた。
まるで。
離れないことを、確かめ合うみたいに。
第34話、ありがとうございました。
今回は、
フィオの“ひとりだった頃”が少しだけ見えた回でした。
いつも落ち着いていて、
どこか大人びて見えるフィオですが、
本当はずっと「平気なふり」が上手だった子なんですよね。
だからこそ、
「ミアがいる」
という言葉には、
かなり大きな意味があります。
そして今回個人的に好きなのは、
“名前を呼ぶ”ことを大切にしているところです。
ただ名前を呼ぶだけなのに、
「ここにいる」
「離れてない」
って確認できる。
恋人になった二人が、
少しずつ“安心できる居場所”になっていく感じを書きたかった回でした。
次回もよろしくお願いします。




