初めてのキス
いつも読んでいただきありがとうございます。
ついに、第30話です。
ここまで、
「触れそうで触れない距離」をずっと積み重ねてきました。
だから今回は、
二人にとってちゃんと特別な回にしたいと思いながら書きました。
焦らず、でも確かに前へ進む。
そんな二人の“はじめて”を見届けてもらえたら嬉しいです。
それでは、第30話。
よろしくお願いします。
その日、一日中おかしかった。
いや、正確には。
おかしくなかった時間がなかった。
「ミア、塩取って」
「っ、はい!」
「……熱い鍋触ってる?」
「触ってない!!」
食事中も。
「ミア、こっち」
「う、うん」
街を歩いている時も。
「そんなに意識されると、私も変になる」
「〜〜〜〜〜っ!!」
全部駄目だった。
フィオが近い。
視線も。
声も。
距離も。
昨日の“あと少し”が、ずっと胸の奥に残っている。
キス、しそうだった。
してない。
でも。
たぶん、二人とも意識していた。
夜。
宿へ戻る。
カナデは今日は別の宿に泊まるらしく、部屋には二人だけだった。
扉が閉まる。
静かになる。
「…………」
「…………」
気まずい。
いや、違う。
意識しすぎて苦しい。
ミアは荷物を置きながら、落ち着かないまま口を開く。
「きょ、今日は早く寝よっか!」
「うん」
フィオは頷く。
でも。
そのまま動かなかった。
ミアも動けない。
互いに立ったまま、視線だけが揺れる。
「……ミア」
「な、なに」
「昨日の続き、考えてた」
心臓が止まりそうになる。
フィオは静かにこちらを見ていた。
「あと少しって、言ったこと」
「……っ」
逃げたい。
でも逃げたくない。
ミアはぎゅっと服の裾を握る。
「……私ね」
フィオが小さく息を吐く。
「ミアに触れると、安心する」
その声は優しかった。
まるで大事なものに触れるみたいに。
「でも最近、それだけじゃ足りない」
「!」
ミアの呼吸が止まる。
フィオが一歩近づく。
距離が縮まる。
「もっと近くにいたい」
また一歩。
「ミアのこと、ちゃんと好き」
「……っ」
胸がいっぱいになる。
嬉しくて。
苦しくて。
たぶん今、自分は泣きそうな顔をしている。
「……ずるい」
やっと出た声は震えていた。
「そんな風に言われたら、もう逃げられない」
フィオが少しだけ困ったように笑う。
「逃げるの?」
「……逃げたくない」
その言葉に。
フィオの瞳が、少しだけ揺れた。
静かな沈黙。
夜の空気が、熱を持つ。
「……ミア」
「うん」
「キス、してもいい?」
世界が止まる。
ちゃんと聞いてくれる。
ちゃんと、大事にしてくれる。
その優しさに、胸が痛くなる。
ミアは小さく息を吸った。
「……したい」
答えた瞬間。
フィオの手が、そっと頬に触れる。
優しい。
壊れ物みたいに。
ゆっくり顔が近づく。
逃げられる距離。
でも、どちらも離れなかった。
そして。
唇が、触れた。
「……っ」
一瞬だけ。
本当に軽く。
でも。
触れた場所から全部熱くなる。
離れたあとも、呼吸が上手くできなかった。
「……ミア、赤い」
「フィオのせい……」
「私も熱い」
珍しくフィオの耳も少し赤かった。
それを見た瞬間。
ミアはたまらなく愛しくなる。
「……もう一回」
気づけば、そう言っていた。
フィオが少し目を丸くする。
それから。
嬉しそうに笑った。
「うん」
今度のキスは、
さっきより少し長かった。
第30話、ありがとうございました。
ついにキスしました。
長かったです、本当に。
でも、この二人は勢いじゃなく、
“ちゃんと大事にしたい”を積み重ねてここまで来たので、
個人的にはすごくこの二人らしいキスになった気がしています。
特に、
「キスしてもいい?」
「したい」
のやり取りは、
今の二人の関係そのものだと思っています。
そして注目してほしいのは、
最後に「もう一回」と言ったのがミアなところです。
ずっと振り回されていた側が、
自分から求めるようになった。
この変化、かなり大きいです。
ここから先は、
“恋人になったあと”の物語が始まっていきます。
まだまだ二人の旅は続きます。
次回もよろしくお願いします。




