第6話 “好き”は教わらない
下界の午後は、やけに静かだった。
少女はベンチに座り、パンをかじっている。
「……平和」
その一言に、すべてが詰まっていた。
少し前まで、天界の都合で謎の生物が降ってきたり、変な教育を受けたりしていたのに。
今日は、何もない。
「いい日だ」
そう思った瞬間だった。
「あの……」
声をかけられた。
振り向くと、一人の青年が立っていた。
少し緊張した顔。
でも、目はまっすぐだった。
「よく、ここにいますよね」
少女は少しだけ考える。
「……いるね」
会話、ギリ成立。
「えっと、迷惑じゃなければ……少し話しませんか」
少女はパンを見て、青年を見て、空を見て。
「……いいよ」
その日から、少しずつ。
二人は話すようになった。
特別なことはない。
天気の話。
仕事の話。
どうでもいい話。
でも
少女は、少しだけ悩むようになった。
(これ、どうすればいいんだろ)
“かわいい”は、学んできた。
優しさも。
天然も。
あざとさは捨てた。
でも——
(好きって、どうすればいいの?)
未知だった。
■天界
「……来たか」
ゼルヴァグが、低く呟く。
「“恋愛”という最終試験」
なぜか試験扱いだった。
ラフィエルが冷静に言う。
「見守る、と仰っていたはずですが」
「見守るとも」
神は立ち上がる。
「至近距離でな」
嫌な予感しかしない。
■下界・夕方
少女と青年が並んで歩く。
「今日、楽しかったです」
「……そう」
少女、少しだけ照れる。
その時。
空間が、歪んだ。
「待て」
重い声。
二人の間に、完全に不審者な神が降臨した。
「は?」
青年、フリーズ。
ゼルヴァグは、青年をじっと見つめる。
「貴様」
圧。
「我が創造物に、何の用だ」
少女、ため息。
「……来たの?」
「当然だ」
神、堂々。
そして
「お父さんは認めません」
言った。
完全に言った。
■崩壊
「え?」
青年。
「は?」
少女。
遠くで天使たちが頭を抱える。
「やっぱり来た!!」
「止められなかった!!」
ミルフィナが叫ぶ。
「恋愛に介入しないって言ったじゃないですか!!」
「これは介入ではない」
ゼルヴァグ、真顔。
「審査だ」
最悪だった。
■謎の面接開始
「貴様、職は」
「え、会社員です……」
「安定しているな……」
「趣味は」
「読書とか……」
「悪くない……」
少女が割り込む。
「ちょっと待って」
「何してるの?」
神、即答。
「娘を任せられるか見ている」
「誰が娘」
正論だった。
■天使、強制終了
ラフィエル、ついに動く。
「はい終了です」
空間が開く。
ミルフィナとポヨンナが神の両腕を掴む。
「帰りますよ」
「帰りましょ〜」
「離せ!!まだ結論が——」
ズルズル引きずられる神。
「最低でも三回は会ってから判断を——」
完全に父親だった。
■天界へ強制送還
ポイッ
玉座に戻されるゼルヴァグ。
沈黙。
ラフィエル、ため息。
「……いかがでしたか」
神は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつり。
「……悪くない男だった」
天使たち、ずっこける。
「そこは素直なんだ!?」
ゼルヴァグは、静かに下界を見る。
少女と青年が、少し気まずそうに、でも笑っている。
神は、鼻をすすった。
「……成長したな」
ラフィエルが聞く。
「もう、介入は?」
神は首を振る。
「せぬ」
少し間を置いて。
「……応援はする」
遠くで小天使がささやく。
「完全に保護者ポジション」
「進化したな」
■下界
少女が歩きながら言う。
「……さっきの、気にしなくていいから」
青年、苦笑い。
「すごい人でしたね……」
「うん、すごい迷惑」
少し沈黙。
そして——
青年が、少し勇気を出す。
「また、会えますか」
少女は、少しだけ考えて。
今まで学んだこと全部を、どこかに置いて。
ただ、素直に言った。
「……うん」
その笑顔は
誰かに教わったものじゃない。
でも確かに、“かわいい”だった。
■天界
ゼルヴァグ、腕を組む。
「……他の者には厳しくいく」
ラフィエル、即答。
「なぜですか」
「区別だ」
理不尽だった。
遠くで天使たちがざわつく。
「ただの身内びいきだろ」
「愛だな」
神は咳払いをした。
でもその目は、ずっと下界を見ていた。




