第5話 “あざとい”は必要ない
天界は、いつも通り無駄に荘厳だった。
そして、いつも通り話はろくでもなかった。
「……“究極のかわいい”には、“あざとさ”が必要だ」
創造神ゼルヴァグが、重々しく告げる。
ざわつく天使たち。
一人の大天使が進み出る。
「“あざとい”とは、相手の庇護欲を刺激する高度な技術です」
「具体的には?」
「弱そうな存在を可愛がることで、自然と身につきます」
ゼルヴァグ、頷く。
「……ならば、用意しよう」
嫌な予感しかしなかった。
■数分後
下界。
空が裂けた。
「……え?」
現れたのは——
巨大な目を持ち、ふわふわ浮遊しながら、常にぷるぷる震える謎の生命体。
以前、神が“かわいい”を誤解して生み出した
あいつだった。
「キュルルルル……」
不安定に震える。
やたら目が合う。
怖い。
街、大パニック。
「なにあれ!?」「見られてる!?」「でかい!!」
■少女
「……またあれ?」
少女、パンを食べながら言う。
空を見上げる。
目、合う。
「……来た」
あいつ、一直線に寄ってくる。
「キュル……」
懐いていた。
なぜか。
■天使サイド
ミルフィナ、興奮。
「これです!これを可愛がるんです!」
ポヨンナ、のんびり。
「なんかぷるぷるしてますね〜」
少女、真顔。
「いや怖いって」
■あざとい講座
「まずは“守ってあげたくなる構図”を作ります!」
「すでに向こうが守られに来てるけど」
あいつ、少女の周りをぷるぷる回る。
「キュル……キュル……」
「……なんか罪悪感くるな」
通行人が遠巻きに見ている。
「今です!優しく撫でて!」
少女、恐る恐る触る。
「……ぷにっ」
「あ、ちょっと柔らかい」
あいつ、震えが増す。
「キュルルルルルル!!」
でかくなった。
「増えた!?」
「感情に反応して成長してます!!」
「やばい仕様だろそれ!!」
■制御不能
あいつ、嬉しくて巨大化。
街を覆うサイズに。
影が広がる。
「キュルルルルルルルル!!!!」
「完全に災害なんだけど」
天使たちも焦る。
「想定外です!!」
「だいたい想定外ですよね〜」
■少女、ため息
「……あのさ」
少女は見上げる。
「あざといってさ」
あいつが震える。
「“相手を利用する”ことでしょ?」
ミルフィナ、言葉に詰まる。
「それ、好きじゃない」
静かだった。
少女は一歩前に出る。
「ほら、帰るよ」
あいつを見る。
「キュル……?」
「あなた、ここにいたら迷惑だから」
ストレートだった。
でも——
「……でも、悪いやつじゃないのは分かる」
少しだけ、柔らかく言う。
「だから、ちゃんと帰ろ」
その瞬間。
あいつの震えが、少し落ち着いた。
「キュル……」
小さくなる。
ゆっくりと、空へ浮かぶ。
そして——
消えた。
■静寂
街に、平和が戻る。
通行人たちがざわつく。
「何だったんだ……」
少女は、軽く伸びをする。
「……疲れた」
■天界
ゼルヴァグが見ていた。
「……なぜだ」
「なぜ“あざとさ”を使わなかった」
少女が、空に向かって言う。
「使わないよ」
天界に届く声。
「そんなの、なくてもいい」
天使たち、ざわつく。
少女は続ける。
「私は、私でいい」
「ちゃんと、自分で覚える」
「だから——」
少しだけ笑う。
「もう余計なことしないで」
沈黙。
長い沈黙。
そして
ゼルヴァグは、静かに目を閉じた。
「……ふむ」
ラフィエルが恐る恐る聞く。
「いかがなさいますか」
神は、ぽつりと呟く。
「……見守る」
遠くで小天使がざわつく。
「ついに手放した!?」
「成長したの神の方では?」
■下界
少女は、また歩き出す。
特別なことはない。
でも、少しだけ変わった。
誰かにどう見られるかじゃなくて。
どう在りたいか。
それを、選び始めた。
「……まあ、ぼちぼちでいいか」
その笑顔は
もう、誰かに教わるものじゃなかった。




