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宝石掌編  作者: 石留 琴
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イリノイフローライト

ガラスケースに収められた手のひら大のイリノイフローライト。紫色から菫色、水色に青。いくつも塊が重なると深い紺色にも見えてくる。フローライトらしいつんとした正方形や四角形が積み上がり一つになって、上へ上へと手を伸ばしている。透き通っているけれど、全く透明なわけではない。琥珀糖の断面を覗いたような不透明と透明の合間の色。スッと差し込んだ光がガラスケースに跳ね返されて、屈折したガラスからの光がフローライトの角にちらちらと降り注いでいる。かなりの大きさなはずで、実際ガラスケースごと慎重に手のひらに乗せればそこそこの重さが感じられる。けれどただ顔の横に置いて眺めているだけだと、不思議と儚く軽やかに見えてくる。朝焼けのような色彩のせいだろうか、膜の張られた柔らかな透明度のせいだろうか。口に含んだらきっと甘いだろうと思うような、幻想的な佇まいをしているせいだろうか。イリノイフローライトを透かして見る景色はどれも薄く紫のモヤに包まれていて、なんてことないはずなのに夢を見ている気分になる。例えばわたあめや琥珀糖で全てができているような、甘く柔らかで、けれど鋭い甘さに悶絶する羽目になるような。


『くいしんぼうなこね』


くぅ、とお腹がなったことに気づいてそっと手で抑える。空腹だけどただ空腹なわけじゃなくて、飢えにも近い感覚。どうしてわかったんですか。私はこんなにも我慢して、ただただあなたを眺めているだけにとどめているのに。


『あなたのおなか、くうくうなるわ』


ぎゅ、と服を握る。お腹を抱きしめて、口を必死に閉じる。こんな、はしたないところを見られたくない。フローライトはとても綺麗で、儚く優美なのに、自分はそれを食欲の対象として見ているだなんて。そんな恥ずかしいことを真っ向から指摘されるのが何よりも恥ずかしい。けれどイリノイフローライトから目を逸せない。飴玉のような少しざらついたいじらしい表面、向こうの景色にオーロラのフィルターをかける石の肌。朝の霞んだ空に浮かぶ紫雲の色、裾に広がる夜の名残の紺色。光が差し込むたびに石の足元にだけ現れる、小さな小さな夜明け空。それらを見るたびにお腹が鳴ってしまうような気がして嫌になる。なのに、美しいから目が逸らせない。フローライトに視線を絡め取られて逃げられない。


『かわいいこね、だれもとがめやしないのに』


でも恥ずかしいから。これ以上どうしたって小さくならないのに、体を丸めてイリノイフローライトから隠れようとする。水に溶けた菫色の絵の具みたいなフローライトに、どこかから跳ね返った光が反射したフローライトに、自分の浅ましさが映っていて欲しくないから。砂糖を塗したようなその表面が映すものを選ばないと知っていても、映ってほしくないと思ってしまうから。フローライトの角がちかちかと光る。窓から差し込む光が雲に遮られて揺れ、風に吹かれて揺れる。イリノイフローライトの朝焼け色が床に広がって、お腹がぎゅっと締め付けられる。


『かわいいこね』


たとえその言葉が嘲りのものであったとしても、否定できる力も理由もない。綺麗な石を目の前にして飢えるような、そんな愚かな自分に頭がひどく重くなった。

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