瑪瑙
その瑪瑙は昔、神の像の目玉として人々を見下ろしていたのだという。酒よりも匂い立つような茶色、溶けた砂糖よりもとろけるような茶色、人の目よりも透き通った茶色の瑪瑙。木綿の糸みたいな白い筋が何本も走って、木のうろみたいな焦茶色が帯のようにぐるりとその身を取り巻いている。自然の降り積もった地層のようにも見えるし、ミルクチョコレートの折り重なった断面のようにも見える。共通するのはただ人を魅了する何かがあるということ、それだけ。瑪瑙というものは長い年月の結晶であり、長い歴史というものが瑪瑙のとろけるような美しさと鋭敏な輝きの源なのだ。故郷の歴史書にのみ残る茶瑪瑙を知ってから、どうにか手に入れようとして大変な苦労をした。しかしこうして手元に置いてみるとその苦労の全てが晴れるような気がするのだ。神の目を手に入れたという充実感、美しい宝石を手に入れたという幸福感。なによりその自然が折り重なった縞模様の表面に自分の瞳を映すという優越感。触れた指が沈んでしまいそうなほど滑らかな表面、白く反射する電灯の灯り。柔らかな光、人の元に引き摺り出された神秘のかけらの放つ光。その年輪は一体どれほどの盛衰を見てきたのでしょうか。
『…さて、知らぬな』
瑪瑙がひどく眠たそうに答える。表面の膜のような光が眠たげに揺れて、瑪瑙の縞模様を自由に遮って見せる。ゆらゆらと揺れる美しい瑪瑙が、人々に傅かれて退屈そうに君臨している。人が引き摺り下ろした神の眼。深い茶色、コーヒーにミルクが混ざり合う色、年輪が織りなす時間、地層が綴る自然の歴史。岩の卵に隠された美しい宝石がまた、眠そうに太陽の光を浴びている。美しいのです、それはそうあって当然の存在なのですから。宝石とは美しいものを指す言葉であり、瑪瑙のためにある言葉です。しかしそれ以上にこの石に対して畏れ多いと感じる。目をあげることも恐れ多いのに、美しさを目に焼き付けたいがために見つめ続けてしまう。そしてその言葉を求めてしまう。あなたがただの石であることは存じております。けれどその神託がいつか我々の元へ、そう願うことがやめられないのです。
『知らぬ』
あなたは神ではない故に。けれどあなたは美しく、瑪瑙は歳月を具現化して人に示す。人には認知できないような時間の重み、緻密さ、偉大さを自然のあるがままに写しとる。折り重なった層の厚みが柔らかな日光にくすぐられて微睡んでいる。瑪瑙のひたすらに滑らかな表面、その肌に触れて頬ずりをしてみたい。そしてその冷たさに触れ、時間の残酷さに肌を突き刺されたい。けれど触れようだなんて烏滸がましいのです。
『分かっているではないか』
ゆらゆら、動いていないはずの縞模様が波打って見える。風に吹かれて影が揺れ、丸くて小さな瑪瑙が転がってしまいそうだ。だから支えようとして、茶色と黒色が指先に染み付くことを恐れて腕を引っ込める。触れてはいけないのだから。けれど、触れて、神の目玉に触れて、ただの石だと確かめてみたい。歳月の一部を淡く写し取っただけの石だと思いたい。
『分かっとらぬか』
ちらちらと差し込む太陽の黄金色に照らされる瞳、深く沈んでしまいそうなミルクブラウンの帯の豪華さと言ったら。苦労して手に入れたのだから触れても良いだろうと思うのに、いざ瑪瑙に目をやるとそんな気持ちは許されないと思ってしまう。瑪瑙の丸く尖り、柔らかく鋭い輝きに目が眩みそうになる。瑪瑙の美しさを矮小化してみせたいのに、心に決めた途端瑪瑙は新しい美しさをみせてくる。瑪瑙の表面がきらきらと照らされる。照らされて、影はまた一段と濃くなっていく。瑪瑙の重みが増していく。
『…不相応であったな』




