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宝石掌編  作者: 石留 琴
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デマントイドガーネット

早朝、まだ誰一人踏んでいない石畳の上にデマンドイドガーネットを置く。石の向こう側にマーガレットの色をした風が吹いたような気がした。朝焼けにもならない空、夜と言っては鮮やかすぎる空の下地面にしゃがみ込む。丸いガーネットの薬のように毒々しい緑が、空と石畳の境に浮かぶ目玉のように見える。また風が吹く、薄い雲がたなびいてガーネットの上に影を落とす。石の中に隠れたうねりはまるで空気のうねりを閉じ込めたようで、デマントイドガーネットの持たざる自由を幻視させてくる。この石はどこにも動かない、俺がここに置いたのだから。俺がこの石畳の上に置いて、誰にも踏ませないよう見張っている。無理してとんでもなく早起きをして、石を地面に転がして欠伸を噛み殺している。酷く空虚な時間、されど有益な感情の湧く時間。空と石畳の狭間で、時折差し込む光と共に視線を変えて交わる緑色の石。若葉よりも褪せていて、人の目玉よりも鮮やかな緑。ガラスにも遮られず汚れた空気にさらされて、ごく狭い範囲に酷く切ない黄緑色を散らすガーネット。柘榴にもこんなに青い時期があるのだろうか。


『知らないことだわ。それより目を逸らさないで』


うん。デマントイドガーネットの、真ん中を見る。向こうの遠くまで透けそうで、けれど実際はすぐ近くの石畳の模様すら見えないその真ん中を見る。光に柔く照らされ、深緑と、黒と、それから緑とクリーム色とに散乱する真ん中を見る。ガーネットはじ、と俺の方を見る。目を逸らすなと言われたから俺もガーネットをじ、と見る。ガーネットは差し込んだ風に顔を撫でられ、俺の目よりも左に視線を動かす。俺は変わらず真ん中を見て、その先の石畳に何か書いてないかと目を凝らす。例えば足跡、例えば秘密のメッセージ、例えばデマントイドガーネットへのとびきりの賛辞。艶葉木の葉よりも深く美しい、輝くような緑への賛辞。あるいは、何もないということそのものを。


『どうして何もないものを見ようとするの』


わからない。何もないと思いたくないからかもしれない。もしくは何もないことを確かめたいからかもしれないし、何もないというのが何かを見たいのかもしれない。ただ俺が知る中で一番綺麗で、一番小さな綺麗なものがガーネットだから。その綺麗なものの先に何もないとしたら、それは綺麗なものが何も通さないということになるから。綺麗なものを通してみれば、きっとなにか綺麗なものがある。そんな話を聞いて、それならガーネットの先には宝があるはずだと思った、あの日を否定したくなかったから。


『違うわ。私は綺麗なものだけを見せるの』


それはつまり、デマントイドガーネットの向こう側に綺麗なものは一片もないということだ。いや、そうではないとデマントイドガーネットが視線を左右に振る。目玉だけの誰かが首を振ったように見えた。空の雲がたなびいて流れていき、石畳にかかる影が増えていく。太陽が少しずつ昇り、目を貫くような陽光が惨めな俺の影を浮かび上がらせる。デマントイドガーネットは燦々と光り、その大きさは変わらないはずなのに大きく見えていく。石の向こうが更によく見えなくなっていって、中身の緑がぶちまけられたように広がった。若葉が地面に散った。新芽が地面に散らされた。ガーネットの緑が石畳を緑に染めた。それは、とても綺麗だった。つまり、ガーネットが一番綺麗だからそれよりも醜いものは見えなくなる。


『そう、私が一番綺麗なのだから』


そうだ。綺麗なものが一番目の前にあるのだから、その奥に何かを探したってそれは見つかるわけがない。綺麗なものは、青い空と汚れた石畳の狭間のこの瞳なのだから。


『そう、その通り。だから目を逸らさないで』


うん。逸らさない


『良い、逸らさないで。私を見失わないで、目を合わせていて、私が一番のままにいなさい』


うん。俺にはこのデマントイドガーネットだけが持ちうるもので、デマントイドガーネットが俺の持ち物の中で何よりも綺麗な石だ。


『そうよ。そのままでいなさいね』


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