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宝石掌編  作者: 石留 琴
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シルキーサファイア

煙草に火をつける。吸い口にキスをして、毒の煙を吐く。毒の煙を吐く。閉じこもった小さな角部屋に、白い毒が身を躍らせる。毒を吐く。やがてその楼閣は白い帷に隠されて、現実とは遠くへ離れていくような感覚がした。自分の腕も見えにくいような空間の中で、毒の煙を浴びて光るシルキーサファイアを見下ろす。まるく、しろく、小さな宝石。私の象徴、誰よりも毒が似合うもの。天井の灯りを受けて白いモヤ状の光をゆらゆらと放っている。煙を吐くたびにその輪郭は溶けて消え、隙間風と踊る煙がその前を退く時、何も変わらずそこに鎮座している。シルキー、今日は随分ご機嫌だね。何かいいことがあったのかい?それとも、この毒がお気に召したかな?その身の中でゆらゆらと光や煙を燻らせて笑うシルキーに、その楽しそうな様子につい声をかける。何がそんなにおかしいの?と。シルキーサファイアがぴたり、と動きを止めたように見えた。実際は一センチも動いていないが、その身が、その煙が、その揺らぎがぴたりと冷えた空気のように止まって見える。シルキーサファイアはまたすぐに右へ左へと踊りながらキラキラ光って、まるきり王座に座っているかのようだ。


『そう、楽しそうに見えるのだな』


見えるけれど、違うのだね。違うのだろうね。吸い口にキスをして、深く息を吐いて吸って、部屋中に煙を走らせる。白い帷が何重にも重なって部屋の角、机の脚、天井のシャンデリアを撫でて踊る。シルキーサファイアの煌めき、揺らぎ、淡い青と紫と黄緑が一緒に身を踊らせる。そんなふうに見えてくる、部屋丸ごとが幻惑の中の異空間へと落ちていく感覚がする。足の先から煙のように消えていき、自らシルキーをくすぐる白い毒へと溶けていくことを夢想する。その夢想が健康的なものではないだろうことは分かっているが、それでも毒へと身を砕くことの甘美さを諦められない。白いもやのような眩さで笑いながら、シルキーサファイアが毒を撒き散らして私の脳みそを溶かしていく。つれない私のシルキー、そっぽを向いて私を嘲笑うシルキー。目から指から私を溶かしていく、白く小さな私の王冠。


『我は体を揺らすのみだ』


あなたはいつでも揺らしているね。そう言うとシルキーは答えるように揺らしてみせる。あくまで気まぐれの、足元の水面に手を浸して見るようななんてことない仕草。その仕草はシルキーサファイアの向こう側を見せたり隠したりして、私の好奇心と欲望の肌を撫でていく。


『揺らすことなどできない、お前がそう見ているだけだ』


そう、ただの石であるシルキーサファイアが体を揺らすなど到底できない。幻想にハマってしまった子供が最初に言うような、チープで型にはまった発想だ。けれど煙草の煙のせいか、私の目がおかしいのか。その表面が、内面が、ガラスよりも冷たい石に閉ざされたその奥が空気に揺らされているように見えてしまう。じっと目を凝らせば揺れているわけないとわかって、しかし自然に瞬きをすれば揺らぎが起こっているように見える。白い光をゆらゆらと、中から台座へ、テーブルへ、床へと生き物のように広げていく様が見えてしまう。美しい波が、靄が石から溢れ出たものであればと思わずにはいられなくなってしまうのだ。シルキーサファイアが、全ての発端であればこそ、と。


『王冠を眺めるのが好きだな』


あなたを眺めるのが好きなんだよ。あなたが王冠のように感じるからなだけで、王冠を眺めるのが好きだというわけじゃない。おそらくどんなに言い重ねてもシルキーは理解してくれない、理解しようという気持ちを持っていないのだから。シルキーは私が燻らせ煙として吐き出している言いようのない、見惚れた末に溢れそうになる毒を笑っているだけ。私に何の心も傾けてくれていないのだ。白い光、重い氷のような光がサファイアの影となって落ちる。さめざめと泣きたくなるような、冷たく、固く、小さな白い影。シルキーサファイアが一つ揺らぐ、揺らぐたびに私の口から煙が上ってシルキーに対抗しようとする。しかし私はその毒にゆっくりと屈するだけ、シルキーはその毒を纏って幽然と笑うだけ。あまりに醜い対比だ。


『愚かよ。まこと愚かよな』

『だがそれで良い、それで良い』

『愚かであることよ、その毒を受け入れることよ。それが良き縁となることよ』


は、は。それがあなたとの良き縁であれば何よりだ。ほんの爪程度の小さな石、王冠の中央に据えるにはあまりに小さな石。されど私の全てを押さえ込むほどの重さを持つ、シーツを束ねた海のような石。シルキーサファイア、白く淡く体を揺らす石よ、あなたが私の王冠であればいいのに。カーテンの奥に夜の帳が下りるのを感じ、星の絨毯が押し広げられるのがわかる。遥か遠くの家から煙突の煙が上り、煙草の紫煙が絡め取られる音が聞こえた。

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