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宝石掌編  作者: 石留 琴
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緑琥珀

流れる水の傍で横たわる草原。混じり気のない緑だけが生い茂り、水飛沫だけを身に纏って静音すら吸い込んでいる。野原の中に身を曝け出した緑琥珀が、じっと川の流れを眺めている。陽に透かすほど深い緑を揺らめかせるその人は、ただ透明な粒を追いかけて暇を潰している。緑琥珀、どうか不安を晴らしてくれ。どうか、青空の下でのみ膨らむこの不安を、おまえの色で打ち消してくれ。俺はもう何度もそう懺悔した。時に空に、時に地面に、時に流れを急にして走るその川に。なんてことない穏やかな自然の中で悠然と座る緑琥珀に、何度も懺悔した。心許ない日陰の主である木の枝に吊り下げられ、太陽の色、木の幹の色、俺の顔を透かして緑に塗りつぶす緑琥珀。樹液のように重たく吊られた緑琥珀は、ただ俺の言葉を背景に水の遊ぶのを眺めている。何も背負わない旅人のように、緑琥珀は空気を吸い込んで足を組み替えた。俺はいつまでもその足元にいる。伸ばせば届く手を伸ばせないまま、緑琥珀を呼び続ける。


『どうにもならない』


緑琥珀はまた一度、小さく否定した。その否定に胸が押しつぶされそうになっては、差し込んだ日差しと緑琥珀のゆらめきに胸が動かされる。日差しよりも優しく、風よりも無関心な緑琥珀の輝きが俺の両肩、全身にのしかかる。


『君には無理だ』


夏の風のような否定が胸を通り過ぎ去って、空い冷たさの感触を残していく。呆れられているのだろう、馬鹿にされてもいるのだろう。こんな惨めで馬鹿らしい悩みなどあるものかと、自分ですら自分を笑っている。それでもなお懺悔をやめられない。もはや何を吐露しているのかはわからない。ただ緑琥珀を前にすれば懺悔せざるを得ず、そうなるべき不安が青空によって延々と注がれるのだ。緑琥珀はあいも変わらず視線を川に注ぎ、声だけを上から落として時間を消費する。緑琥珀、どうか話をしてくれ。声を落とすだけでいい、どうか俺を忘れないでくれ。


『忘れるか?足元でこうも騒いでいるのに』


緑琥珀が呟く。旅人、詩人の呟き。煩わしいものに苛まれる宝石の呟き。それはあまりにはっきりと、俺が緑琥珀を不快にしているのだと告げている。だが俺は忘れられたくないのだ。どうにも不安な俺はこの場に似つかわしくなくて、それでもなくなるのだけは嫌なのだ。この場の全てを支配する緑琥珀に一言肯定されれば、それだけで何か不安が配慮してくれるような心持ちになる。その浅ましささえ不安に打ち勝つことはできなくて、緑琥珀の光を浴びることに安らぎを見出す。太陽が裾を広げる不可視の光に透かされ、真ん中の深い緑がまた影を落とす。透かされて落ちる翠の光と、影を落とす緑の光が俺の顔をあけすけにする。何をどう後悔すればいいのかわかっていない、愚かな人間の顔を照らす。


『ならば懺悔すればいい』


そう、ひたすらに懺悔すればいい。流れる川のように押し寄せてくるこの不安、五月雨のように打ち寄せるこの不安、だれにも理解されないこの不安を。緑琥珀、どうか、どうか俺を。


『ただひたすらに縋ればいい』


それを許してくれるのは俺が惨めだからか?それとも何も背負わない旅人にとってやはり背負うものではないからか?自由によって価値を持ち、台座によって価値をもつ緑琥珀には俺は何の影響も与えられないからか?俺が惨めだと、俺がわかっているからだろうか。旅人の胸元を守る緑琥珀には、人間という枷は枷ともならないからか。眩いのではなく、輝かしいのではなく、重く柔らかな光が木々の擦れに紛れて聞こえてくる。


緑琥珀が視線を落とす。俺に落とす、俺を見る。


どうか、どうか、どうか。


緑琥珀は俺を見る。俺のことだけをまっすぐに、だがまた同時に俺だけを見ないでいる。この場の俺以外の全てを見て、俺を見ないでいる。


緑琥珀、俺をどうかその緑色で晴らしてくれ。その深く透き通った緑色で。緑琥珀は風に身を揺らして、足元の草原に影の光を落として散らす。こっくりと深い緑色を、俺以外に優しく降らして川を眺めている。


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