51 国恥払拭の野望
第7章 動き始めた歯車 第51話 国恥払拭の野望
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ASEAN諸国からは猛烈な抗議が相次いでいた。
それはオーストラリアをはじめとする周辺海域の各国へと広がり、
各国政府は連携するように同様の抗議文書を中国政府へ送付した。
その波紋はアジアだけに留まらなかった。
ヨーロッパ、アフリカ、インド、中東——
世界各国から、中国外務省には連日のように抗議や要請の文書が届けられていた。
日本も同様だった。
その内容はどれも共通していた。
「影の船団」をめぐる一連の海洋上で起きている諸問題。
相次ぐ衝突事故や、民間船舶を標的とした一連の事件を深く憂慮し、
海上警備体制の根本的な見直しと、
これまでの強硬な方針を改めるよう求めるものだった。
しかし、中国政府の回答は終始変わらなかった。
「必要最小限の法執行処置を講じているに過ぎない」
中国外務省は、その一点を繰り返し発信し続けていた。
一方で、各国の情報機関が警戒を強めていたのは、
中国海軍の不透明な動きだった。
とりわけ、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の運用能力を備えた新型原子力潜水艦の存在に、
疑念の目を向けられていた。
中国海軍は近年、毎年のように原子力潜水艦を就役させている。
だが中国側は、
「ご指摘された艦について、通常の戦力整備の一環にすぎない」
と説明するだけだった。
しかし、点在していた情報を繋ぎ合わせると、別の姿が浮かび上がる。
中国海軍は南シナ海を、自国の勢力圏としつつ、
さらには戦略的聖域への機能性さえ得ようとしていた。
これまで中国の核戦力は、その多くを陸上配備型弾道ミサイルに依存してきた。
もちろん多くのダミーを置くなどして対応はしてきたが、
発射位置を特定されてしまえば、先制攻撃によって無力化されてしまう。
そんな懸念が絶えず存在していた。
一方、原子力潜水艦は深海に潜み続ける限り、中国の報復核戦力もまた生き続ける。
それは、アメリカやロシアが長年保持してきた、「第二撃能力」の獲得を意味していた。
そして今、中国もまた、既にその戦略的優位性を手中に収めていた。
中国共産党が掲げる「中華民族の偉大な復興」——
建軍100周年という節目は、その象徴となる年でもあった。
南シナ海の海上警備強化も、単なる治安維持を目的としたものではない。
南シナ海を自国の戦略的聖域とし、
その先に広がる第一列島線、さらには第二列島線までを見据え、
敵対する国家を中国沿岸から遠ざける。
そこには、まったく別の目的があった。
かつて列強に屈した「百年国恥」を払拭し、
中国が再び世界の中心へ立つ——
それは長らく掲げられてきた国家的悲願でもあった。
とりわけ現国家主席である李建平には、
その悲願を自らの在任中に成し遂げようとする野望があった。
中国は、長く大陸に国家の重心を置いてきた。
広大な領土を治め、陸上から迫る脅威に備えることこそが、
歴代王朝にとっての安全保障の根幹だった。
その一方で、近代以降の世界を支配したのは、
オランダやイギリスといった海洋国家だった。
海を制し、交易路を独占し、遠く離れた地域にまで影響を及ぼした列強に、
中国は後れを取った。
アヘン戦争、日清戦争——
李建平にとって、それは過去の歴史ではなかった。
中国が真に世界の中心に返り咲くためには、大陸の覇者であるだけでは足りない。
海から列強に侵入され——
海での決戦で敗れ——
海洋から流れ込むアヘンによって国を蝕まれた。
中国近代史に刻まれた屈辱には、常に海があり
その屈辱を終わらせる場所もまた、海であるべきだった。
だからこそ海洋に進出し、
海を自国の意思で支配できる国家にならなければならなかった。
それは李建平主席の周囲では、もはや公然の事実だった。
側近や政府高官らの、言葉の端々からも、
李主席在任中にそれを成し遂げることが、
国家の目標であるかのように語られるようになっていた。
そして中国海軍は、すでにかつての中国海軍ではなかった。
たとえ第一列島線の外側に
敵国——すなわちアメリカ海軍の空母打撃群が展開したとしても、
それを迎え撃つだけの態勢は着実に整いつつあった。
かつて台湾海峡が緊迫した際、
アメリカが空母打撃群を台湾周辺へ展開しただけで、
中国側は軍事的圧力を弱めざるを得なかった時代があった。
海の向こうに空母が姿を現すだけで、
中国はアメリカとの圧倒的な軍事力の差を思い知らされた。
また北をみれば、ロシアがいた。
接する国境では時折衝突が起きていた。
両国の関係は、必ずしも対等なものではなかった。
かつて軍事技術を仰ぎ、
兵器を買い求める側だった中国も、
急速な経済成長と軍備拡張を経て、
ようやく大国同士の対等なパートナーを標榜するまでになった。
中国にとって、それは忘れることのできない屈辱だった。
だが、もう違うのだ——
かつて味わった屈辱の時代は終わった。
これからは、中国が世界の中心になるのだ——
誰もそう宣言したわけではない。
だが、中国高官たちの浮かべる笑みには、
すでに勝利の確信しているような慢心が滲んでいた。
その裏では、
中国海軍の高官をはじめとする、ごく一部の者だけが知る
新たな計画が進められていた。
そして、その計画が世界の前に姿を現す時は、刻一刻と迫っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日本は平和だった。
政府は依然として、世界の変化を直視できていなかった。
アメリカと対等なパートナーとしての立場を築かなければならない。
いや、それはアメリカだけではない。
世界各国と対等な関係を築き、
自らの意思で国際社会へ向き合う姿勢が求められていた。
しかし、そうした危機意識の希薄さは、メディアにさえも広がっているように思えた。
連日のようにニュースや報道番組では、
南シナ海情勢やホルムズ海峡における海上警備強化の動きが報じられていた。
今後の情勢を予測するため、専門家を招いた議論も繰り返され、
「影の船団」の実態をめぐる特集も数多く組まれていた。
更に終わりを見せないウロ戦争。
戦況に大きな変化を見られなくなるにつれ、
かつて連日のように向けられていた世論の関心も、次第に薄れていった。
報道には戦況と共に死者数も伝えられていた。
だが、いつしかそれも、日々更新されていく数字のひとつとして受け止められるようになっていた。
その一つひとつには、名前ある人の命であることさえ忘れてしまうほどに——
決して、無関心だったわけではない。
危機そのものが、見えていなかったわけでもない。
それでも、どこか願望にも似た楽観論が漂っていた。
政治的、あるいは軍事的な衝突は起こり得る。
だが、そこから先の一線を越えることはないだろう——
そんな見方が、いつしか当然のように語られていた。
政府もまた、世論と歩調を合わせるかのように、中国政府に対して繰り返し抗議を行っていた。
もちろん、中国側から返ってくる回答は、毎度おなじみのものばかりだった。
だが、それも日本に限ったことではない。
ASEAN諸国も、ヨーロッパも、オーストラリアも、
同じように抗議し、同じような回答を受け取っている。
だからこそ、まだ大丈夫なのだという空気があった。
少なくとも今すぐ、何かが起こるわけではない——
誰もが、そう思っていた。
日本は島国である。
ヨーロッパのように国境を接する国家との緊張を日常的に抱えることも少ない。
かつて蒙古来襲という未曽有の危機にさらされながらも、
海を越えて押し寄せた大軍を退けたという歴史的事実さえある。
そうした記憶もまた、日本人の心のどこかに
「最後は何とかなる」という無意識の安心感を残しているのかもしれない。
四方を海に囲まれた地理的環境は、長い歴史の中で日本を幾度となく外敵から隔ててきた。
そして戦後の長い平和は、その海の向こうで起きる危機を、
どこか遠い出来事として受け止める土壌も育んできた。
海の向こうで起きている悲劇——
それは我が国には決して降り注ぐことのない火の粉。
どこか、そんな錯覚があったのかもしれない。
そんな地理的な安心感が、
他国と支え合い、関係を築いていくことの重要性さえ、
見えにくくしてきたのかもしれない。
陰謀とは、闇の中を這うようにして忍び寄る。
音もなく、その身をくねらせながら障害をすり抜け、
気づかれぬうちに、わずかな隙間へと滑り込む。
そこに潜んでいることさえ、誰にも悟られぬまま——
水面下では、やがて世界をさらなる混乱へと導く計画が、
着実に進められていた。
一つの歯車が、また一つの歯車と噛み合い始めていた。
その動きは静かで、そしてゆっくりとしたものだった。
誰の目にも留まらないほどの、わずかな動きに過ぎなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日頃よりご愛読いただき、心から感謝しております。
当面のあいだ更新が不定期となりますこと、何卒ご容赦ください。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、
特定の組織や個人を批判する意図はありません。
また本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、
国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして
構成されています。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語の進行にあわせて加筆・修正を行う場合があります。
大きな変更については適宜お知らせいたしますが、
主に文章表現やニュアンスの調整を目的とした軽微なものです。。
※ 本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)を活用しています。
物語の構想・内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助として利用しています。




