50 届かぬ祈り
第7章 動き始めた歯車 第50話 届かぬ祈り
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飛行機のドアからボーディングブリッジを通り、ターミナルへ足を踏み出すと、
慌ただしく行き交う旅行客の忙しない波が彼らを包み込んだ。
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の一行は、その混雑に身を任せるように、
ゆっくりと、そして確かにアメリカの地を踏みしめる。
一行の中に立つ中田照臣氏の右手には、
使い込まれた一つの革鞄がしっかりと握られていた。
まるで、そこに込められた無数の言葉と記憶の重みを確かめるかのように。
平和への祈りと核兵器廃絶の訴え——
その思いだけを胸に、彼らは幾度となく、この海を渡ってきた。
広島、そして長崎——
人類史上初めて核兵器が投下されたあの日、世界は一瞬にして焦土と化した。
凄まじい熱線と爆風は、広島で約14万人、長崎で約7万人もの尊い命を一瞬にして呑み込んだ。
その凄惨な光景に、ある一枚の絵画が重なる。
ピカソの「ゲルニカ」——
巨大なキャンバスは、
まるで戦場の灰に吞み込まれたかのように色彩は失われ、
ただただモノクロームな世界が広がる。
爆撃によって引き裂かれた母子、苦悶に歪む馬、泣き叫ぶ人々、
光のないその空間には、絶望という名の混沌とした暗闇が横たわる。
そこには国境も、人種も、思想もない。
あるのは、日常を奪われた人々の姿であり、
狂気によって未来が途絶え、まるで普遍の悲劇として刻まれた爪痕だ。
「ゲルニカ」が映し出したのは、単なる一都市の災禍ではない。
それは、人間の内奥に潜む暴力という野蛮な本能そのものである。
そして後に、人類は一瞬にして都市さえ消し去る核兵器という究極の暴力を手にする。
振り返れば「ゲルニカ」とは、そんな狂気の時代の到来を予感し、
未来へと鳴らされた警鐘だったのかもしれない。
さらに、もうひとつの地獄があの日から始まった。
生き残った人々を蝕みつづける放射線障害や後遺症。
被爆の傷跡は肉体にとどまらず、
世代を超えて人々の魂に「核」という毒を侵食させていく。
そして太平洋戦争という約3年8ヶ月の歳月が奪った日本人の命は、
実に310万人にのぼっていた。
戦争とは、単なる国家同士の争いという一言で片づけられるものではない。
国民一人ひとりの人生を蹂躙し、愛する家族を引き裂き、未来を文字通り破滅させる悲劇だ。
その痛みは、どれほどの時が流れようとも消え去ることはない。
しかし、そんな彼らの切実な願いは、
核抑止を安全保障の盾とする世界の指導者たちに届いているとは、到底言い難かった。
ニューヨーク——
ここには世界平和の象徴である国際連合本部が佇んでいる。
だがその足元では、アメリカと中国の間で緊張が高まり、
新たな戦争の火種となりかねない情勢が広がりつつあった。
皮肉なことに、世界平和のシンボルとなる建物のすぐそばで、
再び対立を望む声がしだいに高まっていたのである。
今回彼らが渡米した目的は、国連総会ハイレベルウィークに合わせて開催される
「核兵器の全面的廃絶のための国際デー記念会合」への出席だった。
広島と長崎の惨禍を語り継ぎ、核兵器のない世界を訴え続けてきた被爆者たち。
彼らは過ちの歴史を今に伝える「生きた証人」であり、
人類が踏み外してはならない「平和へのコンパス」でもある。
その長年の歩みに授けられたノーベル平和賞の栄誉は、今なお人々の記憶に新しかった。
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中田ら一行は、無事に会合での役目を終えた。
しかし、その一連のやり取りは、どこか予定調和の儀式を一つ終えただけのようにも思えた。
自分たちの言葉は、一体誰に届き、誰の心を動かしたのか。
その答えを得るには、場内の反応は余りにも乏しかった。
会場に響いた拍手も、交わされた握手も、どれも外交儀礼の域を出ない。
平和を象徴するこの国際連合本部は、まるで博物館に思えた。
そこでは彼らは「生き証人」として迎えられる。
だが、その言葉は生きた警鐘としてではなく、
ガラスケースに収められた展示品のように受け止められているようにも思えた。
人々は敬意を払い、耳を傾ける。
しかし、その声が現実の安全保障や外交の判断へ届くことはない。
まるで、過去を学ぶための展示物を見つめているかのように——
そんな錯覚さえ覚えた。
今年も日本が提出した核兵器廃絶決議案は、
圧倒的多数の賛成を得て採択された。
その一方で、現実を冷たく映し出すかのように、
ロシア、中国、北朝鮮をはじめとする5ヶ国が反対し、
31ヵ国が棄権を選んだ。
理念の上では誰もが核兵器廃絶を語り、平和こそが人類の理想と唱える。
だが現実には、国家安全保障という論理に縛られ、
軍拡する世界情勢を前に賛成国は年々減少し、棄権へと回る国が増えている。
今や、かつての決議を後押ししてきたアメリカでさえ、
棄権国のひとつに名を連ねていた。
核には核を——
それは単なる抑止論ではなく、
圧倒的な暴力を前にした人間の生存本能に近いのかもしれない。
平然と反対を訴える核保有国に対抗するためには、
核使用を辞さない意思を示さなければ、抑止は成立しないのだろうか。
結局のところ、人は理想を掲げながらも、
現実の危機に直面すれば、都合のよい理屈を見いだし、不都合からは目を背ける。
その矛盾と欺瞞の積み重ねの上に、今日の国際秩序は成り立っているのかもしれない。
中田らは会場をあとにした。
ふと見上げたニューヨークの空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
それは故郷・広島の空と何ひとつ変わらない。
だからこそ、その青さが胸に痛かった。
世界はこんなにも穏やかな空に覆われながら、
核兵器はいまなお人類の頭上にあり続けている。
変わることのない現実の重みだけが、
中田の肩にのしかかっていた。
碧空から降り注ぐ陽射しに目を細めると、
しばらく静かにその目を閉じていた。
「中田さん、どうしたんだい。
早う、行かんとね」
その声に呼び起こされると、
中田は静かに目を開き、前を見据えた。
「中田さん、本当にあっちば行くんかね」
中田はすぐに答えはしなかった。
ただ、その足取りに迷いはなかった。
そして自分に言い聞かせるように、小声で呟いた。
「色んな人にお願いして、
やっとこさつないだ機会なんじゃけぇ」
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