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49 平和構想論

第6章 浮かび上がる輪郭  第49話 平和構想論


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


=======

〈日刊〉西日本通信社


特別対談企画

『平和がもたらす未来とは』

——理想と現実から昇華する構想



私たちは日本という国に暮らしている。

戦後82年という年月は、果たして本当に平和だったと言えるのだろうか。

平和とは、戦争がない状態だと言われることが多い。

しかし、その平和が抑止によって保たれているのだとすれば、

それは国家同士が、互いに武器を向け合いながら、

かろうじて均衡を保っている状態に過ぎないのではないか。


世界には今なお、高い殺傷能力を備えた兵器が溢れている。

各国は自国の安全保障を理由に軍備を拡張し、抑止力の重要性を訴えている。

日本においても、防衛力の強化や安全保障政策の見直しが進められ、

一部では核抑止の在り方についても、議論すべきだという声が上がり始めている。


だが本来、その前に問われるべきものがあるのではないだろうか。


——日本はどのような国家を目指すのか。


国家理念についての議論が十分に行われているようには見えない。

民主主義において政権交代は当然のことである。

時代に応じて政策が見直されることも、健全な政治には欠かせない。

首相が替われば、政策も変わる。

それ自体は否定されるべきものではない。

しかし、国家が目指す未来まで、そのたびに変わってしまうのだとしたら。

私たちは、何を国家の理念として共有すればよいのだろうか。


議論とは、単に多くの意見を並べることではない。

そこには優先順位が必要であり、判断基準が必要なのである。

何を守るのか、何を譲らないのか。

どんな未来を次世代へ残そうとしているのか。


民主主義において多数決は、有効な意思決定のひとつの手段である。

しかし、多数決そのものが理念を生み出すわけではない。

国家理念とは、本来、数の優劣によって決まるものではない。

時代を超えて議論を積み重ねる中で、共有されるべき指針ではないだろうか。

もし、政党の理念が国家理念に優先するようになれば、

建設的な議論は次第に失われ、国家としての一貫性も揺らぎかねない。


これは、単なる政策論ではない。

国家としての理念そのものの問題である——


それが定まって初めて、数多ある選択肢に優先順位を与えることができる。


国家理念とは本来、一人の首相の所信によって、

その都度書き換えられるべきものではない。

少なくとも政党単位で共有され、

さらに言えば、

国家そのものの指針として受け継がれていくべきものではないだろうか。


国内には厳格な法秩序が存在する。

法律によって、人々の暮らしの中に権利と義務が定められ、

社会は一定の安定を保っている。

しかし世界全体に目を向ければ、

国際法や海洋法といった国家間のルールが存在しても、

それらが常に尊重されているとは言い難い。


国家は理想を語る。


だが同時に、自国の利益を優先する。

国際秩序とは、そうした現実の上に成り立っている。


だからこそ今、私たちは改めて問い直さなければならない。


——平和とは何なのか。


もちろん、答えは一つではない。

だが国際社会は再び大きな転換点を迎え、

世界はその問いに向き合うことを求められている。


米中対立の長期化。

各国による軍拡競争。

そして各地で続く武力衝突。

力による現状変更を試みる国家と、

それを抑止しようとする国家が絡み合い、

国際秩序を大きく揺らしている。


平和とは何なのか。


そして、その平和をどのように築き、どのように維持し続けるのか。

果たして日本という国家は、どんな未来を掴もうとしているのか。


今回、西日本通信社は、

日本の平和構想について強い発信を続ける二人を都内の帝都ホテルに招いた。

日本被団協代表理事・中田照臣氏。

そして、現内閣総理大臣・鷹内冴子氏である。


理想と現実。

異なる立場から平和を語る二人は、どのような未来を描いているのか。

じっくりと話を聞いた。


比嘉記者が「今、日本に必要な平和構想とは」と問いかけると、

鷹内首相はこう答えた。


「平和とは願望ではなく、

 維持するための仕組みだと私は考えています。

 軍事力だけでも平和は守れない。

 外交だけでも平和は守れない。

 経済・外交・情報共有・安全保障を統合した

 新しい平和秩序が必要とされています。

 まさにFOIPこそが、

 その土台となり、国家同士が相互に結び付き、

 対立よりも協調を選ぶ道筋を示すものだと考えています」


それこそが持続可能な平和への道だと鷹内首相は語った。

そして中田照臣氏は、次のように語った。


「私たちは広島と長崎を知っている。

 核兵器は使われた時だけが暴力なのではない。

 存在していること自体が暴力である。


 人類を一瞬で滅ぼし得る力を持ち、

 今なお、わたしたちの心を恐怖によって捕え続けている。

 

 真の平和は支配によって生まれることはない。

 亡くなった仲間たちの思いは、ただ一つだった。

 二度と繰り返してはならない。

 だから私たちは核兵器の廃絶を訴え続けるのです」


さらに比嘉記者は質問を続けた。

「では、それぞれが描く日本の未来を語って下さい。」

鷹内首相はためらわずに静かに答えた。


「日本にとって、

 平和とは敗戦後の82年という時間です。

 戦争を経験しない世代が増え、

 それでもなお戦火を起こさず、

 今日まで歩み続けてきた時間そのものが、

 私たちの築いてきた平和だと考えています。


 しかし私は、その平和が偶然続いてきたとは考えていません。


 外交がありました。

 経済発展がありました。

 そして日米同盟をはじめとする安全保障体制がありました。


 平和とは、願うだけで得られるものではありません。

 そのためには、守る意思と、

 守る仕組みがあって初めて維持されるものです。


 その先にある未来とは、

 人と人とが結び付き、

 国と国とが手を携え、

 互いを知り、互いを支え合いながら、

 豊かな社会と豊穣たる国家を築き上げていくことです。


 そのために日本は、経済力、技術力、外交力を磨き続け、

 専守防衛の理念のもとで

 自国と地域の安定に責任を果たしていかなければなりません。

 私は、これこそが平和国家としての日本の役割だと考えています」


そして、中田氏はおもむろに口を開いた。


「私が考える平和という未来には、

 核兵器が廃絶され、戦争のない世界があります。

 それは被爆者としての願いであり、

 同時に、亡くなっていった仲間たちとの約束でもあります。

 

 多くの人々が、戦争によって、

 未来を生きることなく命を奪われました。

 結婚し、家庭を築き、子どもや孫の成長を見守るはずだった人生です。

 その失われた未来を取り戻すことはできません。

 だからこそ私たちは、

 二度と同じ悲劇を繰り返してはならないと訴え続けているのです。


 彼らが見ることのできなかった未来を、

 これから生きる人たちが、平和の中で歩んでいく。

 それこそが私たちの願いです。

 そして、亡くなった仲間たちに報いることのできる、

 唯一の道だと私は信じています。

 きっとその未来には、

 子供たちの笑顔があり、家族の団らんがあり、

 何気ない日常があります。

 朝になれば学校へ行き、仕事へ向かい、家に帰れば大切な人がいる。


 そんな当たり前の日々が続いていく。

 私は、その当たり前こそが、平和なのだと思っています」



——中略


二人は共に「平和」という言葉を語った。

しかし、その言葉へ至る視点は異なっていた。


中田照臣氏が見つめていたのは、広島と長崎の記憶である。

核兵器によって奪われた命。

失われた未来。

そして二度と同じ過ちを繰り返してはならないという、

被爆者たちの願いだった。


一方、鷹内首相が見つめていたのは、

不安定さを増す現在の国際社会である。

国家間競争。

軍事的緊張。

価値観の対立。

そうした現実を前提としながら、

制度や国際協力によって平和を維持しようとしていた。


一人は失われた未来への祈りとして平和を語り、

一人は未来を守るための構想として平和を語る。


求める世界は同じはずだった。

戦争のない世界。

人々が安心して暮らせる社会。

そして、次の世代へ希望を繋ぐ未来である。


だが、その未来へ至る方法論は決して同じではなかった。

理想と現実。

平和とは、その二つの間で揺れ続ける問いなのかもしれない。


今回の対談を通じて、鷹内首相が目指す平和構想の方向性は、

その一端を垣間見ることができた。

新たなFOIPを中心に据え、

国家間の連携を深めることで、

対立ではなく協調による秩序を築こうとする考え方である。

しかし、それをどのような手順で実現していくのか。

その具体像は、まだ輪郭の中にあるようにも見えた。

理想を掲げることと、それを実現することは同じではない。

今後、その構想がどのような形を成すのか。

引き続き注目していきたい。


一方で、核兵器のない世界という理想もまた、

核保有国が存在し続ける現実の中で、

容易に答えを見いだせるものではなかった。


理念は示されている。

しかし、そこへ至る道筋は未だ遠い。


だからこそ今、

日本という国家が何を目指すのか。


何を守り、何を譲らず、

どのような未来を選び取ろうとしているのか。

その理念こそが、

平和構想の出発点であり、

これからの議論が向かうべき方向を示すのではないだろうか。


しかし、世界はこの対談を待つことなく動き続けていた。

この対談で語られた問いは、その後すぐ現実によって試されることになる。

国際社会は、まもなく新たな衝撃に直面する。

米中のにらみ合いは続き、

核兵器が再び現実の選択肢として語られ始めていた。

冷戦終結から数十年。

人類は再び、核抑止と平和の狭間に立たされようとしている。

さらに揺れ動く世界の安全保障環境に、日本はどう向き合うべきなのか。


そして私たちは、

その未来においても、平和を守り続けることができるのだろうか。


——比嘉世幸

=======



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そんな西日本通信社の特別コラムは、

掲載後、静かな反響を呼んでいた。


アメリカへ向かう飛行機に座り、窓の外を見る。

その先には、夜の雲海が広がっていた。

機内灯は落とされ、仲間たちの多くは眠りについていた。


コラムが掲載される日に合わせたわけではないが、

その男は眠ることなく、その記事を何度も読み返していた。


そして、ゆっくりと隣の座席へ視線を移した。

そこには一冊の本が置かれていた。

コラムには載せられなかった、もうひとつの平和構想。


その男は静かに本を手に取る。

表紙に記された文字を見つめた。


『国家再編計画書』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



日頃よりご愛読いただき、心から感謝しております。

当面のあいだ更新が不定期となりますこと、何卒ご容赦ください。

今後ともよろしくお願い申し上げます。


※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、

特定の組織や個人を批判する意図はありません。

また本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、

国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして

構成されています。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)


※ 本作は物語の進行にあわせて加筆・修正を行う場合があります。

大きな変更については適宜お知らせいたしますが、

主に文章表現やニュアンスの調整を目的とした軽微なものです。。


※ 本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)を活用しています。

物語の構想・内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助として利用しています。

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