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47 踏みとどめたもの

第6章 浮かび上がる輪郭  第47話 踏みとどめたもの


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


祥平とななせが、

束の間の穏やかな時間を過ごしているその頃——

世間は、

あるひとつの発表によって騒然としていた。


「日韓海上安全協定」


鷹内首相とイ・ジェファン大統領は、

混乱が広がる海上輸送の中で、

極東——大陸最東端へと続く物流網を、

いかに維持するかを模索していたという。


また日本政府は、

フィリピンやシンガポールをはじめとするASEAN諸国へも働きかけ、

FOIP(自由で開かれたインド・太平洋)構想の重要性を訴えていた。


「我々は、力や威圧ではなく、

 自由、法の支配、そして市場経済を基盤とする、

 秩序ある社会を築いてきました。

 この尊い価値観と、

 我々の歩んできた文化と歴史を、

 決して絶やしてはなりません。


 しかし今、世界経済の足元は大きく揺らいでいます。

 各国固有の事情や対立によって、

 従来の国際秩序は、徐々に機能不全に陥りつつある。


 世界は今、“分断”と“ブロック化”とという、

 新たな試練の時代を迎えているのです。


 だからこそ——


 我々は、各国がそれぞれの独創性と自律性を保ちながらも、

 より強固な連携を築かなければならない。


 新たな安全保障と経済基盤を構築すること。

 それこそが、

 複雑化する世界情勢の中で、

 我々の未来を守る道なのです。

 もはや、安全保障と経済は、

 切り離して語れる時代ではありません」


そう鷹内首相は、

東南アジア諸国への外遊先で訴えた。

かつて、故・田部晋二元総理が提唱したFOIPは、

いま再び、現実的な秩序として注目され始めていた。


一方、イ・ジェファン大統領も、

慎重に言葉を選びながら国際社会へ訴える。


「我々は、軍事的対立を望んでいるわけではありません。


 むしろ、平和のもとにこそ経済は発展する。

 しかし現在の海上輸送の不安定化は、

 韓国経済そのものに直結しています


 それは、各国も同じ状況にあるはずです。

 手と手を取り合い、歩み寄る姿勢——


 それこそが、新たなアジア経済共同体への第一歩となるでしょう」


だが——


その必要性が叫ばれる一方で、

各国の思惑は複雑に交錯し、

足並みを完全に揃えることはできなかった。


それでも日韓両政府は、

韓国民間船舶への日本港湾使用許可、

緊急時の一時停泊支援、

そして海上保安庁による航行情報共有などを盛り込んだ

新たな海上安全協力を取りまとめた。


それが、此度発表された「日韓海上安全協定」だった。


軍事同盟でもなければ、共同防衛条約でもない。

だが、台湾近海から東シナ海に及ぶ、中国海軍の度重なる軍事演習は、

韓国民間船舶の航路を奪うという、狡猾な脅威に姿を変えていた。

この協定は、物流を維持するための極めて実効的な安全保障だったのである。

韓国向け物流網を安定化させることは、

巡り巡って、日本を含む関連諸国への物資供給維持することにも繋がっていく。


さらに——


この発表は、もうひとつの効果を生んでいた。

アメリカが第七艦隊を東シナ海へ強硬展開させるという、ポーカー大統領の構想。

それを、ひとまず踏みとどまらせたのである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


実は、この「日韓海上安全協定」が発表される少し前——


西日本通信社の比嘉世幸が、

鷹内首相へ、ある取材を申し込んでいた。


ただし、その形式は少し変わっていた。


比嘉は、“昨今の世界情勢と平和”をテーマに、

日本被団協の中田照臣との対談を企画したのだ。

会場となった帝都ホテル会議室で、

向かい合う二人を前に、比嘉は切り出した。


「まずは、“平和”について語っていただきたいんです」


その言葉に、鷹内はわずかに苦笑する。

中田は、変わらず静かな姿勢のまま、ただ聞いていた。

二人を囲むように、西日本通信社のカメラが並び、

赤い録画ランプだけが、その場を見守るように灯っていた。


“平和”——

その抽象的な概念は、立場によってまるで異なる輪郭を持つ。


これまで被団協は、

政府関係者に対して、

核兵器廃絶と核戦争被害の補償を訴え続けてきた。

だが日本政府は、アメリカに対して毅然とした態度を取れず、

また、自らの戦争加害責任についても、明確に認めることはなかった。

核兵器禁止条約へのオブザーバー参加要請に対しても、

返ってくる言葉は、決まって「安全保障」という言葉だった。

理想だけで国家は守れない。

現実には、抑止力が必要なのだと。

中田たちは、そうした噛み合わない説明を、幾度となく聞かされ続けてきた。


だからこそ——

現職の首相が、たとえ対談形式であっても、

自国の安全保障論を真正面から語ろうとすること自体、

異例中の異例だった。


だが比嘉は、先日行われた

“広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式”における

鷹内首相の言葉に、これまでとは違う何かを感じ取っていた。


「しかし、いかなる国であっても、

 いかなる大義を掲げようとも、

 力によって正しさを証明しようとすることは、

 力による現状変更と本質的に変わりません」


そして——


「引かない。

 だが、争わない」


そうした言葉には、単なる理想論ではない響きがあった。

現実を見据えながら、なお平和を選ぼうとする意志。

比嘉には、そう聞こえていた。

だからこそ彼は、鷹内が見ている“平和”と、

その先にある未来を、直接聞いてみたかった。

そうした比嘉の強い希望もあり、この異例の対談は実現した。


対談の冒頭では、

首相からの被団協へのこれまでの歩みを労う言葉に加え、

ノーベル平和賞受賞への祝辞などが述べられた。


鷹内首相は、

「防衛力と外交力の強化」こそが平和を維持すると語り、

一方の中田も、

「核兵器の廃絶によって、再び被爆者を生み出さないこと」

それこそが平和への第一歩だと話した。


比嘉が問いかけ、ふたりが答える。

それは対談というより、互いの立場を示し合う時間に近かった。

政府による首相面会と、さほど大きな違いはなかったかもしれない。


ただ対談が進んでいく中、

鷹内首相が、進化したFOIPに対しての考えを話している時、

中田は、しばらく黙ったまま、その言葉に耳を傾けていた。


自由。

法の支配。

自律的連携。

そして、“争わずに守る”という思想。

そこには、単なる外交戦略とは異なる何かがあった。

もっと別の——

国家そのものの在り方を語る思想。


その瞬間、中田の中に、どこか奇妙な既視感が浮かび上がる。


鷹内の話が終わると、比嘉が別の質問を投げかけた。

だが中田は、その質問には答えず、ぽつりと呟いた。


「……先ほどの鷹内首相が示すFOIPですが」


中田は朧げな記憶を探るように、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「以前、どこかで読んだ本と、考え方が似ているんです」


比嘉が顔を上げた。


「どんな本でしょうか?

 確か、広島平和祈念式の時にも似た話を…… 」


「平和国家ではなく——

 “平和を宣誓する国家”といった内容でした」


一瞬だけ沈黙が落ちる。

比嘉はメモを取る手を止めた。

平和国家ではなく、“平和を宣誓する国家”——

このふたつの違いが何を意味するのか、比嘉には分からなかった。

ただ、聞き慣れない、その言葉だけは、妙に耳に残った。


「正直なところ、

 最初は突拍子もないと思いました」


中田は苦笑した。


「ですがね……

 核兵器をなくしましょう。

 平和を守りましょう。

 それだけでは駄目なのだと。

 そういったことが書いてあったんです」


鷹内がわずかに視線を向ける。

比嘉もまた、静かに視線を止めていた。


「タイトルは?」


中田は、少し考えるように目を閉じ宙を仰いだ。


「……思い出せません。

 革命的なタイトルでしたから、

 あまり気に留めず、

 内容だけ流し読みしたんです。


 ただ……

 妙に印象に残っていて」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そんな対談の内容が、

新聞コラムとして掲載されるのは、

まだ少し先のことだった。


しかし——


「日韓海上安全協定」の発表によって、

アメリカ海軍第七艦隊による、東シナ海への強硬展開構想は、

ひとまず抑制されることになる。


加えて、中国海軍もまた、

それまで続けていた大規模演習を縮小していた。

日韓海上安全協定——

中国海軍の演習縮小——

それらが相互にどう関連しているのかは分からない。

だが少なくとも、東シナ海を巡る緊張は、

一触即発といった軍事的衝突へ向かう流れは、いくぶん薄らいでいた。


その変化を、チャトもまた観測していた。


たが一方で——

国内では、様々な憶測が飛び交っていた。


なぜ、鷹内首相は韓国との協定締結へ踏み切ったのか。

依然として国内には、韓国へ手を差し伸べること自体に、

強い反発を抱く勢力も存在している。

そうした層に向けるかのように、

一部の政治番組では、自由党が極秘裏に、

韓国側へ何らかの政治的見返りを約束したのではないか——

そんな根拠の乏しい憶測までもが、もっともらしく語られていた。


さらに、最大の関心は別にあった。

鷹内首相が、事前にポーカー大統領と電話会談を行っていたこと。

そして、この協定締結そのものが、

アメリカを踏み留まらせるために提示した

“条件”だったのではないか——


そうした見解まで広がり始めていた。


だが、アメリカが、このまま中国に対して何もしないとは、

誰も考えていない。


問題は、いつまで押し留めておけるのか。

その“期限”だった。


こうした一連の展開が、

果たして偶然の積み重ねによるものなのか。

あるいは——

何かによって、必然的に導かれたものなのか。

それを解き明かす術を、まだ誰も手にしていなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



日頃よりご愛読いただき、心から感謝しております。

当面のあいだ更新が不定期となりますこと、何卒ご容赦ください。

今後ともよろしくお願い申し上げます。


※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、

特定の組織や個人を批判する意図はありません。

また本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、

国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして

構成されています。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)


※ 本作は物語の進行にあわせて加筆・修正を行う場合があります。

大きな変更については適宜お知らせいたしますが、

主に文章表現やニュアンスの調整を目的とした軽微なものです。。


※ 本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)を活用しています。

物語の構想・内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助として利用しています。

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