第三話 ドラム
ニナが22歳になった年、ケルドの組合は「減衰院」を建てた。
診療所の隣に建てられた木造の平屋で、椅子が四つと、待合の長椅子と、壁一面の帳面棚がある。棚の帳面には、坑夫400人分の累計ドラム数が記録されていた。
順番は、限界までの残余量が少ない者から決めた。40歳で3,800ドラムの者が最優先、20歳で800ドラムの者は後回し。ニナが決めた規則ではなく、組合が投票で決めた規則だった。若い坑夫が反対しなかったのは、自分もいずれ上位に来ると分かっていたからだ。
ニナは弟子を探した。【減衰】の判定を受けた者は、王国全体で年に数人しか出ない。無能技能とされているため、記録は各地の教会に埋もれている。組合が金を出して、3年かけて6人を集めた。
6人のうち、実際に澱を抜けたのは4人だった。残る2人の【減衰】は、出力を落とすだけで、澱に触れられなかった。同じ技能名でも中身が違う、ということが分かった。
抜けなかった2人のうち1人は、リディアという24の女だった。彼女は3か月、毎日坑夫の腕に手を置き続けた。粘りの感触が「ある気がする」と言い、ニナが同じ坑夫を測ると、リディアが触れる前と後で数値が動いていなかった。
4か月目に、ニナは彼女に告げた。
「あなたには取れません」
「もう少しやれば」
「3か月やって、1ドラムも動いていません。私が最初に触ったときは、3分で4ドラム抜けました」ニナは帳面を開いて見せた。「才能の話をしています。努力の話ではありません」
リディアは帳面を見て、それから言った。
「あんた、王都でそれを言われた側じゃないの」
「はい」ニナは言った。「言われました。そして、あのときの数字は正しかったんです。私は本当に、隊の出力を12パーセント下げていました」
リディアは減衰院を出て、組合の記帳係になった。3年後、彼女は坑夫400人分の累計ドラム管理表を作り直し、順番待ちの誤差を大幅に減らした。ニナの手作業では月に一度しか更新できなかったものが、10日ごとになった。
4人。ニナと合わせて5人。年間で200人分。
400人のうちの200人。
「半分だ」ハウザーは言った。
彼はその冬、心臓で死んだ。診療所の椅子に座ったまま、朝に見つかった。膝の上に帳面が開いてあり、その日の午後に診るはずだった坑夫の名前に、印がついていた。
魔脈は最後まできれいだった。彼は魔術を使えない体質だったからだ。30年、澱を測り続けた男は、一度も澱を持たなかった。
ニナは彼の腕に手を置いた。何も引っかからなかった。水を触っているのと同じだった。
彼女は手を離して、その日の午後の診察を予定通り行った。
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同じ年、王都では第三魔術団が4年連続で予算を伸ばしていた。
平均出力は5年前より31パーセント高い。討伐案件の請求額は第一を抜き、王国最大の魔術部隊になった。掲示板には、団員の平均年俸が銀貨42枚に上がったことが貼り出されていた。
ユリウス・カーレンが倒れたのは、その年の秋だった。30歳になっていた。
北方街道の大型案件だった。彼は自分の得意な貫通術を組んだ。200回以上撃ってきた術式で、失敗したことは一度もなかった。
その日、術式は指先から出なかった。体内で反転した。魔脈が閉じかけた脈に、彼は最大出力を流し込んでいた。
右腕を肩から失った。腕だけで済んだのは、隣にいたセシリアが魔脈を遮断したからだった。遮断が遅れていれば、反転した術式は肩から胸へ抜けていた。
医務室で、ユリウスは何度も同じことを言った。
「痛くなかったんだ」
「知ってる」
「昨日も、1昨日も、どこも痛くなかった。今朝もだ」ユリウスは天井を見ていた。「痛かったら、撃たなかった」
セシリアはその言葉を3日間聞いた。4日目の朝、医務室を出たあと、彼女は誰もいない訓練場に行って、自分の右手をかざした。
指先まで魔素が来なかった。手首で止まった。もう一度やった。同じところで止まった。
32歳だった。彼女は王立魔導院で検査を受けた。魔脈導通率、94パーセント。標準値は90以上。医師は数値表を見て、異常なしと言った。過労だろうと言った。3か月休養すれば戻ると。
「導通率の測り方は」
「魔脈の断面積に対する、通過可能な面積の比です」
「中身は測らないんですか」
「中身、とは」
セシリアは答えなかった。答えられる言葉を持っていなかった。彼女が持っていたのは、5年前に自分が「実はみんなを守っていましたって紙を出す」と呼んだ、4枚の報告書の記憶だけだった。
3か月休んで、彼女は戻らなかった。半年目に、彼女は退団届を出した。理由の欄は空白のまま提出した。
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レオンハルト・ダールが団の記録庫に入ったのは、その冬だった。
彼は5年分の運用記録を全部出させた。案件ごとの出力、術士ごとの使用回数、負傷記録。それを年齢別に並べ直した。
30代後半の団員の負傷率が、20代の4倍あった。負傷の内訳を見ると、敵による負傷は増えていない。増えているのは自分の術式による負傷だった。
彼は日が暮れるまで、その表を見ていた。それから、保留案件の綴りを出させた。
4枚の報告書は、5年前の日付のまま、綴りの37番目にあった。
『ユリウス・カーレン主席術士、24歳。段階9。当団最高値』
レオンハルトは、自分が書いた回答書も読んだ。
『再現性の確認ができない以上、これを人事および運用の判断材料とすることはできない』
彼はその文章に誤りを見つけられなかった。当時の測定機器では検出できなかった。標準検査法でも出なかった。主観的感触以外の根拠はなかった。予算は出力で決まり、出力が2割減れば41人を養えなかった。
全部、正しかった。
彼は綴りを閉じて、席を立った。
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その頃、ニナは減衰院の帳面に新しい欄を作っていた。
坑夫ではない依頼が来るようになったからだ。北方領の魔術士、隊商の護衛術士、街道の治癒師。ケルドの噂は、王都には届かなかったが、北の実務者のあいだには5年で広がっていた。
外部からの依頼は、坑夫の順番を圧迫する。組合は会議を3回開いて、外部枠を年間40施術に限ることと、外部依頼の料金を坑夫の8倍に設定することを決めた。8倍の理由は、その差額で減衰術士をもう1人育てられるからだった。
ニナは料金表に自分で数字を書き入れた。
『施術1回 銀貨25枚(組合員 銀貨3枚)』
書きながら、彼女は自分の年俸が銀貨18枚だったことを思い出した。年に18枚。今は1回で25枚。
彼女はその感情に名前をつけなかった。つけると仕事が雑になる気がした。
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