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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第9話:妹いじめの現場

リオネル様の家の茶会に、私は「妹君の行儀の指南役」として同席した。依頼人の手引きだ。


妹君は十四歳。兄と同じ、正直すぎる目をした少女だった。挨拶の稽古を三日つけただけで、私を「先生」と呼んで懐いてくれた。


その茶会に、ロザモンド嬢が来た。左手には、緑柱石の指輪。


「まあ、可愛らしいお席。わたくし、この家の空気が本当に好き」


完璧な微笑。完璧な手土産。完璧な、婚約者殿だった。


最初の「うっかり」は、刺繍だった。妹君が習作の刺繍枠を見せると、ロザモンド嬢は目を細めて言った。


「まあ、お上手。……懐かしいわ。わたくしが七つの頃に、ちょうど同じ図案を刺しましたの」


褒め言葉の形をした、頬への平手だった。妹君の耳が赤くなる。リオネル様は気づかない。それどころか「ロザモンド嬢は刺繍もお得意なんだ」と、嬉しそうに頷いてさえいる。殿方には、この種の針は見えない。針は必ず、褒め言葉の綿にくるんで刺すからだ。


二つ目は、お茶だった。茶器を回す指が、ほんの少し傾いて、数滴が妹君の袖に散った。


「ごめんなさい、わたくしったら。……ああ、でもよかった、洗える生地で」


洗える生地、の一言で、妹君の一張羅は「安物」になった。給仕が拭く間も、彼女は完璧に済まなそうな顔をしていた。


三つ目は、庭の飛び石で起きた。


よろけた妹君を、ロザモンド嬢がすかさず支えた。誰の目にも、優しい義姉の図に見えたはずだ。私の立ち位置からだけ、袖の下の手の甲に、筋が浮くのが見えた。


爪を、立てている。


妹君の顔から血の気が引き、それでも兄の手前、笑おうとしていた。


——観察記録。ロザモンド嬢。本日の「うっかり」三件、すべて妹君の側で発生。支えた手、袖の下で爪。妹君の手首、袖口の奥に三日月形の痕。新しいものと、古いもの。


古いもの。つまり、今日が初めてではない。


仕上げは、扇だった。帰り際、ロザモンド嬢の扇が床に落ちて、骨が折れた。


「あ……ごめんなさい、わたし、ぶつかって——」


妹君が青くなって謝る。ぶつかっていないのに、謝る。この順番が、もう躾けられている。


「いいのよ。古いものですもの」


ロザモンド嬢は完璧に許した。自分で落として、自分で許す。被害者の座は、一度も明け渡さない。


「ロザモンド嬢は、本当にお優しい」リオネル様が言い、妹君がまた「ごめんなさい」と言った。許した側だけが微笑んでいる図が、完成した。


折れ口は、見えた。古い折れだ。あらかじめ折れていた扇を、今日、折れたことにした。


*


茶会の後、妹君を部屋まで送ると、少女は廊下の途中で立ち止まった。


「先生。……わたし、おかしいのでしょうか。皆さま、あの方を素敵と仰るのに。お兄様も、あんなに嬉しそうなのに」


「おかしくありません。あなたの目は、正しい」


妹君の目に、涙の膜が張った。私は扇を開いた。開かないと、もらいそうだったからだ。


「でも……お兄様がお幸せなら、わたしが我慢すれば、それで」


十四歳に、この台詞を言わせる。それがあの方の「完璧」の中身だった。


*


茶会の顛末は、その日のうちに文でリオネル様へ報告してあった。その晩、当のリオネル様が事務所に来た。顔色で、用件は分かった。


雨も降っていないのに、傘を持っている。持ち物を間違えるほど、考え込んで歩いてきた人の手だった。


「調査を……終わりにしていただけませんか」


「理由を、うかがっても」


「扇の件は、妹の粗相かもしれない。手首の痕も、証拠と言えるほどのものじゃない。騒げば、妹が『義姉を陥れた娘』にされます。それに……結婚してしまえば、家族になれば、あの方も角が取れるかも、しれない」


「取れません」


私は、綴りを閉じて彼を見た。


「リオネル様。あの方の帳簿の話をしましたね。盾、槌、杖。あなたは『盾』です。角が取れるのは、搾り終わった時だけです」


「ですが……!」


「妹君は今日、私に言いました。『わたしが我慢すれば』と。十四歳が、です。あなたが情で目を瞑るたび、妹君は我慢の桁を一つ増やします」


「僕は……」リオネル様の声が、掠れた。「僕は、あの方に好かれていると、思っていました。生まれて初めて、誰かに選ばれたと」


「好かれています。帳簿の上では、一番丁寧に」


残酷な言い方だと、自分でも思う。けれど半端な毒消しは、毒より性質が悪い。


リオネル様の手が、膝の上で拳になった。私は、最後の一つを静かに置いた。


「情で目を瞑れば、十年後に泣くのは貴方です。貴方と、妹君と——貴方の家に生まれてくる、お子たちです」


長い、長い沈黙のあと、リオネル様は頭を下げた。


「……最後まで、調べてください」


「承りました」


顔を上げた依頼人に、私は一つだけ、ずっと引っかかっていた問いを向けた。


「一つうかがいます。この縁談、そもそも、どなたのお口添えで?」


「え? ……父宛てに、紹介状が届いたのです。とても立派な筋からの。確か、まだ書斎にあるはず——」


紹介状。


毒を運んだ器が、まだ残っている。


お読みいただきありがとうございます! 書いていて一番腹の立つ回でした。褒め言葉の形をした平手と、十四歳の「わたしが我慢すれば」。


次回「紹介状の出所は、ブライア侯爵家」。毒を運んだ器の封蝋に、コーデリアは因縁の紋を見ます。


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