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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第10話:紹介状の出所は、ブライア侯爵家

紹介状は、翌日、リオネル様の手で事務所に届いた。


上質な紙。整った手蹟。文面は簡潔で、ロザモンド伯爵令嬢を「家格・器量ともに申し分なき良縁の候補」として、子爵家に推す内容だった。


私は署名を読み、それから、綴じ目の封蝋を見た。


薔薇と、剣の紋。


一度、二度、三度見た。見間違いようがなかった。二十一年、嫌というほど見てきた紋だ。


「……ブライア侯爵家」


私の、元婚約者の家。


「ブライアって」ジェミマが階段の手すりから身を乗り出した。「あんたの、あの……」


「ええ。あのカルヴィン様のご実家です」


声は、思ったより平らに出た。平らに出たことに、自分で少し驚いた。


「……お嬢さん。手が止まってるよ」


「止めていません。数えているだけです」


エスメはそれ以上何も言わず、私の手元の封蝋を、長いこと見ていた。何かを言いかけて、やめた口の形だけが残った。


——観察記録。紹介状。紙は最上等、封蝋は侯爵家の正式紋。署名は侯爵本人。ただし文面の手蹟は署名と別人。代筆。それも、書き慣れた者の字。


侯爵家が、ロザモンド嬢をリオネル様の家に売り込んだ。毒を運んだ器に、私の因縁の家の紋が押してある。


偶然かもしれない。けれど帳尻を数える者として、同じ家が二度、私の前に出てきたら——印をつけるのが、母の教えだった。


「ねえ」ジェミマが階段を滑り降りてきた。「これってさ。あんたを捨てた家が、今度はあんたの依頼人に毒を売りつけたってこと?」


「順番が逆でなければ、そうなります」


「順番って?」


「毒を売る家になったから、私を捨てたのか。私を捨てたから、毒を売る家になったのか」私は紹介状を綴りに挟んだ。「どちらにせよ、確かめる場所は同じです」


*


翌日、私は貴族院の縁談記録所に潜った。監査室の嘱託の身分票は、書庫の扉をよく開けてくれる。


黴と埃の匂いの中で、調べたのは、ブライア侯爵家の名が絡む縁談の記録。


あった。この二年で、侯爵家の紹介状つきの縁談が、八件。


八件。多すぎる。侯爵家は縁結びの神殿ではない。しかも取り合わせに、妙な癖があった。片方は家格のある家、もう片方は金のある家。家格を金に換える組み合わせばかりが、きれいに並んでいる。


「紹介状が、売り物になっている……」


傾いた家が、最後に売るもの。それは家名だ。ブライア侯爵家は、紹介料で家計の穴を埋めている。マーゴット様のドレスの貸し札が、頭の隅で音を立てた。


八件のうち、ロザモンド嬢の一件は、もう毒と分かっている。では残りの七件は? 私は写しを取りながら、依頼もされていない七つの縁談の行く末を、勝手に案じている自分に気づいた。職業病というものらしい。


そしてもう一つ。八件の紹介状の写しは、どれも文面が似ていた。似ているどころではない。言葉の順番まで、同じ雛形から起こした文だった。


整いすぎた文。誰かに書いてもらった、台本のような。


——私はこの匂いを、知っている。


あの夜の、婚約破棄の口上と同じ匂いだ。


侯爵家の背中に、誰かいる。紹介する相手の名簿を渡し、文面の雛形を渡し、紹介料で家を釣っている誰かが。


*


記録所を出た石段の下で、聞き覚えのある声がした。


「ですから、ドレスくらいで、けちけちなさらないでと申し上げてますの! 侯爵家の恥ですわよ!」


「その侯爵家の名で、いつまで買い物をする気だと聞いている……!」


貴族街の通りに停まった馬車の脇で、栗色の巻き毛の令嬢と、金髪の青年が言い争っていた。


マーゴット様と——カルヴィン。


私は柱の陰に入りそこねた。カルヴィンが、先にこちらに気づいたからだ。


——観察記録。カルヴィン・ブライア。頬がこけた。上着は昨年の仕立てのまま。手袋は指の股が擦り切れている。婚約破棄の夜に勝ち誇りそこねていた顔から、勝ち誇りの練習の跡だけが消えた。


「……コーデリア」


季節がひとつ変わっただけなのに、ずいぶん古い名前を呼ばれた気がした。


マーゴット様が私に気づき、扇を口元に当てて笑おうとした。仕立て屋で見せた、あの笑い方だ。けれどカルヴィンが片手でそれを遮った。遮られたマーゴット様の顔が、笑いの形のまま強張った。


「カルヴィン様? ちょっと、なんですの、その女——」


「先に馬車へ」


「は?」


「先に、馬車へ」


マーゴット様は私とカルヴィンを二度見比べ、それから扇を鳴らして馬車に消えた。真実の愛というものは、季節ひとつで、ずいぶん風通しが良くなるものらしい。


カルヴィンは石段を二つ上って、私の前に立った。


昔の癖で、口を開く前に咳払いを一つ。言葉の順番を、頭の中で並べ直している顔。私はその間に、彼の靴を見た。踵が、外側だけ減っている。長く歩いた靴だ。侯爵家の馬車は、もう気軽には使えないらしい。


「コーデリア。……話がある」


嘘の匂いは、しなかった。


それが一番、厄介だった。


お読みいただきありがとうございます! 毒の令嬢をリオネル家に売り込んだのは、まさかの元婚約者の家。そして当のカルヴィンが「話がある」と——。


次回「毒の令嬢の化けの皮」。その前に、まずは仕事の片付けから。一族会議の場で、断罪です。


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