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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第11話:毒の令嬢の化けの皮

「話は、うかがいます。三日後、ハトリー事務所で。……今は、仕事中ですので」


石段の上でそれだけ告げて、私はカルヴィンの返事を待たずに歩き出した。元婚約者の話より先に、片付けるべき毒がある。


*


三日後の断罪の場は、夜会ではなかった。


リオネル様の家の広間。集められたのは、子爵である父君と、親族の方々。表向きの名目は「結納の日取りの相談」。ロザモンド嬢は緑柱石の指輪を着け、完璧な微笑で上座近くに座っていた。


「本日は、日取りの前に、ご報告が一つございます」


子爵が私を示した。


「王家縁談監査室嘱託、ならびにハトリー縁談調査事務所の調査人です」


広間がざわめいた。ロザモンド嬢の扇が、半拍だけ止まった。私はその半拍を、帳面の最後の頁に足した。


「調査報告を申し上げます。対象、ロザモンド伯爵令嬢。依頼人、リオネル子爵子息」


私は綴りを開いた。


「一つ。対象は現在、三件の婚約または婚約の内約を、並行しておいでです。当家のリオネル様。西部の鉱山男爵家のご嫡男。そして、後添いをお探しの御隠居の伯爵様」


「まあ……なんて根も葉もない」ロザモンド嬢は困ったように、リオネル様へ微笑みかけた。「リオネル様。わたくし、この方の仰ることが、なにひとつ」


リオネル様は、目を逸らさなかった。三日前までなら、逸らしていただろう。彼女の微笑が、初めて空を切った。


「二つ。三家からの贈答の品は、受領ののち日を置かず、下町の質屋で現金化されています。質屋の台帳の写しがこちら。持ち込みは対象の侍女。品の刻印は、三家それぞれのもの」


「三つ。対象は三人の殿方を、記号で帳簿に管理しておいでです。盾、槌、杖。体面、金、遺産。写しがこちら。逢瀬の日取り、殿方ごとの好み、そして持参金と遺産の『見込み』の欄まで」


親族の手から手へ、写しが回る。どなたかが「盾……?」と呟き、写しの意味に気づいて、ロザモンド嬢を見た。広間中の目が、一斉に同じことをした。


見られる側に回った令嬢の微笑は、それでもまだ完璧だった。完璧なまま、目だけが出口を数え始めていた。


「四つ。本日お着けの指輪は緑柱石。リオネル様の贈り物です。ですがお手元の小物入れには、あと三つ。紅玉、真珠——それから、刻印のない真新しい指輪がひとつ。指輪は四つ、婚約者は三人。……四人目を、お探しでしたか」


「な……」


「五つ。妹君の手首に、三日月形の痕が複数。新旧あり。先日の茶会での『うっかり』三件は、指南役として同席した私自身が目撃し、記録しています」


私は綴りを閉じた。


「以上が調査の全てです。……最後に一つだけ、私の言葉を。——私は、嘘を見逃しません」


*


静寂のあと、ロザモンド嬢は——笑った。


低く、喉の奥で。それから顔を上げた時、別人がそこにいた。造作は同じなのに、微笑を支えていた何かが抜け落ちて、美貌が音もなく崩れていた。


「……ああ、興ざめ」


扇が、床に投げられた。


「家格だけの坊や。土くさい成金。棺桶に片足の御隠居。どれも一人では足りないのよ。結婚は投資よ? 数を張って、何が悪いの」


「ロザモンド嬢、あなたという人は……!」子爵が立ち上がる。


「妹? ああ、あの目ざとい小さいの」彼女はリオネル様に庇われた妹君を見て、艶やかに笑った。「ええ、躾けてさしあげたわ。先に家の中の目を潰すのは、基本ですもの」


リオネル様の顔から、迷いの最後の一片が消えた。


「お帰りはあちらです——と言いたいところですが」私は静かに言った。「貴族院に、婚約詐術の届けが出ます。お帰り先は、あなたの家ではありません」


ロザモンド嬢は裾を翻した。歩みは優雅なまま、まっすぐ扉へ。逃げる時まで完璧な人だった。


その扉の前に、赤毛の小柄な影が立っていた。


「お忘れ物」


ジェミマが、指先で何かをくるりと回した。路銀の巾着と——四つの指輪の小物入れ。いつの間にか、抜かれていた。


「あたしの指は嘘つかない。あんたの指輪は、全部嘘だけどね」


初めて、ロザモンド嬢が悲鳴のような声を上げた。従者たちが左右から彼女を取り押さえた。


連れ出される間際、彼女は一度だけ振り返った。そして乱れた微笑を、最後の一度だけ、完璧に戻した。


「コーデリア・レインズ様……お噂は、かねがね」


私は、扇の内で息を止めた。


この場で私は「監査室嘱託の調査人」としか名乗っていない。家名は、一度も。


「——白鳩の庭で、会いましょう」


毒の令嬢は、そう言い残して連れられていった。


*


「先生……ありがとう、ございます」


妹君が、初めて声を上げて泣いた。リオネル様は深々と頭を下げた。


「十年後に、泣かずに済みました」


私は扇を広げた。風が目に染みる季節だった。それだけだ。


広げた扇の陰で、私はさっきの言葉を数え直していた。名乗らなかった名前。白鳩の庭。


あの毒に、調合した薬師がいる。そして薬師は——こちらの名前を、もう知っている。


お読みいただきありがとうございます! 一族会議での断罪、化けの皮、剥がれました。ジェミマの指も決まりました。しかし毒の令嬢は、名乗っていないはずの名前を知っていて——。


次回「復縁のお願いですか。お断りします」。お待たせしました、元婚約者に引導を渡す回です。


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