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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第12話:復縁のお願いですか。お断りします

約束の日、カルヴィンは刻限より早く来た。


依頼人の座る椅子に、元婚約者が座っている。エスメは奥の机で帳簿をつけるふりをし、ジェミマは階段の中程に、猫のように陣取っていた。


「単刀直入に言う」カルヴィンは咳払いを一つした。「コーデリア。俺と……やり直す気は、ないか」


——観察記録。カルヴィン・ブライア。復縁の口上、およそ三分。婚約破棄の時と、同じ長さ。……進歩のない人。


口上の中身は、こうだった。マーゴットのことは間違いだった。父も「レインズの娘なら」と言っている。お前も、働きに出るような暮らしより侯爵家に戻る方がいいはずだ。傷物の評判も、俺が娶り直せば消える——。


「以上ですか」


「……ああ」


「では、せっかくですので、ご報告を差し上げます。日頃は前金制ですが、あなたには無料で」


私は、綴りを開いた。


「一つ。ブライア侯爵家の台所。利払いが、領地の実りを三年先まで食い潰しています。あなたの靴と手袋が、何よりの写しですが」


カルヴィンの肩が揺れた。


「二つ。マーゴット様がこの半年、夜会でお召しになったドレスは七着。七着とも、貸衣装です。裾裏の貸し札の写しがこちら。仕立て屋のつけは三軒で断られ、先月は耳飾りが質に入りました。真実の愛は、ずいぶんと物入りのご様子」


「なぜ、そんなことまで……」


「三つ。貴家は紹介状を商っておいでです。家名を金に換える商い。その紹介状の一通が、毒の令嬢を誠実なご一家に運びました。あなたの家の封蝋つきで」


私は綴りを閉じ、まっすぐに彼を見た。


「まとめます。あなたが欲しいのは私ではなく、レインズ家の持参金と、傾いた帳簿を無給で捌く家政婦です。——復縁のお願いですか。お断りします」


「こ、コーデリア。俺は本気で——」


「本気なのは、存じています。本気で、お金にお困りなのでしょう」


カルヴィンは、口を開けて、閉じた。あの夜、広間の真ん中で私がしたのと、同じ顔の順番だった。


*


「お帰りの前に、一つだけ答えていただきます」


立ち上がりかけた彼に、私は静かに言った。


「あの夜の口上。『社交をおろそかに』『真実の愛』『両家合意』——あの言葉の並びを、誰が書きましたか」


カルヴィンの顔から、色が落ちた。


「……なぜ、それを」


「暗記した文を思い出す時、人は目が斜め上に泳ぎます。あなたはあの晩、三度泳ぎました。あなたは取り繕いの下手な人ですが、あの口上だけは、出来が良すぎた」


長い沈黙のあと、彼は椅子に崩れるように座り直した。


「……白鳩会だ」


奥で、エスメの手が止まった。


「マーゴットと引き合わせたのも、あの仲人だ。破棄の……段取りも。『どなたも恥をかかない言い回しです』と、紙を渡された。婚約解消の後始末も、全部向こうが。親切な連中だと、思っていた……」


「あなたが頼んだのですか。それとも」


「……向こうから、来た。最初に声をかけてきたのは、向こうだ」


そこまで言って、カルヴィンは自分が何を白状したのか分からない顔をしていた。彼は駒だ。盤面を見たことのない駒。


私の婚約破棄には、台本があった。書いたのは白鳩会。ロザモンド嬢を運んだのも、白鳩会の紙。帳尻はまだ合わない——あの会が、何の得があって、うちの婚約を壊したのか。


その答えだけが、まだ数えられない。


「……お前は、変わったな」帰り際、カルヴィンはぽつりと言った。


「いいえ。あなたが、見ていなかっただけです」


扉が閉まると、ジェミマが階段から滑り降りてきた。


「〜〜っ、すっっきりした! ねえ今の聞いた? 『本気でお金にお困りなのでしょう』って!」


「ただ働きの報告書にしちゃ、上等な引導だったね」エスメも笑った。笑いながら、その目だけは、白鳩会の名の残った宙を見ていた。


*


その時、表に馬車の停まる音がした。黒塗り。見覚えのある、王家の紋章。


ギデオン様は、応接室に入るなり、卓に分厚い綴りを置いた。


「仕事だ。監査室の正式案件——王命だ」


「王命」


「陛下がついに、俺に妃を娶らせる気になった。候補の名簿が作られ、縁談が動き出す。そして王族の縁談は、すべて監査室の監査を通る」


私は綴りの表紙を見た。それから、ギデオン様の顔を見た。氷の監査卿は、世にも苦い顔をしていた。


「一つ、ご報告が先です。白鳩会の関与が、二件で確定しました。ロザモンド嬢の帳簿と——私自身の、婚約破棄の台本で」


「……帳簿の件は、事務所からの伝書で知っている。台本の件は、今初めて聞いた」ギデオン様は一拍置いて、静かに言った。「この依頼を渡した日、俺が『まだ言わない』と答えた三つ目。あれを言う日が、近くなった。だが、今日ではない。今日は——これだ」


「監査卿が自分の縁談を監査すれば、公正を疑われる。外の目が要る。……いいか、一度しか言わない」


彼は綴りを、私の前に押し出した。


「調査対象は、王弟ギデオン・ヴェルクレア。——俺の縁談を、君が調べろ」


私は依頼書を受け取って、気づいた。


いつもなら真っ先に始まるはずの観察の数え上げが——一つも、始まっていなかった。


お読みいただきありがとうございます! 元婚約者への引導、すっきりしていただけたでしょうか。そして白鳩会の影が、いよいよ濃くなってきました。


次の調査対象は、まさかの依頼主ご本人——王弟殿下自身の縁談。氷の監査卿の花嫁候補たちを、コーデリアが監査します。次回、王宮の縁談監査、開幕です!


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