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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第7話:ジェミマの古巣

ロザモンド嬢の身辺を洗い始めて、すぐに妙な筋が見つかった。


伯爵家の侍女が月に二度、お仕着せを脱いで下町に降りている。


「侍女の下町通いは、十のうち九つが主人の使いだよ」エスメが言った。「それも、表の玄関から出せない類のね」


というわけで、尾行になった。案内はジェミマ。下町はあの子の領分だ。


——観察記録。ジェミマ。本日の口数、平時の半分。二番橋を渡ってから、右手の路地を三度、見ないふりをした。見ないふりは、見ているのと同じ。


「ジェミマ。道を変えますか」


「……なんで」


「なんとなくです」


「変えない。仕事でしょ」


意地になった横顔のまま、ジェミマは足を速めた。私はそれ以上聞かなかった。聞かない代わりに、右手の路地の位置を、頭の帳面に控えた。


侍女は三番街の外れで、古い質屋の暖簾をくぐった。


「あそこの親父、目利きはいいけど口も堅い。正面から聞くだけ無駄」ジェミマはにっと笑った。「けど、台帳をつけてる小僧に貸しがある。ちょっと待ってな」


四半刻後、ジェミマは質草の台帳の中身を、飴玉一袋と引き換えに持って帰ってきた。正確には、頭の中に入れて帰ってきた。


「品と日付は全部覚えた。書くのは、あんたやって」


「……ジェミマ。今度、読み書きの続きをやりましょうね」


「うっ。……い、今は仕事の話でしょ!」


私が書き取った品書きは、こうだ。


この半年、あの侍女が持ち込んだ品。銀の櫛、青玉の襟留め、七宝の腕輪——どれも新品同然の、贈答の品ばかり。しかも売り急ぎもせず、相場より高く引き取らせている。慣れた売り方だった。


そして品々の刻印が、一種類ではなかった。


「この腕輪の紋……西の鉱山男爵家のものです。リオネル様の家の意匠ではない」


婚約者の贈り物を質に流し、別の家の紋の品も、同じように流している。つまりロザモンド嬢には、贈り物をくれる殿方が、リオネル様の他にもいる。


二股。それも、贈られた端から現金に換える手際の良さだった。


*


質屋を出たところで、声がかかった。


「よお。……ジェミィじゃねえか」


痩せた男だった。笑うと金歯が見えた。ジェミマが、石のように固まった。


「親方が捜してたぜぇ。足抜けの落とし前、まだ済んでねえだろうよ」


「行こ」ジェミマが私の袖を引いた。指が、震えていた。


「つれねえなあ。おい、そっちの女。あんたが今の飼い主か? ……ああ、聞いてるぜ。捨てられ令嬢の、調査ごっこだろ」


「あんたっ——」


沸騰しかけたジェミマを、私は扇で制した。それから男を、頭から爪先まで、一度だけ見た。


「あなた、左の靴だけ底を替えていますね。右足を庇う歩き方。四番街の人相書きの『右足を引く掏摸すり』は、手配が回ったままのはずです。……ここで騒いで衛兵を呼ぶと、困るのはどちらでしょう」


男の笑みが消えた。


「それから、うちは今、王宮のお仕事も承っております。この子に指一本でも触れたら、その筋から正式に、あなたの親方ごと調べます。仕事ですので、徹底的に」


「……けっ」男は唾を吐いて、背を向けた。「ジェミィ、てめえ、ずいぶん上等な飼い主を見つけたなあ」


足音が消えるまで、ジェミマは動かなかった。


*


帰り道、堀端でジェミマは石を三つ蹴った。三つ目が水に落ちるまで、私は黙って隣を歩いた。


「……六つの時から、あいつらの下で掏ってた。親方ってのは、掏摸の元締め。上がりを納めないと飯抜きでさ。逃げたのは三年前。エスメの財布を掏ろうとして、逆に腕を掴まれて——飯、食わされた」


「掏り損ねたのですか。あなたが」


「損ねてない! ……財布は抜いた。抜いたけど、あのばあさん、財布に紐つけてたの。引っ張られて、そのまま飯屋まで」


魚を釣るように、子どもを一人釣り上げたわけだ。あの所長らしい前金の払い方だと思った。


「それで、そのまま?」


「そのまま。変でしょ」


「変ではありません。逃げ足の速さも、拾われる運も、腕のうちです」


ジェミマはこちらを見て、それから急に、怒った顔になった。


「あんたこそ何なの。『調査ごっこ』とか言われて、なんで怒んないのよ」


「捨てられ令嬢は、事実ですから」


「〜〜っ、あんたのそういうとこ!」ジェミマは真っ赤になって叫んだ。「あんたが泣かないから、あたしが代わりに怒ってやってんの! 悪い!?」


私は、三つ数えた。数えないと、声が揺れそうだったからだ。


「……悪くありません。ありがとう」


「ふんだ」


ジェミマは私の半歩先を、わざと大股で歩いた。夕日で、耳まで赤いのが見えた。


*


その晩、事務所で台帳の写しを検めていて、手が止まった。


「エスメさん。刻印が——もう一種類あります」


銀の櫛の意匠は、鉱山男爵家のものでも、リオネル様の家のものでもない。古風な、由緒だけは立派な紋。三月前から、品と一緒に文も届いているらしい。


指輪を着け替える令嬢の、殿方の数。


二人では、なかった。


「……三人目が、いる」


お読みいただきありがとうございます! ジェミマの古巣と、代わりに怒ってくれる後輩の回でした。そして完璧な令嬢の婚約者は、二人どころか三人いるらしい。


次回「三股令嬢の完璧な帳簿」。証拠が掴めない焦りの先に、ジェミマの指が光ります。


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