第56話:グレーテルの証言
証言を集めていて、一つだけ足りないものがあった。
二日である。照会状が所長室に届いてから、係へ回されるまでの二日。その二日のあいだに何が動いたのか、それを見た人が要る。
エーベルトは、廊下から先を知らない。シュトルム殿は、金の側しか知らない。閣下は、うなずいただけだ。
「所長室に入れる者は、誰ですか」
「所長と、次席と、給仕」ニコラが答えた。「あと、掃除の人」
「掃除の方は」
「見ても、言わない。言ったら仕事がなくなる」
*
午後、宿へ戻ると、控えの束が一枚増えていた。王都の裁きの供述を、この国の様式に写し直したもの。ギデオン様の字である。……まだ受理される当てのない申し立ての添付書類を、この方は、受理される日の分まで整えておられる。
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その晩、グレーテルさんが物置で待っていた。
「わたくしでよければ」
「何のお話でしょう」
「所長室のことでございます」
私は、扇を止めた。「あなたは、大公家のお付きでいらっしゃる」
「はい。ですが、お嬢様のご縁談の届けは、侍女が持ってまいります」彼女は言った。「三年、月に一度は、所長室の前の控えの間で待っておりました」
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「控えの間は、扉が薄うございます」
グレーテルさんは、膝の上で手を組んだ。「聞こうと思って聞いたのではございません。ただ、待つほかにすることがございませんでしたので」
「何を、お聞きになりましたか」
「二日後に、と」
私は、控えの紙を開いた。
「所長さまが、いつもそうおっしゃいます。『二日後に、処理せよ』と。……それから、こうもおっしゃいます。『どちらが早いか、確かめてからだ』」
「どちらが、早いか」
「はい。……わたくしは長いこと、書類の処理の順番の話だと思っておりました」
彼女は顔を上げた。「先日、家令さまが更迭されて、両替商の話を伺って——それで、分かりました」
どちらが早いか。金を持ってくるのが早いか。順番が回ってくるのが早いか。
*
「一度だけ、名前を聞いております」
「どなたの」
「ヴィルデ男爵さま。所長さまが、給仕の方に『男爵をお通しするな、裏へ回せ』とおっしゃいました。……三年前の、冬でございます」
「日にちは、覚えておいでですか」
「お嬢様のお誕生日の翌日でしたので、十一月十四日でございます」
私は、ヴィルデ男爵の帳面の写しをめくった。三年前、十一月十四日。礼、金貨二百枚。受取人の頭文字、『シ』。
——観察記録。証言と帳面、一致。
*
「グレーテルさん」
「はい」
「明日、婚礼の場で、いまのお話をしていただけますか」
彼女の指が、白くなった。「……わたくしは、侍女でございます」
「はい」
「侍女の言うことなど、どなたも」
「聞きます」私は言った。「私が、聞かせます」
グレーテルさんは、しばらく黙っていた。それから、たいそう小さな声で言った。
「首になりましょうか」
「なるかもしれません」
「……やはり、慰めてはくださらないのですね」
「慰めても、事実が変わりませんので」
彼女は、少し笑った。初めて見る笑い方だった。
「では、二つ目をお願いいたします」
「二つ目」
「はじめてお会いしたとき、二つ申し上げます、とおっしゃいました。二つ目は、依頼をまだ完了として控えていない、と」
「申し上げました」
「あれで、わたくしは息を吐けたのでございます」グレーテルさんは、盆を持たない両手を膝の上で開いた。「明日も、同じものをくださいまし」
私は、うなずいた。「あなたのご依頼は、まだ完了しておりません」
*
物置を出る前に、私はもう一つだけ確かめた。
「グレーテルさん。三年、控えの間で待たれたと仰いました」
「はい」
「待っておられるあいだ、他にどなたか同席されましたか」
彼女は、少し考えた。「家令さまが、月に一度いらっしゃいました」
「いつごろ」
「わたくしが届けを出した、その二日後でございます」
私は控えの紙を開いた。
「二日後」
「はい。いつも」
——観察記録。届け出、侍女。二日後、家令。……そして、処理。
三年、この人は仕組みの真ん中に座らされていた。座らされていることを知らないまま、月に一度、決まった椅子で待たされていた。
*
物置を出ると、廊下でマティルデ様が待っておられた。
「聞いておりました」
「盗み聞きは、感心いたしません」
「あなたが物置でなさったことと、同じでございましょう」
その通りだったので、私は黙った。
「グレーテルの首は、わたくしが繋ぎます」マティルデ様は言った。「明日、あの子が何を申しましても」
「よろしいのですか。閣下のお立場もございます」
「父は、明日ご自分で証言に立つそうです」
彼女は、廊下の窓を見た。「わたくしは九年、選ばぬように育てられました。……ですから、選び方の練習をいたします。手始めに、侍女を一人」
*
その夜、私は明日の順序を組み立てた。紙が、卓の上に十七枚。
エーベルトの二百十一件。シュトルム殿の帳面。両替商の受付簿。条文の原本の写し。二十年ぶんの数え直し。閣下の証言。グレーテルさんの証言。
そして、母の綴りの、依頼四十一。
——観察記録。明日、読み上げる順。谷から山へ。
私は、最後の一枚を、いちばん下に置いた。母の頁は、最後でいい。あの人は、四十日並んで持ち帰れなかった。持ち帰れなかったものを、明日、私が広間まで運ぶ。
お読みいただきありがとうございます! いちばん最初に依頼書を書いた侍女が、いちばん最後の決め手になります。薄い扉の前で三年待っていた人が、二日の中身を知っていました。
次回、婚礼認可の場。二十年ぶんを読み上げます。
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