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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第51話:登記官エーベルト

十日のうち、一日目は待った。エーベルトは、毎日同じ道を帰る。役所を出て、パン屋の角を曲がり、井戸で手を洗ってから家に入る。インクの染みを、家に持ち込まない人だ。


二日目、私はその井戸の縁に座っていた。


「……調査人どの」


「お手を洗われるまで、お待ちします」


*


「一つ、教えていただきたいことがございます」


彼は手を拭かないまま、立っていた。水の垂れる指先を、そのままにしている。


「あなたのお父上も、この登記所にお勤めでしたか」


「……伯父です。父の兄で、十年前に亡くなりました」


「相互登記の係を?」


「はい。わたくしが継ぎました」


——観察記録。登記官エーベルト。伯父の名を出したとき、目線、下。声、平坦。……この方は、伯父を尊敬していない。


「十七年前、あなたの伯父上が、ある申し立てを却下しておられます」


彼は何も言わなかった。否定も、問い返しもしない。知らない話をされた人の黙り方ではなかった。


「申立人の名は、カサンドラ・レインズ。……私の母でございます」


井戸の水が、桶の中で揺れた。手をつけていないのに、揺れていた。


*


「知っておりました」エーベルトは、そう言った。「あなたが最初にいらしたとき、名前を見て、すぐに」


「では、なぜ黙っておられたのですか」


「……言ってどうなります」


彼は初めて、こちらを見た。「わたくしが言えば、伯父が悪いことになります。伯父は、上席の指示に従っただけです。従っただけの人間が悪いことになる話を、わたくしは十年、見ております」


「では、上席が悪いのですね」


「そうは申しません」


「なぜです」


「所長も、規則に従っておられますので」


規則に従った人。指示に従った人。書式が整っていたので書いた人。この国は、従った人でできている。


*


「一つだけ、事実を確かめさせてください」


私は控えの紙を出した。「あなたは、一年前の秋、私の頁に理由を書き足された。照会状は白鳩会から来た、と先日おっしゃいました」


「はい」


「照会状は、どこから登記所に入りましたか」


「……郵便でございます」


「郵便で来た紙を、あなたは直接受け取られましたか」


彼の指が、桶の縁を握った。「所長室を、経由いたします」


「所長室を」


「外国からの照会は、全て所長室で開封されます。所長が『処理せよ』と書き添えて、係へ回されます」


私は、紙にそれを書き取った。


「書き添えは、文字ですか」


「口頭でございます。……いつも、口頭でした」


*


「口頭では、証拠になりません」


三日目の夜、宿の卓でギデオン様が言った。


「なりません」私はうなずいた。「ですから、日付を数えます」


「日付」


「照会状が届いた日と、理由欄が書かれた日です」私は写しを広げた。「郵便の到着は、登記所の受付簿に残ります。受付簿は公開されている。理由欄の記入日は、相互登記簿に残る。こちらも見られます」


「……両方、公開されているのか」


「はい。誰も突き合わせないだけです」


私は、写しを二枚重ねた。「外国からの照会が届いた日と、係が書いた日。この二つの間隔を、四年ぶん全部数えます。所長室を素通りしているなら、間隔はばらつきます。所長が一件ずつ検めているなら——」


「揃うな」


「揃います」


*


数え終えたのは、五日目の朝だった。四年ぶん、二百十一件。


所長室を経由した照会のうち、百九十七件が、到着から「二日後」に記入されている。残り十四件は、三日後。


——観察記録。間隔、二日。ばらつき、ほぼなし。


「几帳面な国、と控えたのは私です」私は紙を置いた。「几帳面すぎる仕事は、必ず一人の手癖になります」


*


六日目、エーベルトを役所の外で捕まえた。数字を見せた。彼はしばらく黙って、それから、井戸の縁に手をついた。


「……二日後です。所長が『処理せよ』とおっしゃるのが、いつも二日後でした」


「なぜ二日なのですか」


「存じません」


「では、二日のあいだ、所長は何をしておられましたか」


彼は答えなかった。答えなかったのではない。答えを、たったいま自分で思いついた顔をしていた。


「……調べておられたのだと、思っておりました」彼は言った。「わたくしは十年、そう思っておりました。所長は、二日かけてお調べになる几帳面な方だと」


「違ったのですね」


「……二日というのは」彼の声が、掠れた。「王都から、返事が来る日数ではございません。——この城下で、金の話が片づく日数でございます」


そう言ってから、彼は膝をついた。「わたくしは、どうなりますか」


「私は、あなたを罰する権限を持っておりません」


「では、どうしろと」


「証言していただきます」私は手を差し出した。「あなたが十年思い込んでいたことを、そのまま話してくださればけっこうです。——嘘をつく必要は、ございません」

お読みいただきありがとうございます! 公開されている紙同士を突き合わせるだけで、手癖は出ます。誰も突き合わせないから、二百十一件の「二日後」が二十年隠れていました。


次回「家令シュトルムの帳面」。二日のあいだに片づいていた金の話を、追いかけます。


★評価は、次の一話を書く速度に直結いたします。よろしくお願いいたします!

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