第47話:制度は、頭を下げません
一件目の書類は、二日で戻ってきた。
カルヴィンの供述の写し。王都の裁きで採用された正式なものである。訳文と、公証の判を添えた。
『添付書類の様式が当国の定めと異なるため、受理できません』
——観察記録。返戻理由、様式。内容についての言及、なし。
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二件目は、様式を整えた。十日かかった。訳者は、ギデオン様が大公家の書記官を一人借りてきてくださった。公証の判をもらい直し、綴じ方をこの国の定めに合わせた。
三日で戻ってきた。
『申立人の資格が確認できません。当国に登記のない者は、当国の登記の訂正を申し立てることができません』
「……あんたの登記、あるじゃない」ジェミマが紙を掴んだ。「あるから、こんな騒ぎになってんでしょ!」
「相互登記は『写し』ですので」私は返戻の紙を控えの束に加えた。「写しに載っている人は、登記されている人ではない、という理屈です」
「そんな理屈ある!?」
「ございます。書いてありますので」
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三件目は、代理人を立てた。大公家に籍のあるグレーテルさんに、申立人になっていただいた。彼女は一度も嫌な顔をしなかった。
二十日かかって、戻ってきた。
『申し立ての期限を徒過しています。記載から一年を経過した事項の訂正申し立ては、これを受理しません』
期限があることは、どこにも書かれていなかった。条文の綴りには、ある。第百四条の但し書きに、小さく。
「読み落としました」
宿の卓で、私は正直に言った。
「あんたが?」
「はい」
「あんたが読み落とすの?」
「読み落とします」私は条文の写しを広げた。「百四条まで読んで、但し書きが三十七ございました。三十七のうち三十六までは、認可の要件についてのものです。三十七番目だけが、訂正の期限でした」
「わざとじゃないの、それ」
「そう思いたくなります」
思いたくなるが、証拠はない。三十七番目に置いた人がいるとして、置いた日を私はまだ知らない。
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四件目は、期限の例外を探した。例外はあった。『正当な理由により期限内に申し立てできなかった場合』——正当な理由の中身は、書かれていない。書かれていないものは、窓口が判断する。
窓口は、判断を上へ回す。上は、所長である。
五件目を出したのは、雪の降る朝だった。窓口の係官は、もう私の顔を覚えていた。気の毒そうな顔をしていた。この人は悪くない。この人が悪くないということが、この一件のいちばん厄介なところだ。
「上へお回しいたします」
「いつごろ、お返事をいただけますか」
「……順に、処理いたしますので」
その日、窓口には四十人の列があった。
——観察記録。
申し立て、五件。受理、零件。要した日数、四十七日。面会した係官、九人。うち、私を嘲った者、零人。私に冷たくした者、零人。私の話を最後まで聞かなかった者、零人。
全員が親切だった。全員が、規則どおりだった。
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四十日を過ぎたころ、私は一度だけ、間違えた。五件目の返事を待つあいだ、控えの間で係官に食い下がったのである。
「順に処理する、と伺いました。順とは、受付の順でございますね」
「はい」
「では、私の申し立ての前に、いま何件ございますか」
「……申し上げられません」
「なぜです」
「他の方の件数は、他の方の情報でございますので」
正しい。腹立たしいほど正しい。
私は、そこで一度、声を落とした。落としたつもりだった。
「あなたは、この窓口で何年お勤めですか」
係官の顔が、強張った。若い方だった。私と同じか、少し下だろう。この方は何も決めていない。決めていない人に、私は詰め寄っていた。
「……失礼いたしました」
私は頭を下げて、控えの間を出た。出てから、廊下で自分の手を見た。震えてはいなかった。震えていないのに、私はいま、依頼人を駒扱いする者と同じことをした。
——観察記録。四十一日目。私、間違える。相手、決定権なし。
その日から、私は窓口の係官の名を控えるのをやめた。
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「一年前は、簡単でしたね」
その晩、私は言った。言ってから、自分の声が疲れていることに気づいた。
「一年前?」ジェミマが顔を上げた。
「王都のことです。嘘をつく人がいて、証拠を集めて、広間で読み上げれば、それで済みました。相手は狼狽えるか、逆上するか、命乞いをするか——とにかく、崩れてくれました」
「ここは崩れないってこと?」
「崩れる相手が、おりません」
私は返戻の紙の束を、卓に置いた。四十七日ぶんで、指二本ぶんの厚さになっていた。
「怒鳴る人がいれば、怒鳴り返せます。嘲る人がいれば、記録を突きつけられます。……頭を下げない相手には、何を突きつければよろしいのでしょう」
ジェミマは、しばらく何も言わなかった。それから、ぼそりと言った。
「あんたが正しくても、判を持ってるのは向こうじゃん」
その一言が、いちばん正確だった。正しさは、判を押さない。判を押すのは、判を持っている人だけである。
私は四十七日かけて、そのことを学んだ。学ぶために四十七日かかったのは、私がこれまで、判を持っている側の隣に立たせてもらっていたからだ。王都では、ギデオン様の監査権が判だった。
ここには、ない。
隣の部屋の灯りは、まだ消えていなかった。
*
「……ジェミマ」
「なによ」
「今日は、少し早く休みます」
この子は目を丸くした。それから、何も言わずに灯りを絞った。
寝台に入ってから、私は天井を見ていた。数えるものが、なかった。
数えるものがない夜は、九年ぶりだった。
お読みいただきありがとうございます! 怒鳴る敵も、嘲る敵もいません。全員が親切で、全員が規則どおりで、それでも一行は動かない——第二部の壁を、四十七日ぶんの返戻で書きました。
次回「監査卿の管轄外」。ギデオンの権限が、国境で切れます。
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