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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第47話:制度は、頭を下げません

一件目の書類は、二日で戻ってきた。


カルヴィンの供述の写し。王都の裁きで採用された正式なものである。訳文と、公証の判を添えた。


『添付書類の様式が当国の定めと異なるため、受理できません』


——観察記録。返戻理由、様式。内容についての言及、なし。


*


二件目は、様式を整えた。十日かかった。訳者は、ギデオン様が大公家の書記官を一人借りてきてくださった。公証の判をもらい直し、綴じ方をこの国の定めに合わせた。


三日で戻ってきた。


『申立人の資格が確認できません。当国に登記のない者は、当国の登記の訂正を申し立てることができません』


「……あんたの登記、あるじゃない」ジェミマが紙を掴んだ。「あるから、こんな騒ぎになってんでしょ!」


「相互登記は『写し』ですので」私は返戻の紙を控えの束に加えた。「写しに載っている人は、登記されている人ではない、という理屈です」


「そんな理屈ある!?」


「ございます。書いてありますので」


*


三件目は、代理人を立てた。大公家に籍のあるグレーテルさんに、申立人になっていただいた。彼女は一度も嫌な顔をしなかった。


二十日かかって、戻ってきた。


『申し立ての期限を徒過しています。記載から一年を経過した事項の訂正申し立ては、これを受理しません』


期限があることは、どこにも書かれていなかった。条文の綴りには、ある。第百四条の但し書きに、小さく。


「読み落としました」


宿の卓で、私は正直に言った。


「あんたが?」


「はい」


「あんたが読み落とすの?」


「読み落とします」私は条文の写しを広げた。「百四条まで読んで、但し書きが三十七ございました。三十七のうち三十六までは、認可の要件についてのものです。三十七番目だけが、訂正の期限でした」


「わざとじゃないの、それ」


「そう思いたくなります」


思いたくなるが、証拠はない。三十七番目に置いた人がいるとして、置いた日を私はまだ知らない。


*


四件目は、期限の例外を探した。例外はあった。『正当な理由により期限内に申し立てできなかった場合』——正当な理由の中身は、書かれていない。書かれていないものは、窓口が判断する。


窓口は、判断を上へ回す。上は、所長である。


五件目を出したのは、雪の降る朝だった。窓口の係官は、もう私の顔を覚えていた。気の毒そうな顔をしていた。この人は悪くない。この人が悪くないということが、この一件のいちばん厄介なところだ。


「上へお回しいたします」


「いつごろ、お返事をいただけますか」


「……順に、処理いたしますので」


その日、窓口には四十人の列があった。


——観察記録。


申し立て、五件。受理、零件。要した日数、四十七日。面会した係官、九人。うち、私を嘲った者、零人。私に冷たくした者、零人。私の話を最後まで聞かなかった者、零人。


全員が親切だった。全員が、規則どおりだった。


*


四十日を過ぎたころ、私は一度だけ、間違えた。五件目の返事を待つあいだ、控えの間で係官に食い下がったのである。


「順に処理する、と伺いました。順とは、受付の順でございますね」


「はい」


「では、私の申し立ての前に、いま何件ございますか」


「……申し上げられません」


「なぜです」


「他の方の件数は、他の方の情報でございますので」


正しい。腹立たしいほど正しい。


私は、そこで一度、声を落とした。落としたつもりだった。


「あなたは、この窓口で何年お勤めですか」


係官の顔が、強張った。若い方だった。私と同じか、少し下だろう。この方は何も決めていない。決めていない人に、私は詰め寄っていた。


「……失礼いたしました」


私は頭を下げて、控えの間を出た。出てから、廊下で自分の手を見た。震えてはいなかった。震えていないのに、私はいま、依頼人を駒扱いする者と同じことをした。


——観察記録。四十一日目。私、間違える。相手、決定権なし。


その日から、私は窓口の係官の名を控えるのをやめた。


*


「一年前は、簡単でしたね」


その晩、私は言った。言ってから、自分の声が疲れていることに気づいた。


「一年前?」ジェミマが顔を上げた。


「王都のことです。嘘をつく人がいて、証拠を集めて、広間で読み上げれば、それで済みました。相手は狼狽えるか、逆上するか、命乞いをするか——とにかく、崩れてくれました」


「ここは崩れないってこと?」


「崩れる相手が、おりません」


私は返戻の紙の束を、卓に置いた。四十七日ぶんで、指二本ぶんの厚さになっていた。


「怒鳴る人がいれば、怒鳴り返せます。嘲る人がいれば、記録を突きつけられます。……頭を下げない相手には、何を突きつければよろしいのでしょう」


ジェミマは、しばらく何も言わなかった。それから、ぼそりと言った。


「あんたが正しくても、判を持ってるのは向こうじゃん」


その一言が、いちばん正確だった。正しさは、判を押さない。判を押すのは、判を持っている人だけである。


私は四十七日かけて、そのことを学んだ。学ぶために四十七日かかったのは、私がこれまで、判を持っている側の隣に立たせてもらっていたからだ。王都では、ギデオン様の監査権が判だった。


ここには、ない。


隣の部屋の灯りは、まだ消えていなかった。


*


「……ジェミマ」


「なによ」


「今日は、少し早く休みます」


この子は目を丸くした。それから、何も言わずに灯りを絞った。


寝台に入ってから、私は天井を見ていた。数えるものが、なかった。


数えるものがない夜は、九年ぶりだった。

お読みいただきありがとうございます! 怒鳴る敵も、嘲る敵もいません。全員が親切で、全員が規則どおりで、それでも一行は動かない——第二部の壁を、四十七日ぶんの返戻で書きました。


次回「監査卿の管轄外」。ギデオンの権限が、国境で切れます。


感想も評価も、ありがたく読んでおります。よろしくお願いいたします!

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