↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/58

第42話:通ります、という結論

条文を、七日間読んだ。買わない。偽らない。頼み込まない。使えるのは、書いてある言葉だけである。


「婚姻の認可は、両家いずれについても、三代の登記を有する場合に限り、これを与える」


——観察記録。条文一文。主語、婚姻の認可。条件、三代の登記を有すること。


七日目の夜、私は灯りを引き寄せて、その一文をもう一度指でなぞった。


三代の登記。


「登記」と書いてある。


「血統」とは、書いていない。


*


「どう違うのよ」


翌朝、卓の向かいでジェミマが首を傾げた。「三代の家柄ってことでしょ。同じじゃない」


「違います」私は紙に三つ丸を描いた。「血の三代とは、父・祖父・曾祖父が『貴族であること』です。登記の三代とは、父・祖父・曾祖父が『この登記所に名を控えられていること』」


「……どっちも同じ人じゃないの」


「同じ人です。ですが、条件が違います」私は真ん中の丸を指した。「貴族でなくとも、登記されることはあります。この国の登記所は、貴族の婚姻だけを控えているわけではありませんので」


ジェミマの目が、ゆっくり丸くなった。この子は字を読めないぶん、話の穴に気づくのが速い。


「王家の御用を務めた者は、身分に関わりなく登記される」私は条文の別の綴りを開いた。「二百年前の条文です。廃止されておりません」


*


ティルマンの祖父を探すのに、四日かかった。施薬院の古い名簿。教会の洗礼の控え。それから、登記所の別の書架——貴族の系図ではなく、王家の御用の記録である。


そこに、名があった。


「先々代の大公妃さまの、お産に立ち会った医師でございます」


読み上げたニコラの声が、途中で裏返った。「王家の御用として、登記あり。……三代目、これ」


「二代目は」


「その息子。同じ施薬院。登記——ある」


ジェミマが写しを掴んだ。「じゃ、あんたの……ティルマンさんで三代目じゃないの!?」


「はい」私は控えの紙を閉じた。「三代、揃っております。最初から」


*


なぜ誰も気づかなかったのか。答えは簡単だった。誰も、平民の三代を数えなかったからである。


数えなくてよい、とは条文に書いていない。ただ、数える人がいなかった。数えられない数は、無いものとして扱われる。


——観察記録。要件、充足。不足していたのは登記ではなく、数える者。


*


認可の申請は、マティルデ様ご自身が出された。窓口の係官は、添えられた三代の登記の写しを三度読み返して、それから奥へ引っ込んだ。奥から出てきたのは、ザーラント様だった。


「……ほう」


彼は、しばらく写しを見ていた。「王家の御用の登記を、三代に数える。前例がございません」


「条文に、貴族に限るとは書かれておりません」


「書かれておりません」ザーラント様は認めた。「わたくしは二十年、この要件を運用してまいりましたが、そのように読んだ者は初めてでございます」


「不服がおありでしたら、伺います」


「不服はございません」


彼は、判を取った。


そして——押した。


「認可いたします。……いや、大したものです。あなたは条文を、わたくしより丁寧にお読みになった」


*


その場に、ゼルマ様がいらした。判の音を聞いて、彼女は少しだけ目を伏せた。何もおっしゃらなかった。


出口で、私は一度だけ振り返った。


「ゼルマ様」


「はい」


「お三方のことです。四十年前の」


彼女の肩が、わずかに動いた。


「あの方々は、記録に残らなかったのではありません。数える人が、いなかっただけです」


ゼルマ様は答えなかった。答えの代わりに、畳んだ白い手袋を、卓の上でもう一度きちんと畳み直した。それが、この方の四十年の返事だったのだと思う。


*


大公家の中庭で、マティルデ様が泣いておられた。背筋は伸びたままだった。教育というのは恐ろしいもので、この方は泣いても姿勢を崩さない。


グレーテルさんが横で、もっと派手に泣いていた。


「調査人どの」ギデオン様が、少し離れたところで言った。「君は壊す仕事で名を上げたが」


「はい」


「通す仕事のほうが、向いているな」


「壊すのも通すのも、やることは同じです。検めて、数えて、書くだけですので」


「……そうだな」彼は中庭の樫を見上げた。「俺たちの縁談も、あと一つ数えれば済む」


王弟の妃には、王家の血統審査がある。形ばかりの手続きだと、彼は言っていた。私もそう思っていた。


*


登記所を出るとき、ザーラント様が追ってこられた。息を切らしてはいなかった。ただ、歩幅がいつもより広かった。


「調査人どの。お伝えし忘れておりました」


「なんでございましょう」


「ご婚姻の審査の件で、王都から照会が参っております」彼は穏やかに微笑んだ。「相互登記のほうを検めましてね」


風が、中庭の樫を鳴らした。


「——ところで。あなたの登記も、見せていただきました」

お読みいただきありがとうございます! 買わず、偽らず、頼まず。条文に書いてある言葉だけで通しました。不足していたのは登記ではなく、数える人のほうでした。


次回から第七章。照会されたのは、コーデリア自身の婚姻登記です。そこに何が書かれていたのかを、次回お見せします。


ブックマークと★で、この物語の背中を押していただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。