第42話:通ります、という結論
条文を、七日間読んだ。買わない。偽らない。頼み込まない。使えるのは、書いてある言葉だけである。
「婚姻の認可は、両家いずれについても、三代の登記を有する場合に限り、これを与える」
——観察記録。条文一文。主語、婚姻の認可。条件、三代の登記を有すること。
七日目の夜、私は灯りを引き寄せて、その一文をもう一度指でなぞった。
三代の登記。
「登記」と書いてある。
「血統」とは、書いていない。
*
「どう違うのよ」
翌朝、卓の向かいでジェミマが首を傾げた。「三代の家柄ってことでしょ。同じじゃない」
「違います」私は紙に三つ丸を描いた。「血の三代とは、父・祖父・曾祖父が『貴族であること』です。登記の三代とは、父・祖父・曾祖父が『この登記所に名を控えられていること』」
「……どっちも同じ人じゃないの」
「同じ人です。ですが、条件が違います」私は真ん中の丸を指した。「貴族でなくとも、登記されることはあります。この国の登記所は、貴族の婚姻だけを控えているわけではありませんので」
ジェミマの目が、ゆっくり丸くなった。この子は字を読めないぶん、話の穴に気づくのが速い。
「王家の御用を務めた者は、身分に関わりなく登記される」私は条文の別の綴りを開いた。「二百年前の条文です。廃止されておりません」
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ティルマンの祖父を探すのに、四日かかった。施薬院の古い名簿。教会の洗礼の控え。それから、登記所の別の書架——貴族の系図ではなく、王家の御用の記録である。
そこに、名があった。
「先々代の大公妃さまの、お産に立ち会った医師でございます」
読み上げたニコラの声が、途中で裏返った。「王家の御用として、登記あり。……三代目、これ」
「二代目は」
「その息子。同じ施薬院。登記——ある」
ジェミマが写しを掴んだ。「じゃ、あんたの……ティルマンさんで三代目じゃないの!?」
「はい」私は控えの紙を閉じた。「三代、揃っております。最初から」
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なぜ誰も気づかなかったのか。答えは簡単だった。誰も、平民の三代を数えなかったからである。
数えなくてよい、とは条文に書いていない。ただ、数える人がいなかった。数えられない数は、無いものとして扱われる。
——観察記録。要件、充足。不足していたのは登記ではなく、数える者。
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認可の申請は、マティルデ様ご自身が出された。窓口の係官は、添えられた三代の登記の写しを三度読み返して、それから奥へ引っ込んだ。奥から出てきたのは、ザーラント様だった。
「……ほう」
彼は、しばらく写しを見ていた。「王家の御用の登記を、三代に数える。前例がございません」
「条文に、貴族に限るとは書かれておりません」
「書かれておりません」ザーラント様は認めた。「わたくしは二十年、この要件を運用してまいりましたが、そのように読んだ者は初めてでございます」
「不服がおありでしたら、伺います」
「不服はございません」
彼は、判を取った。
そして——押した。
「認可いたします。……いや、大したものです。あなたは条文を、わたくしより丁寧にお読みになった」
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その場に、ゼルマ様がいらした。判の音を聞いて、彼女は少しだけ目を伏せた。何もおっしゃらなかった。
出口で、私は一度だけ振り返った。
「ゼルマ様」
「はい」
「お三方のことです。四十年前の」
彼女の肩が、わずかに動いた。
「あの方々は、記録に残らなかったのではありません。数える人が、いなかっただけです」
ゼルマ様は答えなかった。答えの代わりに、畳んだ白い手袋を、卓の上でもう一度きちんと畳み直した。それが、この方の四十年の返事だったのだと思う。
*
大公家の中庭で、マティルデ様が泣いておられた。背筋は伸びたままだった。教育というのは恐ろしいもので、この方は泣いても姿勢を崩さない。
グレーテルさんが横で、もっと派手に泣いていた。
「調査人どの」ギデオン様が、少し離れたところで言った。「君は壊す仕事で名を上げたが」
「はい」
「通す仕事のほうが、向いているな」
「壊すのも通すのも、やることは同じです。検めて、数えて、書くだけですので」
「……そうだな」彼は中庭の樫を見上げた。「俺たちの縁談も、あと一つ数えれば済む」
王弟の妃には、王家の血統審査がある。形ばかりの手続きだと、彼は言っていた。私もそう思っていた。
*
登記所を出るとき、ザーラント様が追ってこられた。息を切らしてはいなかった。ただ、歩幅がいつもより広かった。
「調査人どの。お伝えし忘れておりました」
「なんでございましょう」
「ご婚姻の審査の件で、王都から照会が参っております」彼は穏やかに微笑んだ。「相互登記のほうを検めましてね」
風が、中庭の樫を鳴らした。
「——ところで。あなたの登記も、見せていただきました」
お読みいただきありがとうございます! 買わず、偽らず、頼まず。条文に書いてある言葉だけで通しました。不足していたのは登記ではなく、数える人のほうでした。
次回から第七章。照会されたのは、コーデリア自身の婚姻登記です。そこに何が書かれていたのかを、次回お見せします。
ブックマークと★で、この物語の背中を押していただけますと幸いです。




