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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第41話:ヴィルデ男爵の売り物

向こうから来る客というのは、たいてい、こちらの困り事を先に知っている。ヴィルデ男爵が宿を訪ねてきたのは、条文の写しを取り寄せた三日後だった。


「お困りと伺いましてな」


小太りの、愛想のいい方だった。手袋を外さずに握手を求め、外さないまま茶を飲んだ。


——観察記録。ヴィルデ男爵。手袋、外さず。指輪、手袋の上から二つ。爪の形が分からぬようにしている。……手を見せない方。


「困ってはおりません」


「三代が足りぬのでしょう」


「どちらから、そのお話を」


「風の噂で」男爵は笑った。「この国の風は、登記所の窓から吹きますのでな」


*


彼が売っているのは、祖父だった。正確には、祖父の登記である。


家が絶えて、名だけが登記簿に残っている。相続人がいない。そういう家名を買い取って、別の家の系図に繋ぐ。三代のうち二代を、書類の上で用意する。


「養子縁組の遡及、と申します」男爵は指を三本立てた。「合法でございますよ。手続きが煩雑なだけで」


「合法なら、なぜ風の噂なのですか」


「煩雑な手続きには、案内人が要る。案内人には礼が要る。……礼の額は、書きませんのでな」


「おいくらですか」


「お相手が大公令嬢でしたら」男爵は少し考えるふりをして、言った。「四百」


金貨四百枚。


——観察記録。三代の値、金貨四百枚。……人ひとりの祖父の値段。


「ずいぶんお安いのですね」


「安い?」


「ええ。三年待たされた令嬢の時間より、ずっと」


男爵の笑みが、少しだけ形を変えた。


*


「一つ伺います」


「なんなりと」


「これまで、何件お扱いになりましたか」


「さて。三十は超えましょうか」


「そのうち、露見した件は」


男爵は手袋の指を組んだ。「四件」


「露見なさった四件の方々は、その後どうなりましたか」


「わたくしは存じません」


「存じないのですか」


「案内はいたしましたが、保証はしておりませんので」


私は茶器を置いた。音を立てないように置いたつもりだったが、少し鳴った。


——四件。四つの家が、買った祖父ごと崩れた。案内した人は、名前も覚えていない。


「男爵」


「はい」


「あなたのお売りになるものを、私が買ったといたします」


「賢明でございます」


「その縁は、通ります。書類の上では」私は控えの紙をひらいた。「ただ、通ったあと、そのお二人はどうなりますか。——一生、書類が割れることを怖れて暮らします。子ができれば、その子の代まで」


「割れなければよろしい」


「割れます。四件、割れております」


男爵は答えなかった。答えないことで値切ろうとする人を、私は何人か知っている。


「私の依頼人は、隠れる暮らしから出たくて、依頼をなさいました。買った祖父で通した縁は、もっと深い場所に隠れるだけです」


「では、割れぬようにいたしましょう」男爵は身を乗り出した。「そのための案内でございます。書類の綴じ方、質問された折の答え方、名を訊かれたときの言い回し。……三十件ぶんの知恵がございます」


「三十四件では」


彼の動きが、止まった。


「四件、露見していると先ほどおっしゃいました。三十を超えるとも。……足せば三十四です」


「言葉のあやでございますよ」


「では、伺い方を変えます」私は控えの紙を開いた。「露見した四件のお名前は、覚えておいでですか」


「……存じません」


「三十件の知恵は覚えておいでで、四件のお名前は覚えておいでではない」


私は紙を閉じた。「お引き取りください。——それから」


「まだ何か」


「あなたのお売りになった三十件、こちらで数え直します」


*


その日の夕方、男爵は国境へ向かった。早かった。私が想像していたより二日早い。


「馬車、南へ出たわよ」ジェミマが息を切らして戻ってきた。「荷は三つ。帳面らしいの、抱えてた」


「ニコラは」


「先に走らせた。あの子、荷車の下なら誰より速いから」


南の街道は、途中で川を渡る。渡し場で馬車は必ず止まる。


止まった馬車の下から、ニコラが帳面を抜いた——のではない。


「呼んだの」ジェミマが後から教えてくれた。「渡し守に、『男爵さまが帳面を落とした』って。落とし物なら渡し守が預かるでしょ。……盗ってないわよ」


「よくできました」


「今度は棒読みじゃないわね」


*


帳面には、三十四件の記録があった。買われた家名、繋がれた系図、受け取った礼の額。日付順に、几帳面に。


そして最後の頁に、認可の受理を示す裏書きの見本が挟んであった。偽造のための手本である。


私はそれを、控えの紙と並べた。先に写しておいた、あの三通の裏書き。メルヒオール様の申請を三年にわたって受理した、同じ判。


——観察記録。偽造の見本、判の形。三通の裏書き、判の形。


同じだった。


同じ、では足りない。判の縁の欠けまで、同じだった。線が三本、右上に。偽造屋が持っている手本の判が、正規の判と同じ欠けを持っている。


つまり、この見本は「似せたもの」ではない。


——本物を、押してもらったものだ。

お読みいただきありがとうございます! 三代が足りぬなら買えばいい——いちばん簡単な道を、コーデリアが自分で潰す回でした。買った祖父で通した縁は、もっと深く隠れるだけですので。


次回「通ります、という結論」。買わずに、条文どおりに通します。


感想も評価も、ありがたく読んでおります。よろしくお願いいたします!

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