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婚約破棄された令嬢、縁談調査人はじめました 〜あなたの婚約者の裏の顔、お調べします〜  作者: 藤宮レイ


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第19話:白鳩の庭のお茶会

摘発の翌々日の朝、事務所に一通の招待状が届いた。


完璧な手蹟。宛名は「コーデリア・レインズ様」。裏の封蝋は、翼を広げて輪をくわえた——白い鳩。


「白鳩会本部、温室庭園『白鳩の庭』にて、お茶など一献——」


読み上げる手から、ジェミマが招待状をひったくった。封蝋を一目見て、指が止まる。


「行くの? 正気? バージルの糸を引っ張った途端にお茶会って、罠以外の何だっての」


「白鳩の庭で、会いましょう——」


ロザモンド嬢が引かれていく時に残した、あの捨て台詞の場所。向こうから、指定してきた。


「罠でも結構。招く側は、招いた分だけ手の内を見せるものです。行けば、数えられる」


「およし」エスメは帳簿から顔を上げずに言った。それから、上げた。「——と、止めたことだけは帳面に書いておくよ。あの庭で茶を出された者を、あたしは二人知ってる。どちらも、それきり調べ事をやめた」


「私は、やめません」


「だろうね。だから、カサンドラの娘なんだ」


王宮への伝書の返しは、早かった。文面は一行。


『一人で行かせると思うか』


『茶会に監査卿がいらしたら、尻尾は引っ込みます。数えて参ります』


二通目は日暮れに来た。『当日は日没までに戻れ。過ぎれば、庭ごと監査する』


*


白鳩の庭は、噂より美しかった。


天井まで硝子の温室に午後の光が満ち、囲いのない白い鳩が敷石の上を、追われもせずに歩いている。薔薇は棘の位置まで手入れされ、枯れ葉は一枚もない。案内の侍女たちは、足音を持っていなかった。


庭の中央、鳥籠の形をした白い東屋に、卓が一つ。完璧すぎる庭。完璧すぎる紙と、同じ匂いがした。


「まあ、まあ、ようこそ。嬉しいこと。本当に来てくださるなんて」


鳩羽色の絹をまとったオクタヴィア夫人は、人払いをして、自らの手で茶を注いだ。手ずからの一杯——親愛の印にも、逃げ場のない盤にも読める一手。


「先だっては、うちの名を騙る悪い人たちがいたそうねえ。バージル、とかいう。物騒だこと。摘発なさったのは、あなたなんですって?」


「指示書に、白い鳩の封蝋がございました」


「あら、鳩は平和の印ですもの。使いたがる方の多いこと。うちからもお上へ、厳罰を願い出ておりますのよ」


微笑みは揺れない。切り離しの手際は、封蝋より綺麗だった。押収した指示書には宛名も署名もない。この方は、切り離せると知っていて招いている。


「さ、冷めないうちに。庭の蜂蜜を入れましたの。あなた、甘いものはお嫌い?」


「いいえ。——いただきます」


私は出された茶器を検めた。縁、香り、湯の色。観察の型どおり三つ数えてから——飲み干した。喉の奥で、蜂蜜がゆっくり溶けた。


「まあ、良い飲みっぷり」


「検めた上でいただくのが、性分ですので」


「その目よ」夫人は嬉しそうに手を合わせた。「お母様も、そういう目をなさる方だったのでしょうねえ。カサンドラ様。惜しい方を亡くしたわ。わたくし、お茶を差し上げる前に——馬車の事故だなんて」


「事故、と」


「事故よ。悲しいこと」夫人は湯気の向こうで目を細めた。「ねえ、コーデリアさん。調べ事は、ほどほどになさいな。ああいうお仕事は、身体に障るわ。——お母様のように」


——観察記録。オクタヴィア夫人。注ぎの所作、完璧。瞬き一定、指先の迷い、零。声の温度、終始春。虚言の兆候、検出できず。……読めない項目が、一つ。この方が本当のことを言う時の顔を、私はまだ一度も見ていない。


「ご忠告、承りました。ですが私は繕うより、検める性分ですので」


「あらあら」夫人は、心底楽しそうに笑った。「あなたの目、わたくし好きよ。壊す側に置いておくには惜しいの。白鳩会にいらっしゃいな。壊れたご縁を、繕う側に」


「繕い物は遠慮いたします。縫い目が増えるほど、検める側は楽になりますけれど」


「ふふ。お若いこと」


夫人は少しも傷ついた顔をせず、二杯目を注いだ。断られることまで、もてなしの内らしい。


結局、茶は二杯目まで注がれ、脅しの言葉はただの一度も出ず——そして証拠も、一欠片も出なかった。数え上げる私の指が、この庭では一本も折れない。それが答えといえば、答えだった。


帰り際、夫人は門まで送りに出て、歌うように言った。


「良いご縁は、順番に回ってくるものよ。次の良いご縁は——あなたの番よ、コーデリアさん」


*


日没前に戻った事務所の表には、黒塗りの馬車が停まっていた。


「日没前です。庭の監査は、ご容赦を」


「……戻ったなら、いい」ギデオン様は言ってから、綴りを卓に置いた。「こちらも収穫だ。監査室の書記、ファロンを摘発した」


「ファロン。……あの、名簿係の」


「候補の名簿の写しと、監査の日取りが白鳩会へ流れていた。君の名と動きが向こうに筒抜けだった理由も、これで帳尻が合う」


引き立てられる時、ファロンは言い訳を一つだけ残したという。——夫人は、良い縁を回してくださると。甥の任官も、妹の嫁ぎ先も。


脅されてはいない。買われてもいない。ただ、縁を回してもらっただけ。


「鎖より安く、鎖より切れない」ギデオン様は低く言った。「それが、あの会の縄だ」


「庭の収穫は、零です。夫人は最後まで、良い方でした。良い方のまま、母を悼み、私の身体を案じ、勧誘までしてくださいました」


「……それで君は、出された茶を飲んだのか」


「一滴残らず。毒見を怖がる調査人に、あの庭の門は二度と開きませんので」


氷の監査卿は何か言いかけ、やめ、それから世にも苦い顔で「次は報告を先にしろ」とだけ言った。


私は頷きながら、湯気の消えた茶碗を思い出していた。毒も嘘も入っていない、完璧なお茶。そして門前の、歌うような声。


——次の良いご縁は、あなたの番よ。


縁談を、仕掛けてくる気だ。この、私に。


数えましょう。何が来ても、一つ残らず。


お読みいただきありがとうございます! 脅しの言葉を一つも使わずに脅してくる夫人、書いていて背筋が冷えました。お茶を飲み干すコーデリアの胆力に拍手を。


次回「公爵の婚約者(仮)」。白鳩会の「ご縁」より早く、監査卿が先手を打ちます——まさかの形で。


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