ヤン川の渡船砦
はじめまして。
本作をお読みいただきありがとうございます。
世界観重視のハイファンタジーです。長い旅の始まりですが、ゆっくりと広がる物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
クールゥ門を後にした一行は、巨大な城壁を背に、白緑色の石畳の道を進んでいた。
わずかに起伏のある舗装路を、哺乳獣たちは速足で進んでいた。
目指すはヤン川の渡船場。
そこから船でクリュージ川へ入り、北岸へ渡る。
レジイ湖とクリュージ川に挟まれた狭い岸辺に築かれた砦――ヤン砦。
イルージから北へ向かう者にとって、そこは最初の要衝だった。
本日の行程は、そこまでだ。
この街道でギゼリオンに出会うことは、まずない。
少なくとも――これまでは。
ロワン地方は、城壁の外にあっても治安が良いことで知られている。
街道も整備され、半日の行程ごとにレキシミリードの守る砦が置かれている。
旅人やキャラバンにとって、それは当たり前の安心だった。
――だが、その前提が揺らぎ始めている。
「ところでよ」
イストハックが、巨大な哺乳獣の手綱を軽く引きながら口を開いた。
「イルージの砦に行くってことはよ――戦になるってことか?」
「よく分からずに付いてきたのか?」
ユンタスが呆れたように言う。
「ああ、それは私が説明していなかった」
キリムが苦笑する。
「何しろ、彼は二つ返事で来ると言ってくれたからね」
イストハックは眉を吊り上げ、口をへの字に曲げた。
怒りを爆発させまいと、かろうじて抑えているのが分かる。
「南部連合――エピナスの“会議”が招集された」
キリムの声が、わずかに低くなる。
「北方で、何かが起きている」
「私は戻る途中で、スカードルに遭遇した」
「……何だと?」
イストハックの目が見開かれる。
「あの羽根の生えた化け物か。そいつに出会うってのは、ただ事じゃねえな」
軽口は消えていた。
「それじゃあ――」
イストハックの口元が歪む。
「そいつらを殺りに行くってわけか?」
「まずは砦だ」
キリムは静かに言った。
「第3師団と合流する」
「指揮官はエステラーザだ」
その名が出た瞬間、イストハックの表情が変わる。
「エステラーザの野郎か!!」
目が輝いた。
「話が早ぇ!!あいつがいるなら――血祭りだ!!」
その咆哮に呼応するように、哺乳獣が石畳を軋ませる。
だが――
「そう単純な話ではないんだ、イストハック」
キリムの声が、それを断ち切った。
「問題は、“なぜ”だ」
「なぜギゼリオンが各地に現れているのか――それが分かっていない」
ユンタスが言う。
「ここ二百年、タラサ付近での出現はなかったはずです」
「それにしても、どういうわけでタラサなどに行かれたのですか?」
キリムはユンタスに視線を向ける。
「ベカリオンで聞いた話だが、タラサ近辺で遺跡調査をしている者たちがいるらしい」
「ケレスの調査隊だ」
「接触を試みたが――会えなかった」
「そこで、スカードルと遭遇した」
キリムは眉をひそめた。
「ギゼリオンすら現れなかった地で、だ」
偶然とは、思えなかった。
ゼルナは、しばらく何も言わなかった。
思考の奥で、何かを組み立てているようだった。
やがて、ふと顔を上げる。
「――サーメルが出迎えていますね」
ヤン川の渡船砦。
その物見台に立つレキシミリードを見据える。
「ですが――」
紫がかった青い瞳が、わずかに細められる。
「いつもと様子が違うようです」
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