出発の朝
はじめまして。
本作をお読みいただきありがとうございます。
世界観重視のハイファンタジーです。長い旅の始まりですが、ゆっくりと広がる物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
まだほの暗いクールゥ門の付近に、人だかりができていた。
エピナスの“会議”へ出発する一行を祝福しようと、人々が集まっている。
その手には、ほのかに香る『幸福』を宿したミレージの黄色い花びらを入れた籠。
それぞれが祝福の言葉を口にしながら、旅立つ者たちの姿を待っていた。
哺乳獣ミュルを引き、キリムが門の正面で足を止めた。
高さ十八エスタの門、その中ほどに設けられた物見所には、ゼフリを中心に九人のエルダーが立っている。
その背後にはテューリの姿もあった。
キリムは軽く頭を垂れる。
エルダーたちも静かに応じる。
なかでもゼフリは、柔らかな笑みを浮かべ、二度頷いた。
見送りの人々が声を上げる。
「キリム様、ご無事で。リーメルタイト、レマーレム!!」
「汝と常に幸福が歩まんことを!!」という古代の祝福の言葉が幾重にも重なり、門前に満ちていく。
やがて、ゼルナとユンタスがそれぞれ哺乳獣に乗って姿を現した。
二人はキリムに視線を送り、わずかに微笑む。
キリムはゼルナに軽く頭を垂れ、続けてユンタスに拳を向けた。
二人は哺乳獣から降り、エルダーたちへ一礼する。
応じるように、エルダーたちも静かに頷いた。
三人は言葉を交わさない。
ただ視線を交わし、それぞれの装備を無言のうちに確かめ合っていた。
ゼルナは、まだ姿を見せていない同行者を待ちながら、ゼフリの言葉を思い起こしていた。
「他国の人間には無用にホワイテスの”ストーン”は見せぬように注意を払うのじゃ」
ゼフリのいるクールゥ門の方へ視線を向ける。
イルージに、無用の関心を向けさせてはならない。
その一点だけを、静かに心に沈める。
三人が門前に揃ってから、一アルムほどが過ぎた。
「キリム殿、イストハックという者はまだ現れませんな。まもなく夜明けですが」
ユンタスが言う。
「夜明けまではまだ半時ある。心配しなくても、そのうち来るさ」
キリムは軽く笑った。
「噂をすれば、ですね」
ゼルナが穏やかに言う。
その視線の先――
ミュルより一回り大きな、外装甲を施した哺乳獣。
その背に、大男。
哺乳獣は全身をうねらせながら、黒雷石の敷かれた路を爪で軋ませ、火花を散らして全速で迫ってくる。
門前の空気が、一瞬で張り詰めた。
――来た。
人々のざわめきが、消える。
やがて――
それは、キリムたちの前で止まった。
「どうやら間に合ったようだな。やけに見送りが多いじゃねぇか。キリム、連れはこいつらか?」
「イストハック、言葉を慎め」
キリムがやや困ったように言う。
「こちらはゼルナ、ユンタスだ。
ゼルナ、ユンタス――イストハックです。言葉は荒いが、悪い男ではない」
ゼルナは微笑む。
「ゼルナです。あなたがイストハック殿ですか。噂はかねがね。道中、よろしくお願いします」
イストハックはじろりと見下ろす。
「おう。ところであんた、学者先生か?
イルージの砦に行くって話だが――そんななりで大丈夫か? 旅は甘くねぇぞ」
「何と無礼な!」
ユンタスが一歩踏み出す。
「兄上に対して――何たる口の利き方!」
「何だと、こののっぽ野郎!!」
雷鳴のような声が響く。
空気が張り詰める。
ゼルナが静かに言った。
「ユンタス、構いません。イストハック殿、弟をお許しください。悪気はないのです」
「イストハック、頼む」
キリムが低く言う。
「ここで争うな。今回の旅は――ただのキャラバンではない。互いの協力なしには成り立たない」
「……う~ぬっっ」
イストハックが鼻を鳴らす。
「お前の頼みじゃ仕方ねぇな。
おい、ゼルナさん、失礼があったんなら詫びるぜ。ゆるしてくれぇ。
ユンタスってえの――今回は引き下がる。勝負はお預けだ」
「気にされることはありません」
ゼルナは涼風のような声でイストハックに微笑みながら言った。
「キリム殿と兄上の意を酌んで、私は貴公とは今後争うことはない」
ユンタスは半ば悔しそうだが、落ち着きを装って皆に宜言するようにイストハックに言った。
張り詰めていた空気が、ゆるやかにほどけていく。
物見所では、エルダーたちが苦笑を浮かべていた。
ゼフリだけが、どこか楽しげにその様子を見ている。
空が白み始めた。
「旅発つ者たちに祝福を!」
ゼフリの声が響く。
人々がそれに応える。
「リーメルタイト、レマーレム!!」
朝日が差し込む。
黄金色に輝くミレージの花びらが舞い、祝福が降り注ぐ。
テューリもまた、声を重ねた。
「リーメルタイト、レマーレム!!」
その中を、四人はそれぞれの哺乳獣を引いた。
そのうち三人は、静かに笑みをたたえ――
クールゥ門をくぐる。
外の光の中へ。
クリュージ川支流、ヤン川の方角へと。
彼らは、旅立った。
お読みいただきありがとうございます。
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