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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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集う旗

※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。

朝日が街道を照らしていた。


イルージ北方国境軍。


八千八百。


その長い隊列は、緩やかな丘陵地帯を北へ進み続ける。


昨夜降った雨の名残が街道の土をわずかに湿らせ、哺乳獣の足音は乾いた土を叩く音よりも幾分柔らかかった。


遠くでは鳥が鳴く。


戦場とは思えないほど穏やかな朝だった。



しかし。


街道を行き交う人影は、昨日よりも明らかに増えていた。


荷馬車ではない。


哺乳獣に荷を積んだ商隊。


巡礼者。


各国の使節。


そして。


武装した軍勢。



近衛兵の一人が丘の先を指差す。


「あれは……」


視線の先。


深緑の旗が朝風を受けて大きく翻っていた。


クヮデューゥが目を細める。


「ベカリオンですね。」


「予定どおりです。」


その軍勢は街道を外れ、別の道へと進んでいく。


互いに敬礼だけを交わす。


それだけだった。



イストハックが笑う。


「挨拶だけか。」


エステラーザが答える。


「十分だ。」


「ここへ集まる理由は皆同じだからな。」


キリムは静かに頷く。



南部連合エピナス。


南の諸国が、それぞれ軍勢を率いてクグルスへ集結する。


普段は国境を守る将たちも。


今だけは。


同じ目的のために街道を進んでいた。



やがて。


今度は反対側の街道から、赤銅色の旗が姿を現す。


「マリヒュートです。」


エリムスが小さく呟く。


隊列は整っている。


兵数は多くない。


だが、乱れはない。


キリムはその隊列を静かに見送った。


「皆、よく鍛えられている。」


「南が一つになる時ですから。」


クヮデューゥが答えた。



その言葉に。


ゼルナだけは何も言わない。


風が黒髪を揺らす。


紫がかった青い瞳は、街道ではなく、そのさらに先を見つめていた。


その視線の意味を問う者はいない。



しばらく進む。


街道は次第に幅を増していく。


左右から延びる街道が幾筋も合流し、一つの大きな流れとなって北へ向かっていた。


まるで。


南の国々、そのものだった。



ユンタスが辺りを見回す。


「これだけの軍勢が一堂に会するなど、そうそう見られるもんじゃありませんな。」


エステラーザが笑う。


「北方の異変だ。」


「これくらい集まっても不思議じゃない。」



その時だった。


前方から、一騎の伝令が全速で駆けてくる。


哺乳獣の爪が石を蹴り、火花が散った。


「軍団長!」


キリムが足を止める。


「前方およそ十リル!」


「ケレス軍本隊を確認しました!」


ミリナスが顔を上げる。


その表情は、どこか安堵しているようにも見えた。


「予定より早いですね。」


クヮデューゥも静かに頷く。


「道中、何事もなかったのでしょう。」


キリムは短く言う。


「迎えよう。」


イルージ軍は歩調を緩めることなく進み続ける。



丘を一つ越えた、その先だった。


陽光を浴びた無数の槍が、一斉に白く輝く。


規律正しく並ぶ歩兵。


整然と並ぶ哺乳獣隊。


風を受けて翻る、青と銀の旗。


その中央。


一人の壮年の武将が静かに立っていた。


飾り気のない鎧。


真っ直ぐに伸びた背筋。


決して派手ではない。


だが。


その姿には、長年軍を率いてきた者だけが持つ揺るぎない重みがあった。


デンニル。


ケレス軍主将。


総勢八千五百。


その軍勢が今、イルージ軍を静かに迎えようとしていた。

※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。

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