進軍
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
朝靄は、ゆっくりと晴れ始めていた。
イルージ北方国境軍。
八千八百。
長い隊列が、北へ続く街道を進んでいく。
先頭には。
キリム。
その左右には。
エステラーザ。
ゼルナ。
ユンタス。
イストハック。
ミリナス。
クヮデューゥ。
そして最後尾寄りには、客将エリムスが静かに歩を進めていた。
砦は、すでに遠い。
キリムはゆっくりと後方を見渡す。
整然と続く隊列。
重装歩兵。
長槍隊。
哺乳獣隊。
輜重隊。
そのどこにも乱れはない。
「見事な軍だ。」
小さく呟く。
隣のエステラーザが笑う。
「兵が優秀なんだ。」
「俺じゃない。」
キリムは首を横へ振る。
「違う。」
「こういう軍は、一日ではできない。」
エステラーザは何も答えなかった。
ただ。
少しだけ笑みを浮かべた。
その時だった。
一騎の伝令が駆け寄る。
「軍団長。」
キリムが足を止める。
「第三長槍隊隊長がお目通りを願っています。」
「通せ。」
やがて。
一人の将校が前へ出た。
左頬には、古い刀傷が走っている。
「第三長槍隊隊長、ガレス。」
「北方守備、二十七年になります。」
キリムは頷く。
「長いな。」
「イルージしか知りません。」
ガレスは穏やかに笑った。
「だから、この道だけは誰より知っています。」
キリムは街道の先を見る。
「この先。」
「警戒すべき場所は。」
ガレスは迷わなかった。
「三か所あります。」
「峡谷。」
「森林。」
「そして、タリデューン回廊です。」
エリムスが静かに口を開く。
「地図を見ずに答えましたね。」
「身体で覚えました。」
ガレスは照れくさそうに笑った。
「二十七年も歩けば。」
「嫌でも覚えます。」
キリムは頷く。
「先導を頼む。」
ガレスは目を見開く。
「私が、ですか。」
「ああ。」
「北を一番知っているのは、お前だ。」
ガレスは深く頭を下げた。
「承知しました。」
そう言って、自隊へ戻っていく。
その背を見送りながら。
クヮデューゥが、小さく呟く。
「経験を見ましたか。」
キリムは短く答えた。
「土地は嘘をつかない。」
エリムスも静かに頷く。
「良い判断です。」
イストハックは退屈そうにあくびをした。
「歩いてばっかじゃ体が鈍る。」
そう言うや否や。
哺乳獣から飛び降りる。
そのまま重装歩兵の列へ駆け込んだ。
「ほら、走るぞ!」
突然の声に兵たちは目を丸くする。
だが。
次の瞬間には笑いが起きた。
鎧を鳴らしながら、一緒に駆け出す者まで現れる。
エステラーザが苦笑する。
「また始まったな。」
キリムも僅かに笑った。
「放っておけ。」
「士気が上がる。」
ユンタスが豪快に笑う。
「全くイストハックというヤツは。」
その笑い声が、隊列のあちこちへ広がっていく。
行軍の空気が、少しだけ和らいだ。
その中で。
ゼルナだけは。
歩みを緩めなかった。
北から吹く風が、黒髪を静かに揺らす。
紫がかった青い瞳は。
遥か彼方を見つめていた。
まだ誰も知らない。
その先に待つものを見通すように。
八千八百の軍勢は。
ゆっくりと北への街道を進んでいく。
クグルスへ。
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




