炎の将
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
青い外套が風を受けて翻る。
大型の哺乳獣から降り立った男は、大きく笑った。
「遅かったな、キリム!」
キリムの口元が、僅かに緩む。
「待たせた」
イストハックが歩み寄る。
「相変わらず元気そうじゃねぇか」
エステラーザも笑った。
「お前ほどじゃない」
二人は固く腕を打ち合わせる。
乾いた音が、国境砦へ響いた。
ミリナスも前へ出る。
「お久しぶりです、エステラーザ殿」
エステラーザは軽く頭を下げる。
「ミリナス王女」
「ご無事で何よりです」
短い言葉だった。
だが。
そこには、長きにわたり共闘を重ねた者だけが持つ、自然な敬意があった。
クヮデューゥが砦を見上げる。
「見事ですね」
「これだけの兵が乱れ一つありません」
エステラーザは肩越しに兵たちを見る。
八千八百。
北方国境を守る将兵たちは、一糸乱れぬ隊列を保っていた。
「よく鍛えてくれてる」
ただ、それだけ言う。
兵たちの表情が、僅かに和らいだ。
キリムは小さく笑う。
「変わらないな」
エステラーザも口元を緩める。
「兵が応えてくれる」
「俺は前へ出るだけだ」
その一言だけで十分だった。
この男が。
イルージ北方を支え続ける。
炎の将。
エステラーザである。
エステラーザは踵を返した。
「中で話そう」
一行は、その後に続く。
砦の中央。
作戦幕舎には、大きな地図が広げられていた。
クグルス。
イルージ。
ケレス。
テスネリーク。
ベルネ。
ベカリオン。
マリヒュート。
ジンクラッド。
南部連合エピナスを構成する諸国が、一枚の地図に描かれている。
エステラーザは地図へ目を落とした。
「テスネリーク軍には会ったか」
「ああ」
キリムが答える。
「エリムシュラーナ」
「ギリ」
「マジーニ」
「三人とも来ていた」
エステラーザは静かに頷く。
「そうか」
その視線は地図の中央――クグルスへ移る。
「各国とも、予定どおり動いているな」
「なら、問題ない」
短い確認だった。
だが、その一言で十分だった。
南部連合エピナス。
七つの国は、すでにクグルスへ向けて動き始めている。
しばらく地図を見つめる。
やがて顔を上げる。
「予定どおりだ」
「明朝、砦を発つ」
キリムも頷く。
「ああ」
言葉は、それだけだった。
キーヌサリ湖畔。
ケレス救援。
幾度もの戦場。
互いに背を預け続けてきた。
だから。
長い言葉は要らない。
エステラーザは兵たちへ向き直る。
「出立の準備だ」
一言。
それだけだった。
八千八百の将兵が、一斉に動き始める。
鎧が鳴る。
大型哺乳獣が低く唸る。
旗が風を受け、大きく翻った。
クグルス。
南部連合エピナス。
七つの国が集う、その地へ。
イルージの軍勢もまた、静かに歩み始める。
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




