緋色の外套
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
現在、キリム達は、レジイ湖西岸をクグルスに向けて進んでいます。
夜が明けた。
レジイ湖には朝霧が立ち込めている。
昨夜の戦いが嘘だったかのように、草原は静かだった。
一行は手早く野営を片付ける。
キリムが哺乳獣ミュルへ跨がった。
「行こう」
誰も異論はなかった。
黒衣たちは現れない。
ならば。
立ち止まる理由もない。
クグルスへ向かう街道を、一行は再び歩き始めた。
しばらく進むと。
丘の向こうに砂煙が立ち上る。
規律正しく揃う槍。
朝日に翻る旗。
ミリナスが目を細めた。
「……テスネリーク」
街道の中央で、軍勢がゆっくりと停止する。
その中央から、一騎の騎馬が静かに前へ出た。
緋色の外套が、朝風を大きく受けて翻る。
端正な顔。若い。
だが。
堂々たる騎姿には、数千の兵を率いる将だけが持つ風格があった。
男はイルージ・ケレス一行の前で馬を止める。
その左右には二騎。
右には、痩身の男。
飾り気のない灰色の外套をまとい、静かな眼差しでこちらを見ている。
左には、巨躯の武将。
長槍を携えたまま、一歩も動かない。
その姿だけで、歴戦の猛将であることが伝わってくる。
緋色の外套の男が、快活に笑った。
「イルージのキャラバンか」
よく通る声だった。
威圧ではない。
それでも、その場の空気は自然と彼を中心に動く。
「私は、テスネリーク代表、エリムシュラーナ」
キリムも一歩前へ出る。
「イルージ客将、キリム」
続いて。
ミリナスが馬を進めた。
「ケレス王女、ミリナス」
「南部連合エピナスの代表として参ります」
エリムシュラーナは静かに頷いた。
「なるほど」
「どうやら、クグルスまでは同じ道のようだ」
その口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。
敵意はない。
だが。
相手を見極めようとする鋭い視線だけは、終始揺らがなかった。
キリムの視線は、巨躯の武将へ向く。
武人として。
真っ先に目へ入ったのは、その男だった。
イストハックは口元を僅かに吊り上げる。
「面白そうなのがいるじゃねぇか」
巨躯の武将は微動だにせず、ただ前を見据えていた。
ゼルナは三人を静かに見つめた。
緋色の外套。
灰色の外套。
長槍の武将。
一人ずつ。
ゆっくりと視線を移す。
しばらくして。
小さく目を伏せた。
何も言わない。
だが。
その沈黙だけは、誰よりも長かった。
クヮデューゥは、その三人ではなく配置を見ていた。
中央に立つエリムシュラーナ。
その半歩後ろに控える痩身の男。
反対側には、巨躯の武将。
自然に見える。
だが、隙がない。
それぞれの役割が、立ち位置だけで伝わってくる。
エリムスも三人へ視線を向けた。
そして。
軍勢全体を見渡す。
兵の乱れはない。
隊列は美しい。
よく訓練された軍だった。
エリムスが静かに口を開く。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
エリムシュラーナが頷く。
「何だ」
「昨夜」
「十二人ほどの武装集団を見ませんでしたか」
エリムシュラーナは一瞬だけ考えた。
その表情は変わらない。
「見ていない」
短い返答だった。
それ以上は何も言わない。
エリムスも、それ以上は問わなかった。
「そうですか」
ただ、小さく頷く。
短い会話だった。
だが。
灰色の外套の男だけは。
エリムスから、一度も視線を外していなかった。
街道には。
テスネリーク軍と、イルージ・ケレスの代表部隊が向かい合う。
剣は抜かれない。
だが。
互いの視線だけは、一歩も退かなかった。
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




