湖岸の夜(後編)
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
夜が、湖岸へ降りていた。
焚き火は小さい。
風だけが草を揺らしている。
その向こう。
二つの光が浮かんでいた。
赤。
そして紫。
イストハックが低く笑う。
「向こうも様子見ってわけか」
エリムスは目を細めた。
「こちらの戦力を見極めています」
キリムは剣へ手を掛けたまま動かない。
「来るか」
誰も答えない。
静寂だけが流れる。
その時だった。
「上!」
ゼルナの声が響く。
ほぼ同時に。
一つの黒い影が近衛兵へ飛び掛かった。
速い。
キリムの黄金のフルーグリッターが閃く。
火花。
短剣だった。
黒衣の男が、その一撃だけで距離を取る。
顔は見えない。
その瞬間。
左右の草地が揺れた。
さらに二人。
イストハックが哄笑する。
「ようやく来やがった!」
イストハックの武器が唸りを上げる。
棒状の柄の先端から伸びた太い鞭が、緑の光を帯びる。
灼けた空気を裂きながら、大きく弧を描いた。
だが。
誰にも当たらない。
黒衣は、その軌道を読むように、最初から弧の外へ退いていた。
「散開!」
ミリナスの号令。
近衛兵が即座に円陣を作る。
ユンタスが一歩前へ出た。
「正面!」
重い一撃。
黒衣は受けない。
地面を蹴り、そのまま後方へ消える。
「……引く?」
イストハックが眉をひそめる。
その時。
遠くの赤と紫の光が、
ゆっくりと動いた。
まるで。
それだけで十分だと言うように。
エリムスが低く呟く。
「確認です」
キリムが視線を向ける。
「何をだ」
「我々を」
風が吹く。
黒衣たちは追撃せず、
闇へ溶けるように姿を消した。
静寂が戻る。
だが。
ゼルナだけは、なお西を見つめている。
右中指の“ストーン”が、まだ微かに熱を帯びていた。
「終わっていません」
小さく呟く。
「今夜は、まだ」
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




