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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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黒煙の下

※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。

「……煙か」



西側。


街道の先。



細い黒煙が、空へ上がっていた。



キリムがミュルを止める。



後続も次々に足を緩めた。



ミリナスが目を細める。


「街道監視所でしょうか」



クヮデューゥは煙を見つめたまま答えない。



風が吹く。


煙が細く揺れた。



ゼルナだけが、僅かに眉を寄せている。


何かがおかしい。


理由は分からない。


だが。


胸の奥に、小さな違和感だけが残った。



「向かいます」


ミリナスが言った。



異論は出ない。


一行は進路を変え、黒煙の上がる場所へ向かった。



やがて。


街道脇に建つ小さな監視所が見えてくる。


イルージのものだった。


だが。


焼けている。


完全な焼失ではない。


建物の一部だけが黒く焦げ、なお煙を上げていた。



キリムが周囲を見回す。


「静かだな」



返事はない。


鳥の声すら聞こえなかった。



ユンタスとイストハックが左右へ散る。


近衛兵たちも武器へ手を添えた。



クヮデューゥが焼け跡へ近づく。


しばらく無言で観察し。


やがて言った。


「妙です」



ミリナスが視線を向ける。


「何がですか」



「燃え方です」


クヮデューゥは焼けた壁面を見上げた。


「これでは建物は焼けません」



風が焼け跡を吹き抜けた。



「ですが、遠くからは煙が見える」



エリムスも頷く。



「見せるための煙です」



イストハックが顔をしかめた。


「誰にだ」



「それを調べるためにここへ来たのでしょう」


クヮデューゥの返答は簡潔だった。



その時。


近衛兵の一人が声を上げる。


「こちらに負傷者がいます!」



全員の動きが変わる。



監視所裏手。


崩れた柵の脇に、一人の兵士が倒れていた。


まだ生きている。


だが。


浅い呼吸を繰り返すだけだった。



ミリナスが膝をつく。


「聞こえますか」



兵士の瞼が微かに動く。


乾いた唇が震えた。


「……じゅう……」


誰も動かない。


兵士は苦しそうに息を吸う。


「……十二……」



エリムスの表情が変わる。


ほんの僅かに。


だが。


確かに。



「十二人……来た……」


そこで意識が途切れた。



ミリナスが振り返る。


「エリムス?」



だが。


エリムスは答えない。


代わりに監視所を見つめていた。


そして静かに言う。


「記録を探してください」




しばらく後。


半焼けになった机の奥から、一枚の記録板が見つかった。


黒く煤けている。


だが、一部だけ文字が残っていた。



クヮデューゥが読み上げる。


「北西街道」


「不審集団確認」


「十二名」


「指揮官格二名」



そこで文字は途切れていた。


焼けている。



誰も口を開かなかった。



その頃。



ゼルナは一人、焼けた石壁の前に立っていた。


誰も気付いていない。


ただ。


そこだけ。


空気が違っていた。



右中指の“ストーン”が、微かに熱を帯びる。


反応ではない。


共鳴でもない。


もっと薄い。


何かが通り過ぎた痕跡。



ゼルナは静かに目を閉じる。


感じ取れるものはほとんどない。


だが。


確かに残っている。


“ストーン”の残照。


それはイエロネスでは辿れないほど微かなものだった。



ゼルナはゆっくりと目を開く。


そして何も言わなかった。

※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。

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