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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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境界の咆哮

※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。

咆哮の余韻が、長く通路に残っていた。


空気そのものが震えている。


だが――


それ以上、何も現れない。


サンクロルたちは頭を伏せたまま動かなかった。


まるで、深部へ応えるように。



イストハックが低く舌打ちする。


「……何だってんだ」



ユンタスは剣を構えたまま、奥を睨んでいた。


「少なくとも、サンクロルとは別格ですな」



キリムは答えなかった。


ただ、奥から流れてくる気配を測っている。


重い。


異様なほど。


それでいて、殺気とは違う。


むしろ――


“そこに在る”だけで空間を変えてしまうような圧だった。



クヮデューゥが静かに息を吐く。


「これ以上は進みません」



イストハックが眉を吊り上げた。


「は?」



「ここまでで目的は達しています」


クヮデューゥは冷静だった。


「王宮裏導線の存在」


「下層構造」


「水没側接続」


「サンクロルの防衛行動」


視線を奥へ向ける。


「さらに、この先に別系統の存在がいることも確認できた」


「そして、恐らく、そこには王宮の中心部がある」


その言葉に、場の空気が僅かに変わる。



ミリナスが低く問う。


「想定内でしたか」



クヮデューゥは少しだけ考えた。


そして静かに答える。


「……可能性としては」


最初から読めていたわけではない。


だが、この男は“あり得る盤面”として考えていた。


「残念ですが、サンクロルでさえ恐る”それ”がいる限り、そこへ進むことはできません」


その返答は、逆に重かった。



ゼルナは黙って奥を見つめていた。


見えない。


だが、違和感だけが残る。


深部。


あの暗闇の奥だけ、空気が違っている。


説明がつかない。


なのに――


どこか“整いすぎている”。


まるで、そこだけ別の理屈で作られているようだった。



その時。


調査員の一人が声を上げる。


「モナ・クヮデューゥ!」



床面。


水際近く。


そこに、細い溝が走っていた。


いや。


溝ではない。


規則的すぎる。



クヮデューゥがしゃがみ込む。


指先で軽くなぞった。


継ぎ目。


極端に薄い。


「……」


言葉が止まる。



ミリナスが問う。


「何か?」



クヮデューゥはすぐには答えなかった。


しばらく黙ったまま構造を見つめる。


やがて、小さく言った。


「石ではありません」



皆がクヮデューゥを見つめる。



イストハックが顔をしかめる。


「は?」



「少なくとも、我々の知る石材構造ではない」


クヮデューゥは立ち上がる。


「加工精度が異常すぎる」



ゼルナの視線が、その白い床面へ向いた。


まただ。


妙な感覚。


だが、何なのか掴めない。



その瞬間だった。


奥のサンクロル群が、一斉に顔を上げる。


紫光。


次の瞬間。


群れ全体が、こちらへ動き始めた。


今までとは違う。


明確な圧力。



エリムスの表情が変わる。


「来ます!」


同時に、通路内へ淡黄光が広がった。


圧。


流れ。


狭路全体が重くなる。



だが、今度は数が多い。


サンクロルたちは互いに身体を押し込みながら、強引に前へ出ようとしていた。



ユンタスが前へ出る。


「後退しますぞ!」



キリムの剣が青白く光る。


ミリナスが同時に踏み込む。


狭路。


だからこそ、前衛は限られる。


キリムの斬撃が最前を弾き返し、ミリナスの細剣が側面を切り裂く。


そこへユンタスの重い一撃が叩き込まれた。



イストハックが笑う。


「おもしれぇ!」


だが。


その笑みの奥に、わずかな緊張が混じっていた。



数が増えている。


しかも。


奥からまだ来る。



クヮデューゥが即座に判断する。


「撤退します」


迷いはなかった。


「記録は十分です」


「これ以上は、構造把握より消耗が上回る」



その瞬間。


深部から、再び咆哮が響いた。


今度は近い。


空気が揺れる。



サンクロルたちの動きが、一斉に変わった。


群れ全体が、まるで何かに追われるように前へ押し出され始める。



ミリナスの表情が変わる。


「急いで!」



ゼルナだけが、最後に一度だけ奥を見た。


暗闇。


そのさらに奥。


何も見えない。


だが。


そこには確かに、“何か”が眠っていた。

※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。

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