王の間前縁
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
その”気配”は、次の瞬間にはもう感じられなかった。
闇だけが残る。
ゼルナは目を細める。
「どうしました」
クヮデューゥが低く問う。
「……いえ」
ゼルナは静かに首を振る。
「気のせいでしょう」
クヮデューゥはそれ以上追及しなかった。
代わりに、再び通路奥へ視線を戻す。
サンクロルたちは、なお一定距離を保っていた。
唸っている。
だが、飛び込んでは来ない。
その様子を見たミリナスが小さく呟く。
「やはり、この先へは入りたくないようですね」
「あるいは、“入れない”のか」
キリムが低く返す。
クヮデューゥの目がわずかに細くなる。
「……その可能性はあります」
ゆっくりと前へ出る。
床面へ灯火を向けた。
白い石材。
継ぎ目が異様に少ない。
しかも、水没区画に近づくにつれて、加工精度が上がっている。
「王宮中心部に近い」
クヮデューゥは静かに言った。
「この構造は、上層で見つかっていたものと質が違う」
調査員の一人が壁面を確認する。
「削痕がありません」
「ええ」
クヮデューゥが頷く。
「通常の石材加工ではない」
イストハックが鼻を鳴らした。
「三千年前の連中ってのは、化け物か?」
「少なくとも、今のロワンには残っていない技術です」
クヮデューゥは即答した。
その時だった。
奥の群れが、一斉に動く。
紫光。
今度は数が多い。
十――
いや、それ以上。
通路奥を埋めるように、サンクロルが現れていた。
ユンタスが剣を構える。
「増えておりますな」
「時間がありません」
クヮデューゥは振り返らず言った。
「ここから先は、調査を優先します」
その瞬間。
エリムスが前へ出た。
左手のストーンが、淡く黄光を帯びる。
空気が変わった。
通路内へ、目には見えない圧が広がる。
サンクロルたちの前脚が止まる。
動きが鈍る。
群れ同士がぶつかり合い、狭路の入口で流れが乱れた。
イストハックが笑う。
「へぇ……!」
エリムスは視線を奥へ向けたまま言う。
「完全には止められません」
「ですが、通路幅が狭い」
「流れは制御できます」
キリムが頷く。
「十分だ」
ミリナスが即座に指示を飛ばす。
「近衛二名、後退路確保」
「調査員はクヮデューゥ殿の補助へ」
迷いがない。
王女でありながら、完全に現場指揮官の動きだった。
調査員たちが前へ出る。
床。
壁面。
導線。
水位。
次々に記録を始める。
クヮデューゥ自身は、通路奥の構造を凝視していた。
やがて。
静かに口を開く。
「……なるほど」
「何か分かったのか」
ユンタスが問う。
「王宮正面導線ではありません」
クヮデューゥの視線は動かない。
「これは、“裏導線”です」
床面を指差す。
「通路幅が狭すぎる」
「防衛には向かない」
「だが、秘匿性は高い」
さらに奥。
水没側へ続く細い傾斜路。
「おそらく王宮裏手から、中心区画へ接続していた」
「しかも――」
その声がわずかに低くなる。
「導線が途中から意図的に複雑化している」
ゼルナが周囲を見る。
確かに。
途中から構造が変わっていた。
枝道。
段差。
折り返し。
まるで、外部の侵入を迷わせるように。
クヮデューゥは続ける。
「王宮側からなら迷わない」
「ですが、こちら側から中心へ向かう場合だけ、構造が複雑になる」
ミリナスが目を細めた。
「追跡対策……?」
「その可能性が高いでしょう」
クヮデューゥは頷く。
「つまり、この先には“隠すべき何か”がある」
その瞬間だった。
奥。
さらに深い暗闇から。
低い咆哮が響いた。
空気が震える。
サンクロルたちが、一斉に頭を伏せた。
通路全体へ、重い圧が広がる。
今までとは違う。
本能が警鐘を鳴らしていた。
イストハックの笑みが消える。
「……おい」
誰も動かない。
暗闇のさらに奥。
灯火の届かない場所で。
何かが、“いる”。
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




