沈んだ導線
※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。
静寂が、ゆっくりと戻ってくる。
湖側では、なお紫の光が低く揺れていた。
サンクロルたちは、一定の距離を保ちながら、水没遺跡の周囲を巡回している。
近づかない限り、襲ってはこない。
だが、決して離れもしない。
クヮデューゥは、その動きをしばらく観察していた。
やがて、静かに口を開く。
「……やはり、中心がありますね」
「中心?」
エリムスが問う。
クヮデューゥは湖底方向を指した。
「群れの巡回線です」
「完全な縄張り行動ではない」
石板を取り上げ、細い炭筆で円弧を描く。
「見てください」
「奴らは常に、ある一点を基準に動いている」
「散っているようで、実際には距離を崩していないのです」
ユンタスが目を細める。
「守備陣形のようなものか」
「ええ。むしろ近い」
クヮデューゥは頷いた。
「しかも興味深いのは、“こちらを排除”しようとはしていないことです」
紫光が、遠く水際を横切る。
静かだった。
「一定以上近づいた時だけ威嚇する」
「つまり奴らの目的は、“外敵の殲滅”ではなく、“侵入阻止”です」
イストハックが腕を組む。
「で? その中心に何がある」
クヮデューゥは即答しなかった。
代わりに、広げた地図の一角を指先で叩く。
「ここです」
湖底王宮区画。
その最深部。
「現在確認されている新区画は、王宮裏手へ繋がる下層通路です」
「おそらく、正規導線ではない」
キリムが低く問う。
「裏導線か」
「その可能性が高い」
クヮデューゥは続ける。
「タラサ王宮は、上層・中層・下層の三層構造だったと考えられます」
「ですが、五百年前までに発見されていたのは上層のみ」
「中層は大半が崩落」
「そして下層だけが、記録から完全に抜け落ちている」
ゼルナは黙って聞いていた。
クヮデューゥの言葉には飛躍がない。
ひとつずつ積み上げている。
「最初は、単純に崩落したものと思っていました」
「ですが、構造が合わなかった」
炭筆が、図面上を真っ直ぐ走る。
「王宮中心部だけ、地下空間が異様に浅いのです」
「巨大都市であるにも関わらず、導線が不足している」
「避難経路も、物資搬入路も、王族移動路も存在しない」
ユンタスが短く呟く。
「そんなはずはない」
「ええ」
クヮデューゥの目が細くなる。
「だから、“隠されている”と考えた」
風が、石柱の隙間を抜けた。
「調べ直した結果、湖底側地盤の下に大規模空洞が存在していた」
「しかも、水没層のさらに下です」
「通常の調査では到達できない」
エリムスが静かに息を吐く。
「だから五百年間、見つからなかった……」
「ええ」
「正確には、“調査対象にならなかった”のでしょう」
クヮデューゥは湖面を見た。
「ですが、サンクロルが現れたことで逆に確信できた」
その瞬間。
遠くの紫光が、一斉に動いた。
湖底遺跡の一角。
沈んだ白壁の周囲へ集まっていく。
クヮデューゥの声が低くなる。
「奴らは、王宮最深部への導線を守っている」
静寂が落ちた。
王宮最深部――
その言葉だけが、場に残った。
その時だった。
ゼルナの視線が、不意に止まる。
湖面の奥。
沈んだ白壁。
そのさらに下。
一瞬だけ。
何かが、微かに“脈打った”気がした。
だが次の瞬間には、もう何もない。
ゼルナは目を細める。
「……今のは」
「モナ・ゼルナ?」
ミリナスが振り返る。
ゼルナは静かに首を振った。
「気のせいかもしれません」
だが、その瞳からは、完全に静けさが消えていた。
※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。




