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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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夜の遺跡

※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。

日が落ちる頃には、調査隊の野営地には静かな緊張が満ちていた。


湖東岸から少し離れた石造広場。


崩れた柱群に囲まれるように、簡易幕舎と灯火が並べられている。


だが、その灯も必要以上には大きくされていなかった。



「火を上げすぎないように」


ミリナスが周囲へ声をかける。


「湖側へ光を流したくありません」



兵たちは慣れた様子で頷いた。


無駄口はない。


ここ数日で、夜のタラサがどういう場所か、全員が理解していた。


乾いた風が遺跡の隙間を吹き抜ける。


崩れた石柱の影が、夜の中で静かに揺れていた。



キリムは崩れた柱へ背を預け、周囲を見回していた。


昼とは違う。


夜のタラサは、妙に音が少ない。


風だけが、古い石の間を抜けていく。



その近くでは、クヮデューゥが石板と地図を広げていた。


数名の調査員たちが周囲に集まり、低い声で確認を重ねている。


ゼルナが静かに歩み寄る。



クヮデューゥは顔を上げた。


「気になりますか」



「ええ」


ゼルナは湖側を見る。


「あの沈んだ区画が」



クヮデューゥは地図へ視線を戻した。


「タラサの地下構造は、想像以上に深い」


「これまで発見されていた区画は、上層に過ぎなかったようです」


紙の上を指が滑る。


そこには、現在判明している地下通路が描かれていた。


だが、そのさらに下。


新たに書き足された領域がある。


「数日前、崩落した通路の奥から、新しい層が見つかりました」


「しかも、湖底方向へ伸びている」



ユンタスが低く問う。


「偶然ですか」



「いいえ」


クヮデューゥは静かに首を振った。


「構造がおかしかった」


「タラサほどの都市なら、王宮周辺だけ地下空間が薄すぎる」


その声に熱はない。


だが、確信があった。


「調べ直した結果、地盤の下に空洞反応が見つかりました」


「そこから、現在の区画へ繋がっています」



ゼルナは黙って聞いていた。


湖底。


沈んだ白壁。


あの妙な整い方が、頭から離れない。



「そして――」


クヮデューゥの声がわずかに低くなる。


「新区画発見以降、夜になるとサンクロルが現れるようになった」



風が吹いた。


湖面が静かに波打つ。



その時だった。



遠く。


低い遠吠えが響く。


一つ。


また一つ。



兵たちの空気が変わった。


自然と武器へ手が伸びる。



イストハックが立ち上がる。


「来やがったか」



「まだ近づいてはいません」


ミリナスが静かに言う。


その視線は、湖側の暗闇へ向いていた。



崩れた列柱の奥。


水際近く。


そこに、紫がかった光がいくつも揺れている。


低い姿勢。


地を滑るような動き。


サンクロルだった。



だが。


こちらへは来ない。


一定の距離を保ったまま、湖側の遺跡周辺を巡るように動いている。



エリムスが眉を寄せた。


「……妙ですね」



「ええ」


ミリナスが答える。


「最初は私たちも、縄張りのようなものだと思っていました」



クヮデューゥが続ける。


「ですが、違った」



紫光が、一斉に同じ方向へ向く。


湖底遺跡。


沈んだ白壁の奥。


その一点だけを警戒するように、群れが静かに位置を変えていく。



「奴らは、こちらを狩ろうとしているのではありません」


クヮデューゥの声は低かった。


「近づけまいとしているのです」



その瞬間だった。


一体のサンクロルが、不意にこちらを振り向く。


紫の瞳が光る。



次の瞬間。


暗い紫の閃光が、地表をなぞるように走った。


熱はない。


だが、視界が一瞬だけ大きく揺らぐ。



兵の一人が顔をしかめた。


「っ……!」



地面すれすれを走った影が、崩れた石柱の陰へ滑り込む。


速い。


だが、襲ってこない。


まるで威嚇だった。



ミリナスが即座に声を飛ばす。


「追わないでください!」



その声で、前へ出かけた兵たちが止まる。



サンクロルたちは再び距離を取ると、湖側の遺跡周辺へ戻っていった。



静寂が落ちる。



キリムが低く呟いた。


「……守っているのか」



誰も、すぐには答えられなかった。

※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。

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