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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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タラサ

※活動報告にて物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。位置関係の参考にどうぞ。

レジイ湖から吹き抜ける風は、乾いていた。


ヤン砦を発って半日。


一行は湖東の街道を外れ、土色の大地へと足を踏み入れていた。



遠く。


砂に埋もれた石柱群が見える。


崩れた塔。


半ば地中へ沈んだ白い壁。


風化した巨大建造物の残骸が、陽炎の向こうに静かに横たわっていた。



タラサ――


三千五百年前に滅びた旧都。


かつてロワン一帯を支配したサリューヌ王国の中心地。


だが今は、砂と沈黙だけが残っている。




「思ったより広ぇな」


イストハックが周囲を見回した。


クリルが低く鼻を鳴らす。



「都でしたから」


ゼルナが静かに答える。


「今のロワン地方に残る都市群も、元を辿ればここから広がったものです」



ユンタスは崩れた石畳へ視線を落とした。


ところどころに、奇妙な直線が走っている。


まるで巨大な何かを切り分けた痕のようだった。


「……これほどの都が滅びるものか」



誰も答えなかった。




やがて、一行はレジイ湖東岸へ出た。


湖面は静かだった。


だが。


岸辺近くの水位が、不自然に低い。


本来なら沈んでいるはずの石造建築の一部が、水面から頭を覗かせていた。



「湖底遺跡……」


エリムスが呟く。



ゼルナの視線が止まる。


湖面ではない。


その奥。


半ば沈んだ白い壁面へ向いていた。


崩れている。


だが、妙に整いすぎている。


古代建築特有の風化とも違う。


何かが引っかかった。


だが、まだ形にならない。



「モナ・ゼルナ?」



呼ばれて、ゼルナは静かに視線を戻した。


「……いえ」


短い返答だった。


だが、その紫がかった青い瞳からは、わずかに静けさが消えていた。




その時だった。


「そこ、踏まないでください」


女の声が飛ぶ。



キリムが反射的に足を止める。


次の瞬間。


一歩先の地面が崩れ落ちた。


乾いた砂煙。


深い縦穴。


下には、崩れた石階段が続いている。



「危ないところでしたね」


風の中。


淡金の髪が揺れていた。


細身のフルーグリッターを左の腰から下げ、一人の少女が立っている。


年若い。


だが、その立ち姿には隙がない。


淡い砂色の外套。


その外套の隙間から、右腰の細身の第二剣も覗く。


その青い瞳は、戦場に立つ者の目だった。



「……ミリナス」


キリムが小さく目を細める。



少女はわずかに笑った。


「お久しぶりです、キリム」


その声音は穏やかだった。



だが次の瞬間には、周囲の兵へ鋭く指示を飛ばしている。


「第三班、その柱には触れないでください。崩れます」


「湖側の測量は二人一組で」


迷いがない。


命令に慣れている。



イストハックが鼻を鳴らした。


「姫サマって話だったが、現場向きじゃねえか」



ミリナスはそちらを見る。


「現場に立たずに、人は動かせません」


さらりと言い切った。



イストハックが愉快そうに笑う。


「気に入った!」



その後方。


ひとりの男が静かに歩み出る。


痩せた長身。


灰色の外衣。


鋭い目。



「お久しぶりです、キリム殿」


声は落ち着いていた。


理知的というより、研ぎ澄まされている。



「クヮデューゥ」


キリムが答える。



ゼルナの瞳がわずかに細くなった。


互いに、一目で分かる。


この男は、“見る側”の人間だ。



クヮデューゥはゼルナへ一礼した。


「イルージのホワイ――失礼。モナ・ゼルナのお話は聞いております」



ゼルナは静かに返礼する。


「こちらも」


短い。


だが、その一瞬だけ空気が変わった。



「こちらが、フォローザのエリムス殿ですね」


クヮデューゥは続けた。



エリムスが一礼する。



ミリナスが口を開く。


「サーメル殿から色々と事情は聞いています」


その表情がわずかに曇る。


「昨夜、襲撃を受けたとか」



「ああ」


キリムが答える。


「統制された連中だった」



クヮデューゥの目が鋭くなる。


「やはり……」



「何か分かったのですか?」


ユンタスが問う。



クヮデューゥは湖底の方角を見た。


「まだ断定はできません」


「ですが、この遺跡は“死んで”いない」



風が止む。



誰も口を開かなかった。



「最新の調査で、封じられていた地下区画が見つかっています」


「そして夜になると、サンクロルが現れる」


「しかも――」



その声が低くなる。


「こちらを避けるのです」



「避ける?」


エリムスが眉を寄せた。



「ええ」


ミリナスが続ける。


「以前のような無秩序な襲撃ではありません」


「まるで、何かへ近づけまいとしているように動く」



ゼルナの視線が、再び湖底へ向いた。


沈んだ白い壁。


その奥。


水面の下。


見えてはいけないものが、まだ眠っている気がした。



その時だった。



湖の向こうで。


低い遠吠えが響いた。



空気が変わる。


兵たちが一斉に武器へ手をかけた。



夕陽が沈み始めていた。

※物語の舞台となるロワン地方の地図を公開しました。イルージ砦戦の位置や、この先の旅路も分かりやすくなると思います。活動報告よりご覧いただけます。

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