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妖国伝エルソラーナス ― 剣と石の叙事詩 ―  作者: 美刀 尊志


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17/20

闇へ消える影

はじめまして。

本作をお読みいただきありがとうございます。


世界観重視のハイファンタジーです。長い旅の始まりですが、ゆっくりと広がる物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

外門の外では、なお激しい戦いが続いていた。


夜気を裂くように、イストハックの咆哮が響く。


緑の光を帯びた鞭が唸りを上げ、振るわれるたびに黒い影たちが吹き飛ばされていく。


巨大な戦闘獣クリルもまた、前脚を振り下ろし、大地ごと敵陣を揺らしていた。


砂が舞う。


怒号が交じる。


砦前面は、乱戦というより、猛獣の檻と化していた。




「どうしたァ!! その程度か!!」


イストハックが高らかに叫ぶ。


だが、襲撃者たちは容易く崩れはしない。


倒れた者の隙間を埋めるように、次の影が踏み込む。


間合いを見切り、クリルの脚を避け、鞭の軌道を読んで散る。


ただ数で押しているのではない。


鍛えられ、選ばれた者たちの動きだった。




それでも。


正面には、相手が悪すぎた。




イストハックの一撃は重く、速く、容赦がない。


振るわれるたびに陣形が裂ける。


クリルが身じろぎするだけで前線が揺らぐ。


精鋭であろうと、人の身で受け止められる圧ではなかった。




そこへ、外門からキリムが姿を現した。


黄金の長剣を下げたまま、静かに歩み出る。


その姿を見た兵たちの背筋が伸びる。


戦場に、もう一つの重心が現れた。




キリムは門前を一瞥した。


イストハックが押している。


敵はなお踏み止まり、撤退の機を測っていた。


崩れてはいない。


むしろ、崩れぬよう耐えている。


問題は、そこではない。




ふと、視線を上げる。


塔の物見。


闇の縁に、二つの気配が立っていた。


ひとつは赤を帯び、


ひとつは紫を沈ませている。


静かだ。


だが、あの二つこそ、この襲撃の芯だった。




次の瞬間。


二つの影は、外壁を滑るように降下した。


迷いがない。


敗走ではない。


役目の終わりを見極めた者の撤収だった。




キリムの目が細くなる。


頭が引いた。


ならば――


ここに残る者たちは、任を終えた刃にすぎない。




「イストハック!」


低く、鋭い声が飛ぶ。


乱戦の中でも、その一声だけはまっすぐ届いた。




「なんだァ!!」


イストハックが振り向きざまに鞭を払う。


緑の光が弧を描き、敵影が大きく退く。




「戻れ」


キリムは言った。


「これ以上は、無意味だ」




「まだ立ってる奴がいるぞ!」




「もう攻めてはいない」


短い返答だった。


「退く時を作っているだけだ」




その言葉に、イストハックは初めて周囲を見た。


確かに、敵影たちの動きは変わっていた。


先ほどまでの踏み込みはない。


間合いを保ち、隙を作らず、少しずつ後ろへ流れている。


崩走ではない。


訓練された撤収だった。




「……ちっ」


不満げに鼻を鳴らしながらも、イストハックは鞭を引いた。


クリルが荒く息を吐き、地を踏み鳴らす。


その巨体が止まっただけで、戦場の圧が変わった。




襲撃者たちはその機を逃さなかった。


一歩。


二歩。


間合いを切りながら、隊を乱さず闇へ退いていく。


追撃の隙を与えぬまま、静かに、速く。




兵たちが前へ出る。


盾を並べ、槍を構える。


追うためではない。


砦前面の守りを立て直すための一歩だった。




やがて、ユンタスが兵を率いて外門へ現れた。


内部通路を駆け抜けた熱気を残したまま、周囲を見渡す。


「内部は制圧しました。司令室方面の敵影も消えています」




「頭が退いた」


キリムが答える。


「全体も、それに従った」




ユンタスは塔上を見上げた。


もう何も見えない。


だが、そこに何かがいたことだけは理解できた。




「追撃は」




「不要だ」


キリムは即座に言う。


「今夜の目的は守ることだ」




ユンタスは深くうなずき、兵たちへ指示を飛ばした。


負傷者が運ばれ、門前の陣が整えられていく。


砦は、戦いの姿から守りの姿へ戻り始めていた。




その様子を見ながら、イストハックが大きく肩を回す。


「結局、暴れ足りねえじゃねえか」




「これ以上暴れれば、砦まで壊しかねん。これで十分だ」


ユンタスが淡々と返す。




「なんだと!」




兵たちの間に、小さな笑いが漏れた。


張り詰めていた空気が、そこで初めてほどける。




だが、キリムだけは笑わなかった。


視線はなお、赤と紫の影が消えた闇の彼方へ向いている。




「……始まったか」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。




砦の夜は静まりつつあった。


だがこの夜を境に、世界はもう静かではいられなかった。

お読みいただきありがとうございます。


今後も更新していきますので、よろしければブックマーク等していただけると励みになります。

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