黄の領域
はじめまして。
本作をお読みいただきありがとうございます。
世界観重視のハイファンタジーです。長い旅の始まりですが、ゆっくりと広がる物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
扉は、閉ざされたままだった。
厚い石と神鋼石に守られた一枚。
視界は、完全に断たれている。
だが――
隠せない。
扉の向こうにある“気配”は、濁流のように押し寄せていた。
ゼルナの”ストーン”が、静かに光を放つ。
黄。
次の瞬間、指令室の空気が変わった。
満ちる。
押し広がる。
空間そのものが、わずかに歪む。
床が軋み、壁が震え、呼吸さえ重くなる。
来る。
ゼルナは一歩、前に出た。
扉とエリムスの間に立つ。
「下がってください」
短い声。
エリムスは迷わない。
わずかに退き、その背に力を集める。
扉の向こう。
二つの気配が、重なる。
赤と紫。
性質の異なる“力”が、互いに干渉しながら膨らんでいく。
狙いは明白だった。
――この扉を貫き、その先へ。
ゼルナは目を閉じた。
視る必要はない。
流れが分かる。
向きが分かる。
意図が分かる。
正面から受けることはできる。
だが――
二つを同時に押さえ込めば、この空間はもたない。
砦ごと崩れる。
だから。
一つずつ、崩す。
最初の衝突は、音にならなかった。
ただ、空気が“潰れた”。
扉の向こうから押し寄せた力が、見えない壁に叩きつけられる。
同時に、ゼルナの黄が広がる。
空間を満たし、絡め取り、押し返す。
紫が来る。
重い。
沈み込むような圧。
それを――止める。
空間ごと締め上げるように、黄が収束する。
紫の流れが、鈍る。
歪む。
止まる。
その瞬間。
赤が抜ける。
速い。
鋭い。
一気に距離を詰める意志。
そこへ。
黄が、落ちる。
圧として。
直撃ではない。
空間そのものが押し潰す。
赤の流れが、ねじ曲がる。
弾かれる。
扉が、わずかに鳴った。
軋む。
外からの圧に耐えかねて、震えている。
侵入者の呼吸が、乱れる。
見えていないはずの距離。
だが。
そこには確かに、“越えられない壁”があった。
ゼルナは踏み込まない。
このまま押し返せばいい。
それ以上は――不要だ。
だが、その内側で。
黄はなお、膨張を続けている。
抑えている。
押さえ込んでいる。
解き放てば――
この扉も、この部屋も、何もかもが消える。
サーメルは動かない。
ケレルに手をかざしたまま、砦全体の流れを繋ぎ止めている。
緑の光が脈打つ。
黄と呼応し、支える。
崩させない。
通させない。
扉の向こうで、わずかな沈黙。
そして。
二つの気配が、揺らぐ。
理解した。
これは――通らない。
「……退く」
低い声。
一瞬の判断。
圧が引く。
赤も紫も、同時に遠ざかる。
扉の向こうの気配が、霧のように散っていく。
ゼルナは動かない。
追わない。
ここを守る。
それでいい。
やがて。
完全な静寂が戻る。
ゼルナは、ゆっくりと息を吐いた。
黄の光が、わずかに薄れる。
だが、消えない。
まだ完全には終わっていない。
ゼルナが、静かに告げる。
「……引きます」
閉ざされた扉の前。
見えない戦いは、確かに終わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
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