ケレスの王女ミリナス
はじめまして。
本作をお読みいただきありがとうございます。
世界観重視のハイファンタジーです。長い旅の始まりですが、ゆっくりと広がる物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
第二守備室で、サーメルが静かに口を開いた。
「このところ、タラサの方角に砂煙が立つのを度々目撃しています。ケレスの調査隊は遺跡群の南東の一角に入っているようです」
キリムはわずかに考え込んだ。
「私は都へ帰る途中で彼らに会うためにタラサに立寄りましたが、あいにく出会うことはできませんでした。南東を調査していたのですか……」
「それにしても、打ち捨てられた遺跡群を今さら調べるとは、どういうことでしょう」
「何を調べているかまでは分かりません」
そう言うと、サーメルはここ3日間の調査隊の動向を告げた。
タラサの遺跡群。
それは今から三千五百年ほど前、ロワン一帯を支配したサリューヌ王国の都の残骸だった。堅牢な建造物群が、砂漠の砂に埋もれながら、辛うじて時を越えてきた。王国繁栄の残照とも言うべき場所である。
王国の陰りとともにレジイ湖畔の緑は失われ、今ではそこは土色一色の大地となっている。
歴史から取り残されたこの遺跡群に、今さら何を求めるのか。見聞を広めてきたキリムにも、すぐには思い当たらなかった。
「モナ・サーメル、遺跡群の南東といえば、多くの石板が見つかった一帯ですね」
キリムは思い出すように言う。
「五百年前には、石板の類はすでに掘り尽くされていたはずです。それを今さら調べるというのは、余程の理由があるに違いありません」
「ケレスには親しい友人たちがいます。クヮデューゥという者を知っていますが、ゼルナにも劣らぬ知恵者です。滅多なことでは、調査隊など編成しないはずです」
「それほど大規模な調査隊ではないようですが、キリム殿のお考え通りでしょう」
サーメルが短く応じた。
それから、ふと思い出したように言い添えた。
「率いているのは、ミリナスというケレスの姫君のようです」
「ミリナス……」
「ご存知ですか」
「ええ。よく知っています。そうですか……」
それだけ答えると、キリムの意識に、かすかに過去の光景がよぎった。
キリムはサーメルとのやり取りを終えると、第二守備室を出て寝所へ向かった。
扉を閉める。
静寂が落ちる。
徐に装備を解き、黄金の長剣を手に取る。
その刃に、かすかに光が宿る。
あの感覚を、まだ手放せずにいる。
――思い出す。
淡い金の髪。
光を帯びたような、あの少女の姿を。
「あれから二年か……」
ミリナス。
キリムより二つ年下。
当時、十五。
上品で艶やかな外見。
だが、その枠に収まるような性格ではなかった。
重臣も、側近も、彼女の前では調子を崩す。
それを意に介さぬ、奔放さがあった。
――だが。
剣を持った瞬間、空気が変わる。
十五にして、ケレスでも五指に入るエスタリオ。
そのフルーグリッターは、迷いを持たない。
踏み込みが見える。
狙いが見える。
次に何をするか――考えるまでもなく、分かる。
キーヌサリ湖畔。
濁った水面が揺れ、ギゼリオンが唸りを上げていた。
ミリナスは右翼を支え、キリムは中央を率いる。
声は交わさない。
だが――
すでに、呼吸は合っている。
彼女が踏み込む。
同時に、キリムも動く。
左右から食い込むように、隊が前へ出る。
ギゼリオンが反応を遅らせる。
その一瞬で、形勢は決まる。
混乱。
断裂。
崩壊。
ミリナスの剣が閃く。
風のように入り、そのまま断つ。
キリムの一撃が閃く。
次の瞬間、青白い光が弾け、中央を押し潰した。
――戦場では、言葉は要らなかった。
二隊の同時攻勢は、ギゼリオンを薙ぎ払い、湖畔を制圧した。
あの戦いの後――
キーヌサリ湖沼から、ギゼリオンの姿は消えた。
そのミリナスがタラサの遺跡群の調査をしている。
戦場でミリナスの考えをすぐに理解できていたキリムにも、その真意が読めなかった。
――タラサに、一体何があるのだろう。
その問いを胸に抱いたまま、キリムは寝台に身を横たえた。
やがて意識は深い眠りへと落ちていく。
隣の部屋では、イストハックが床に大の字になっていた。
大きく口を開け、規則正しく空気を震わせている。
砦の静寂の中、その寝息だけが、この砦でいちばん平和だった。
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