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46 月夜の語らい



(さて……どうしたものかな)


 アリアとティアへ自分の意志は伝えた。

 特に反対されるでもなく了承され迷宮へ行く事は納得してもらった。


(俺も大概他人に自分の事を言わないが、あいつらも何も言わないよな)


 時刻は深夜、窓辺から指す星光のみがリビングを照らす。

 夜闇に包まれ空気は澄んでいる。寝る前提の薄着で窓を空けているので少し肌寒い。

 人間の世界と妖精の世界。世界に隔たりはあれどやはりどこかで繋がっているのか夜の空気に差異はない。ぼんやりと思索をするには良い環境だ。心地良い静寂と柔らかな星明りだけが辺りを包み込んでいる。



 今の俺にとって不安なある事と言えばあのふたりの事情や考えが分からない事だ。

 アリアとティアは俺と組む事を望んでいた。だがその先、組んだ後どうしたいかという主張は中々して来ない。例えばお金をたくさん稼いで家を建てたいだとか、事業を立ち上げる原資にしたいだとか、冒険者として大成して名声を得たいだとか。人間には働く為の動機のようなものがある筈だと俺は考える。


(惰性で働いてるって感じは、あまりしないんだよなあ)


 冒険者の中には他の仕事に就けるだけの技能や経験が無い為、食い扶持を稼ぐ為に仕方なく冒険者として働く人種もいるらしい。……そういうのもありだろう。俺としては思うところが無いわけでもないが、人にはそれぞれ事情があり考えがある。どのような思想を持ちどのような未来予想図を描こうが結局は当人の責であり、他人があまり口うるさく言うものではない。それでもつい口をついてしまうものではあるけれど。


(俺も最近はそういう部分が無い訳でも無いからな)


 俺のかつての夢は冒険者として成功して大金を得て家を買う事だった。

 だが、第三夢幻迷宮で手に入れた宝物のおかげで唐突に大金を手に入れるという目的は達してしまった。それからも冒険者として精力的に活動しているつもりではあるのだが、以前のようなギラつくような意欲は抱けなくなっている気もしていた。


(より高度な迷宮に挑んでみたい。冒険者としてより成功したいという想いに偽りは無い。だけどやはり何処か熱量を失いかけている感はあるんだよな)


 俺は何を求めて、何を願って冒険をすればいいのだろう。

 破格の報酬を得て仲間も増え今所属している冒険者ギルドの職員とも関係は良好(素材買取カウンター付近の職員は除く)なのにも関わらずこのような悩みを持つのは恐らく贅沢な事なのだろう。森を駆けずり回り宿に戻る事も無く黄石級冒険者からの昇格を目指していた時の俺が今の俺を見たら罵倒するかもしれない。


(アリアとティア、あのふたりはどんな悩みを抱えているんだろうな……おや?)


 不意にドアの軋む音が響いた。

 いや、本来なら気付かない程度のささやかな物音だった。

 音の主は寝ている相方を思いやってきちんと音を殺そうと試みてはいたはずだ。

 おかしいのは俺の耳の方だ。

 俺の耳は猛吹雪の中でさえ魔物の足音を聞き分けてしまうほど人外の領域に足をかけている。

 聞こうとしていない音すらも拾ってしまう無粋な耳なのだ。


『よお、こんな真夜中にどうしたんだ?』


「……月でも眺めながら寝酒を飲もうと思ってたんだけど、思わぬ先客がいてびっくりだよー」


 暗闇から普段よりも落ち着いた雰囲気のティアがグラスと瓶を片手にあらわれた。

 酒の良し悪しは良く分からないがその瓶に貼り付けられたラベルに描かれた精緻な紋様からもしかしたら結構お高いお酒なのかもしれない。紫氷竜の迷宮は時間も労力も掛かったが儲かったからな。宝石つららの納品だけでも破格な報酬だった。その報酬できっと買ったのだと思う。


『寝酒か……最近眠れないのか?』


「そうだね、こわーい迷宮にずっと居て夜も気を張るのが習慣になっちゃったからかな?」


 俺のせいかよ。

 でも確かに今振り返ればかなりへビィというか無茶な探索だったな。

 必死になって潜ってる時は思い至らなかったが、いくら冒険者としての暦があるとはいえ迷宮に慣れていない女性ふたりを片道二ヶ月も掛かるような困難な探索に挑ませるなんて正気ではない。たとえ相手から提案されたとしてもせめて小規模な迷宮を何個か共に攻略し迷宮に慣れさせるとかやりようはいくらでもあった……つい先日まで何の疑いも無く実行していた迷宮探索の問題点、こういうのって終わった途端に思い至るんだよなあ……。


「バルくんも飲む? グラスひとつしかないけど」


『大丈夫だ、自前のがある』


 俺は魔法の袋からグラスを取り出した。

 魔法的な効果は一切付与されていない……いや、程度が低いとはいえ軽い劣化防止や破砕防止の魔法が掛かっているかも? 薄っすらと魔力を帯びている気がしなくもない。


「魔法の袋って便利だけど! 今みたいな状況だとちょっと無粋かも!」


『え?』


 ティアが突然怒り出したが俺には何が何だか分からなかった。

 もしかして一緒のグラスで飲みたかったのか?


『一緒のグラスで飲みたかったって事?』


「……そういうのは察しても口に出さないの。バルくんそういうとこはだめだよねー」


『えぇ……』


 分からない。謎だ。

 女性の心理は迷宮よりも神秘に溢れている。

 人智の及ばない領域にあるようだ。


 ぷんすか怒りつつもティアはそっと俺のグラスにもお酒をついでくれる。

 そういう擦れ違い等の負の感情を引き摺らない所結構良いと思うな。俺はつい根に持ちがちだ。

 他人の良い所は積極的に取り入れるべき。

 俺が密かに感心している間をどのように受け取ったのかティアは語り始めた。


「さっきはごめんね? 折角私達に気を使って色々考えて貰ってたのに盛り下げるような態度取っちゃって」


 精霊に関しての話をしていた時か。

 確かに少し浮かない顔をしていたのが気にはなっていた。


『別に良い。気にはなったけど無理に聞くつもりは無い』


「ここは抱き締めて「不安なのか? 俺で良ければ何でも聞くぞ?」って訊くところだよー」


『……めんどくさ。というかそんな事されたら普通引くだろ……』


 そんな気色悪い事言わないと女性に嫌われるなら嫌われたままで良い。

 一時凌ぎは出来てもいつかは必ず破綻するし、無駄な努力だ。


「いつもだったらそうかもね。でも今夜はそんな気分かも?」


 ちらりと、ティアはこちらの顔を盗み見ながらそう答えた。

 よくよく見ればいつもよりどこか沈んだような、不安そうな目をしている気もする。


 ……俺がティアの恋人だったら抱き締めるべき状況かもしれないな。


『実はちょうどティア達の事を考えていた所だったんだよね』


 少し気恥ずかしい気分になり、グラスを弄ぶ。

 仄かに甘い、度数も低く深酒にならない程度の上品な香りが鼻をくすぐる。


「そうなんだ。どんな事を考えていたか聞いてもいいの?」


『まあ……なんだ。俺達って何だかんだで仕事を一緒にする機会があって、二ヶ月もずっと時間を共にしていたりしたのにお互いの事を全然知らないなって思ってな』


 目線を合わせるのが恥ずかしくグラスに反射する月光を見つめつつそう答えた。

 月の光に夢中になるかのごとく夢中で一点を注視する。

 彼女を視界に入れるのが何故か気恥ずかしく思えたのだ。


「毎日大変だったからねー。命懸けの探索の合間に身の上話って雰囲気でも無かったし」


 雰囲気、雰囲気か。

 俺はこのパーティーが良好な空気でいられるよう務めていられただろうか?

 黙々と探索して必要最低限の事しか話していなかった気がする。


 だが俺がぺちゃくちゃ話して、実際問題空気の改善は可能だったのだろうか?

 そもそも普通の冒険者パーティーってどんな空気感で冒険しているのだろうか?

 みんなで肩組んで歌でも歌いながら夕食を食べたりするのだろうか?


 冒険譚は答えてくれない。本ではそのような幕間は余分な要素として省かれている。

 知識を数瞬漁ってみたが適当な答えは思い浮かばなかった。


『ティアはもっと明るい雰囲気で探索したかったのか?』


 分からないなら、訊くしかない。

 人は他人の考えを理解出来ない。それどころか自分の考えすら明確に理解出来ていない事すらある。

 だからこそ言葉を尽くし、理解には及ばずとも相手がどうしたいかを想像する材料を得て寄り添おうという努力をしなければならない。ティアとアリアはもう臨時の、一時的なパーティーのメンバーではない。もちろん解散する可能性は常に付き纏ってはいるが、長く付き合う前提の付き合い方をしなければいけない関係になった。ならば問い掛ける必要があるだろう。面倒だとあれこれ言い訳を重ねて先延ばしにしていればいつか必ずツケを支払う羽目になってしまう。


「そこらへん難しいよね? 私は明るく楽しく冒険がモットーではあるんだけどね? 迷宮では気を張っていないと。命懸けの探索をしているんだから当然。でも休憩中とかオフの時はもうちょっと楽しいやり取りがしたいなーと思う時もあるかな」


『そうか。メリハリが大事だという事だな』


「そういうことだねー」


 明るく楽しくか。

 今までの俺には無い要素だな。

 ひとりで迷宮潜っててあんまり楽しそうにしてても不気味だけど。


「話戻して良い?」


『ん? ああ、いいぞ』


 話題が逸れ掛かっていたのを修整しティアは語りだした。


「私達の事を知りたいんだよね? うーん。アリアちゃんはあんまり自分の事を語らないけど根底にあるのは「周囲を見返したい、認められたい」って想いな気はするよね」


 それはぼんやりと理解していた事実。

 思い返してみれば彼女はそういう部分がある気がする。

 魔法の技能で誰かに負けるのを嫌がる。同じ年頃の女性にパートナーが居る事に焦り恋人を執拗に求める。周囲の人間と自分の格差に怯えそれを覆そうと励む。そういう部分が確かに彼女の言動からは感じられた。


「あの子がどうしてそうなったか、一応私達は結構長いから知ってはいるんだけど……私が言って良い事じゃないと思うからあまり詳しくは言えないかな? 本人に聞いてみてね?」


『ああ』


 いくらパーティー内とはいえ自分のあずかり知らない所でベラベラと自分の過去を話されたら嫌だろう。

 ティアはそういう配慮が当然の如く出来る女性だった。


「で、私の話かあ……。具体的に何が知りたい? 好みの男性のタイプ? それとも何で冒険者になったかとかそういう話?」


『何で冒険者になったか、冒険者になって何がしたいかだな』


 グラスから目線を外しティアを見つめてそう答えた。

 俺とティアの視線がぶつかる。お互いに目線を外さずにしばらく見詰め合う形になる。


「そうだね……私が冒険者になった理由はいくつかあるけど、一番は「逃避」かな」


『逃避?』


「そう、私の住んでいた里に古くから伝わる伝承。そしてやりたくもないのに押し付けられたお役目。それから逃げる為に里を飛び出して冒険者になった。まさか置いてきた剣が追って来るとは思わなかったけどね。で、これが私が精霊を嫌う理由でもあるの。私が紫氷竜の迷宮で途中から使ってた剣あるでしょ? あれって精霊憑きなのよ。運命を司る精霊の宿った剣「導きの剣(アンサラー)」は所有者を必ず里の中の誰かから選ぶ。そして面倒な事に私が選ばれてしまったの。……今の私の冒険者としての目標はこの剣の呪縛から逃れる事かな。その為にある迷宮に挑む必要があってバルくんをずっと勧誘してたの」


 月を見つめつつ、ぽつりぽつりと彼女はそう答えた。

 所有者を選ぶ剣と里の伝承。勝手に祭り上げられ役目を押し付けられる。

 ……前の世界に居た頃の自分と重なる部分が多いな。本当につらいのだ、自分の意志を無視して何かをおしつけられるというのは。俺の場合は思わぬ形で全てがぶち壊しになった為に救われたが、彼女の場合は自分の力でその呪縛から逃れる必要があるみたいだ。


『そうか。それで一体どこの迷宮に挑む必要があるんだ?』


「不死の迷宮……数多の凶悪な不死の魔物と亡霊がうろつく恐ろしい大規模迷宮。そこに挑む必要があるの。そして迷宮主である凶悪なリッチが手に持つ杯。それを手に入れることが私の目的」


『その杯があると村の使命から逃れられるのか?』


 俺がそう尋ねると、彼女は首肯した。


「その杯は魔道具でね、不本意な契約を取り消す力があるの」


『それまた随分と都合の良い魔道具だな』


「その代わり途轍もない苦痛と苦しみを使用者に与えるらしいけどね、死んだ方がマシと思えるほどの」


『対価が必要なタイプの魔道具か……』


 死んだ方がマシな苦痛。

 それが具体的にどれほどの苦しみなのか俺には分からないが、乱用出来る類の魔道具ではないようだ。


 だが、不死の迷宮か。

 俺は前職の関係で不死の魔物や亡霊の相手なら得意だ。

 いっその事そこで石箱を稼ぐのもありかもしれないな。


 俺は二言三言ティアとやり取りをした後に自室に戻り想いを巡らせる。

 これからどの順番で迷宮へ挑むか。考え直す必要があるようだ。

次回からようやく迷宮です

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