45 フェアリーブラッド
妖精王国七大迷宮──世界各地に点在する、妖精による七つの王国にひとつずつ存在する大迷宮。
本来は神命を受けた勇者が、その使命を果たす為の実力をつける為に神によって用意された迷宮群。
その製作された意図故に、一般人はもちろん妖精達も普段は進入する事が敵わない伝説の迷宮のうちのひとつらしい。
そのような迷宮への侵入許可など簡単に貰えないと俺達は考えていたが、意外にもタイタニアは簡単に許可を出した。というよりも、カサネは女王に侵入の可否を決定する権利があると考えていたようだが、実際には迷宮自体が侵入の可否を判断するのでここでの決定に大した意味は無いかららしい。
「私としては挑む分には反対したりしないわ。ただ、迷宮が拒んでも恨まないでね」
『ああ。それなら潔く諦めるさ』
「ごめんなさい。私はてっきり女王に決定権があるものとばかり……」
『気にしなくて良い。それに妖精の国の迷宮に挑むのならどちらにせよ国の許可が必要だった筈だ。ここまでの顔繋ぎで充分に約束を果たして貰ったと考えて良い。ここからは俺ら次第だ』
それから迷宮に挑めた場合の産出品の売買をどうするか。
カサネと共に潜った紫氷竜の迷宮での出来事など軽い雑談を挟んだ後謁見は終了した。
想いの外荒れずに済んだので肩の荷が一気に下りた気分だ。
正直迷宮に潜るよりこういった話し合いの方が俺は疲れる。
城を去った後にカサネに宿泊する部屋を取ってもらう。
俺達は妖精の言葉が分からない為、迷宮に入るまでは通訳代わりについてきてくれるようだ。
部屋は木の枝に釣り下がった青い実の中をくり抜いたような部屋だ。
信じ難い事に宿を経営する妖精が唱えた魔法で一瞬にして生えた実がそのまま部屋として機能した。
中は白く清潔感のある不思議な床や壁。まるで木の実の中身をくり抜いて作ったかのように継ぎ目が無い。その特徴的な作りが初めてこの世界で泊まった変態賢者の家を連想させる。少し不快な気分になった。しかし妖精達に罪は無いし、部屋の様子を興味深げに見ているアリアとティアに変な気を使わせるのもよくないので頑張って微笑ましげな表情を維持するよう努めた。どうせ兜で見えないとは思うのだが滲み出る雰囲気というのは意外と馬鹿に出来ない。務めて気を使った。
荷物を置き、風呂と食事を終えた後話し合いの場を設けた。
今回何故妖精の国の迷宮に挑む事にしたかについての説明する必要があると考えたからだ。
『今の俺達に足りないのは魔道具の充実さだ。特にアリアとティアが戦う際に防具が足りない』
アリアとティアの身につけているローブや服は既に魔道具だ。
それぞれ市販の物にしては優れた品々ではあるのだが……今後大規模な迷宮に挑むには少し心もとない。
市販の魔道具は当然の事ながら人造。
武器屋がそれ用に作った武具に専門の魔法使いが付与を行う。
安定した性能を持つ反面、迷宮から産出される石箱産の魔道具に比べると見劣りする。
「あはは……確かに前回は最後ついていけなかったもんねー」
「迷宮産の強力な魔道具はみんな自分で使っちゃうからね、市場にも中々出回らないもの。欲するなら迷宮に潜って手に入れる必要があるものね」
厳密に言えば市場へ売りに出される防具系魔道具も存在するらしい。
ただ、東部はそもそも迷宮へ潜る冒険者自体が少ないので市場が恐ろしく小さい。
これが西部の様に強力な冒険者がこぞって迷宮に潜るような地域だと売買も盛んなようだが……
少なくても今俺達が居る東部では少ないし、一般人の目に触れる前に貴族と商人の間で密かに売買されて終わってしまうというのはシャウラに相談した際に聞いていた。
これらの事情を事前に知っていて、最初からこのふたりと組む事を考えていれば第三夢幻迷宮で手に入れた魔道具のうち使えるものを取っておいたりする事も出来た筈だが。今となっては後の祭りだ。
『なのでこれからは今まで以上に迷宮にガンガン潜っていく。それも中規模以上の迷宮にだ』
迷宮の規模が大きくなればなるほど良質な石箱が取れる傾向があるからだ。
……今まで俺は小規模な迷宮にも関わらず良質な石箱や魔道具を手に入れていた気もするが。
あくまで傾向があるというだけで絶対ではないのだろう。
「うーん、それだと近いうちに東部を離れるの?」
「そうね、東部は小規模な迷宮は多いけど中規模以上の迷宮は少ないもの。これから規模の大きい迷宮を中心に回るのならそれが合理的よね」
『そうだな。いきなり西部に行くのは抵抗があるから大陸の内円か外円の北部に行こうかを少し悩んでる』
この大陸は歪な◎のような形をしている。
今俺達が居るのは外側の円の東部だ。
この大陸は何故か東部から西部にかけて少しずつ魔物の強力さや迷宮の難易度が高くなる傾向がある。
もちろん例外もあるそうだが。
「……内円はあまり大きな街が無いから避けた方が良いと思うわ」
「だねー。じゃあ北部の第一王都方面かなー」
『別に今すぐ決める必要も無い。少し頭の隅に入れて暇があれば考えていてくれ』
どうせ東部を離れる前にまだ周るべき迷宮がいくつか存在する。
もしかしたらその中にこの二人に適した防具が見つかるかも分からない。
別に時間に追われている訳でもない。今は先の事より目の前の迷宮に集中すべきだ。
『話が逸れたな。ひとつめの理由が良質な魔道具を手に入れる為に出来るだけ規模の大きい迷宮に潜りたかったから。ここまではいいよな?』
ふたりともすぐにうなずく。
大丈夫そうだ。
『ふたつめはある花の採取だ。これは俺とアリアにとっては特に重要になる』
「え? 私?」
『この話をするにはこれについて説明する必要があるか』
俺は魔法の袋からあるものを取り出し机に置いた。
「ん? これいつも使ってるティーポットだよね?」
そう。これはいつも俺が使ってるティーポット──水とかげの迷宮で手に入れた「プロセラルムのティーポット」だ。俺は更に魔法の袋から赤い粉末と第三夢幻迷宮産の聖水を取り出しティーポットにぶち込む。
プロセラルムのティーポットは水と茶葉を入れれば熱しなくても勝手にお茶を入れることが出来るマジックアイテムだ。本来必要な作業の一切は魔道具が補完する。ティーポットが薄っすらと光った後湯気が立ち上る。完成したお茶をいつも使ってるティーセットに入れアリアとティアに差し出す。
『エンブレムで<識別>してみてくれ』
「え? まあいいけど……何これ?!」
目を丸くしてアリアが驚く。
彼女の目には魔法を通じてこのような情報を得たはずだ。
名前:マジカルフェアリーブラッドティー
【説明】
希少な赤い花「フェアリーブラッド」を高位の聖水を使いプロセラルムのティーポットで淹れたモノ。
フェアリーブラッド特有の濡れるような朱色の見た目はティーカップを彩る朱色の宝石のよう。
魔法的な効果を抜きにしても非常に魅力的な見た目をしている。
薬用的な意味では若返り、血液に由来する多くの病気の改善に効果があると言われている。
また、プロセラルムのティーポットの効果によって飲用した人間は永続的に魔法の出力が上がると言われている。
このやたら甘ったるい匂いを放つお茶に秘められた力がこれだ。
ちなみに聖水を使ったのは茶葉の効力を上げる為だ。
この魔道具を手に入れてしばらく経つが、色々検証した結果茶葉でどのような魔法的効果を発動するかが選定され、水の質でその効果量が決まるようになっているみたいだ。水のほうは今の所第三夢幻回廊で手に入れた聖水が一番効果が高いみたいなんだが……これに関してはもうちょっと良い物が無いか日々探して試している感じだ。聖水以外だと治療用のポーションなんかが比較的効果が高い。
「プロセラルムのティーポットって……」
「バルくん凄いね。これすっごい高い魔道具なんだよ?」
『そうなのか? まあ納得だけど』
一回二回じゃ分からないけど毎日飲んでると目に見えて効果あるからな。
俺は膂力が上がるメイズブルーを食後に飲む事を日課にしているけど明らかに力が増している実感がある。今ならコボルドの頭蓋ぐらいなら拳だけで砕けてしまえると思う。
「はあ~……バルくんが強いのにはちゃんと理由があったんだねー」
『大体魔道具頼りだけどな。で、紫氷竜の迷宮ではメイズブルーを根こそぎ採取してきたから次はアリア用にこの茶葉が欲しいなって思ってて』
「……何故依頼を受けてない花を採取してるのかと思ったら、これが理由だったのね」
この魔道具の優れた点は飲んだ全員に効果が現われる所だ。
装備系の魔道具ではパーティー全員の戦力増強なんて不可能だからな。
出た当初はハズレに近い魔道具だと考えていたが今となっては重要な品のひとつだ。
「本当にそのフェアリーブラッドだっけ? ここに生えてるの?」
『それはカサネに確認済みだから問題ない。最悪物々交換で妖精達から買い取れる筈だ』
カサネとは探し物中に色々な話をしたからな。
主に迷宮や魔道具、それと甘い物の話だけど。
妖精はケーキは作らないけど蜜を使ったお菓子が作れるらしいから余裕があれば食べに行きたい。
『そして最後のみっつめの理由。精霊を宿した武装を手に入れる事。これが一番の目標だ』
「精霊持ちになるって事?! そんなの狙ったって無理じゃない?」
アリアが驚きに目を見開き叫んだ。
俺の居た世界では聞いた事が無かったがこの世界の精霊は強力な武装を見るとそれに宿る事がある。
ただでさえ強力な剣や杖に精霊の力を宿した武装を得て、人外の力を振るう人間の事を世間では「精霊持ち」と呼ぶそうだ。そういえばホルさんが神秘盾に宿る時にそれっぽい事を言っていた気もしたが、カサネから精霊についての話を聞くまですっかり忘れていた。
『もちろん確実に出来るという訳では無いらしい。だけど他所に比べたら格段に精霊に出会える確率が高いらしいんだ。たくさんの精霊と出会えば俺達の武装のうちどれかが精霊の目に適うかもしれないだろう? だから明日の移動中もだけど自分の中で一番優れていると思える武装を身に纏っておいてくれ』
俺がそう伝えるとアリアは目を輝かせた。
彼女にとって精霊持ちというのは大きな意味を持つようだ。
しかし、それに比べてティアは何故か静かだった。
『ティア? どうかしたか?』
「え? ううん、大丈夫だよ? 精霊楽しみだねー!」
『そうだな……』
ティアは何でもないとこちらへ微笑みかけたが、その笑顔が酷く作り物めいている気がして俺はとても気になった。




