43 妖精の泉
「はぁ……お仕事行きたくない……」
『とりあえず服を着ろ』
「えー」
全裸でまだベッドの上でごろごろしているシャウラを半目で見つつ注意する。
既に夜は明けていて、朝の支度を終えすぐ出掛けなければ俺はともかく彼女は仕事に遅れてしまうだろう。
「今日はもういい。お休みにする」
『いや、無理だろ』
普段のキリっとした雰囲気は何処へ行ったのか?
シャウラは頑なに駄々を捏ねつつまだ枕を抱いている。
俺は彼女が冒険者ギルドでどのような立ち居地に居るのか正確には知らない。
だが、今まで何ヶ月か関わっている感じだと下っ端という感じはしない。
そんな人物が無断欠勤とか多分許されないと思う。
『食材勝手に使っていいか? 朝食は作っておくから風呂にでも入って来い』
「一緒に入りましょう」
『はあ?』
結局一緒に風呂に入る羽目になった。
今日の彼女は今まで見たこともない程に甘えん坊だ。
女性と一緒にいるというより大きい妹、もしくは駄目な姉がいたらこんな感じなのだろうか?
……いや、絶対こんな風にはならないだろうな。どちらかというと駄目な恋人とかだろう。
「これは遅刻ですね、間違いない。もういっその事自主半休にしましょう」
『準備が終わったなら出るぞ、ほら』
「む。そんなに私と一緒に居るのが嫌なんですか? お母さんみたいに家から追い立てて」
『俺にだって今日やるべき事があるんだよ』
風呂に入れ、化粧をさせ、朝食を食べさせた。
やる気ゼロの彼女をどうにかこうにか誘導し、彼女の部屋を出た。
「はあ、着いちゃいましたね。無駄に家とギルドが近いのが憎い」
『というかほぼ繋がってるような位置にあるんだな』
「職員用の女子寮ですからね」
彼女の部屋を出て数分。
俺たちは冒険者ギルドの裏手に辿り着いていた。
というのも冒険者ギルドと彼女の部屋のある建物──冒険者ギルドイーストエデン支部の女子寮は当たり前ながら隣接しているので目と鼻の先だったのだ。俺は彼女の部屋に辿り着くまでの記憶が皆無なので知らなかったが。
「ここでお別れですね。それじゃあお姉さんはお仕事頑張ってきますよ」
彼女は俺の頬に軽く口づけをするとそのまま仕事へ向かった。
偶然近くにいたシェリルがギョッとした目でこちらを見ていたが無視。
とりあえず、あの二人と合流する必要があるだろう。
俺は昨夕教えられた宿屋へ向かって歩き始めた。
「で? 私という者がありながらどこの女と夜遊びしてきたの?」
指定された宿の一室へ向かうとアリアとティア、二人ともまだ部屋に居た。
というよりずっと部屋で待ち構えていたのだろう。何となくそんな気がする。
二人とも腕を組みこちらを見ている。
アリアは結構本気で怒っているのか目が据わっている。
組まれた腕で無駄に胸が強調されているのは本人の意図する所なのかは定かではない。
ティアは若干困り顔というか苦笑いしつつと言った感じだ。
どちらかというとアリアに付き合わされているという印象を受ける。
もしかしたら昨晩はずっと彼女の愚痴に付き合わされていたのかもしれない。
『いつからお前は俺の恋人になったんだ? いくらパーティーを組んでいるとはいえ過干渉じゃないか?』
「そ、それは……でも! 普通そういうの良くないでしょ!」
『同じパーティーにいるだけで恋人面するのは辞めてくれ。意味が分からない』
「うわ~っ、きっつい。でも実際アリアちゃんはバルくんと交際してないんだから何も言えないよね~」
「ちょっと! ティアは私の味方じゃなかったの?」
「え? うーん。私はかわいい男の子と面倒な女の子なら可愛い男の子の味方になりたいかな!」
「……アンタはそういう奴よね」
げんなりした顔でアリアが呻いた。
そしてその隙にティアがすすすっと俺の後ろに避難してくる。
どうやら勝負は決したようだ。
「でも、実際バルくんは昨日は何してたの? 本当にデート?」
『というより相談だな。シャウラと色々悩み相談』
「あの人かあ……あの人なら御堅いイメージだし何も間違いなんて起こりようが無いか」
あるんだよなあ……。
確かに普段の彼女の仕事ぶりを見ていればそういう印象を持つのが普通だ。
まあわざわざ自分から弱みを晒す筋合いも無いので言及するつもりは無いけどね。
『相談内容的に二人がいると都合が悪かったんだ。除け者にするみたいで悪かったな』
「ということは?」
ティアが期待に満ちた目でこちらを見つめて来る。
俺はそれに応えるようにはっきりと彼女達に告げた。
『ああ、俺もお前達二人と本格的にパーティーを組みたい。受け入れてもらえるか?』
俺が前から渋っていたパーティーへの加入を願い出ると、彼女達はすぐさま了承した。
独り気ままな冒険者生活は今日でお終い。
今からはちょっと面倒な女の子二人との共同生活が始まる事になる。
アリアとティアの二人と一緒にイーストエデンでこなすべき用事を二日かけて消化した。
ティアは前から作成計画を立てていた槍の作成依頼、素材の受け渡しだ。
宝石つららを本当に持ってくるとは思っていなかったのか、武器屋の親父は中々驚いていた。
何でも普通は過去に採取されたつららを物々交換したりお金で買い取るのが普通なんだとか。
このあたりを活動拠点とする冒険者は潜っても小規模迷宮である事がほとんどで、中規模迷宮の奥深くにしか存在しない宝石つららは半ば幻の素材扱いならしい。
(根こそぎ持って来たが……もしかして不味かったか?)
俺は八王竜の外套で空を飛べるのを良い事に天井に輝く宝石つららを根こそぎ採ってきてしまった。
もしかしたら、後続の冒険者達が将来的に困る事になるかもしれない。
(まあいいか)
取りに来るのが遅い方が悪い。
俺はそう思う事にして自分を慰める事にした。
それに冒険者ギルドにある程度納品する予定なので欲しい奴はギルドから買えば良い。
そう、何の問題も無い筈だ。
アリアは今回の迷宮行で傷んだローブの替えをはじめとした服の購入。
そして良いのがあれば魔導書を買いたいのだというので三人で店を巡った。
残念ながら良い魔導書は無かった。あるのは汎用の物ばかりで、彼女の欲するレベルの本は無かったようだ。服は三人とも思い思いに購入した。時にはお互いに助言なども交えながら満足の行く品を購入出来た。
「あ、バルさんは赤石級冒険者への昇格条件を満たしたようですね。おめでとうございます。試験へはいつ頃挑戦されますか?」
冒険者ギルドへ向かい、紫氷竜の迷宮で受けた依頼を報告すると受付嬢にそう言われた。
赤石級か……思えば青石級になって随分経ったような気がする。ようやく条件を満たしたのか。
「バルくんおめでとう! バルくんならすぐに合格できる筈だよ!」
「そうね、正直何で青石級だったか謎なぐらいだものね」
アリアとティアが俺の肩を叩きながら祝福してくれる。
思えば俺の周りも随分賑やかになったものだ。青石級になった時は受付嬢と喧嘩していたのであの時もある意味では賑やかではあったのだが。
『ベアヘッドで用事があるので、それが終わり次第こちらから改めて窺います』
「はい、分かりました。それではお待ちしておりますね」
イーストエデンで済ますべき用事は全て終えた。
あとはカサネ達を妖精の泉へ連れて行けば一段落つく。
その後はもちろん……待ちに待った迷宮だ。
イーストエデンからベアヘッドへは馬車で四日半ほどで辿り着いた。
以前はコボルド達が悪さをして治安が悪化し馬車での移動が困難だったこの街道も、今では多くの馬車が行き交いその役割を十全と発揮している。かなり長閑な馬車旅となった。
今回は冒険の拠点を移すわけではないので冒険者ギルドには寄らなかった。
真っ直ぐ以前立ち寄った宿へ向かい部屋を取る。
地上と地下を繋ぐ不思議な部屋に入りしばらくすると、かつて見た薄紫色の光に包まれた不思議な地下空間。天井には宝石つららとは少々趣の違う不思議な光を放つ水晶が生えている。砂利と石で出来た道をしばらく進むと大きな湖。いや、泉か。妖精の泉が姿を現す。とても美しい泉で、以前と変わらぬ絶景。そして多くの羽を生やした小人──妖精達が飛び交っている。
『着いたぞ』
俺が到着した旨を伝えると俺の外套の裏からぞろぞろと三人の妖精が姿を現す。
小麦色の髪をしたかつてこの泉で出会ったスピカ。銀色の髪に綿毛のような髪飾りを付けた紫氷竜の迷宮で出会った妖精であるライム。そして紫氷竜の迷宮の奥深くに封じられていたカサネの三人だ。
スピカはふよふよと飛んでいくと顔馴染みに出会ったのか二人の妖精の元へと近付いていく。
アレは確か魔法の練習をしている際にスピカと一緒にいた妖精?
姉妹か幼馴染だったりするのだろうか?
ライムは顔見知りのようで俺の肩に座ると何処にも行かずに周囲を見回している。
彼女は元々ここに居た妖精ではないのだろうか?もしかしたら別の棲家出身なのかもしれない。
カサネもまた周囲を見回していた。
だが、こちらはどちらかというと何かを探しているような印象を受ける。
あくまで魚と比較しての推察なので外れている可能性もあるが。
「どうやら本当に妖精の泉のようですね、連れて来て頂いてありがとうございます」
『ああ、前にも一度訪れた事があったからな。特に迷う事もなかったよ』
「それでは……」
「向かいましょうか、女王の下へ」
俺達はカサネに先導されながら以前は近付かなかった妖精の泉の畔へ向かった。




